CAN – Tago Mago


(Spoon/CD)

ドイツのプログレにおける1971年の代表作。やはり「Oh Yeah」での乾いた音の感触で生き生きと刻まれるシンプルなハンマービートが爽快である。休日に、晴れた空のもとクルマを飛ばすかのような。この曲におけるドラムの軽やかさはヴォーカルと同じく重要な要素である。そしてやはりダモ鈴木のヴォーカルの使用言語の使い分けによる加速度が素晴らしい。初めは英語で歌っているのだが、それがいきなり中盤において日本語に変わる。この時に生じる飛躍は、恐らくは日本人にしか感じ取れないものだ。まるで急に世界が開けかのたようでもある。

ひとりでそこに座ってる
頭のイカレた奴
虹の上から小便
我らがヒモと呼ぶ
LSDの街から
離れ餓鬼を怖れ
朝がまだこないのを
幸いなことに

こんな奇妙な歌詞が、直線的なハンマービートに乗せられる。サイケデリックかつ軽快でありながら、同時に深い寂寥感と冷めた意識を感じさせる、クラウトロックに特有の「廃墟と青空」の感覚。後半の「Aumgn」のドロドロの秘境的アヴァンギャルドと「Peking O」のポンコツアヴァンギャルド(この曲は初期ボアダムズの「Super Roots」シリーズのようだ)も良い。この雑多さにこそ、本作の、初期CANの魅力を感じる。雑多な音楽を内包した、シュトックハウゼン門下のミュージシャンによる理知的な(そして擬態的な)ポピュラー音楽。それがフロントに立つ1stでのマルコム・ムーニー(アフリカ系アメリカ人)やダモ鈴木(日本人)といった、ドイツ社会における稀人によって牽引される構図。この、幾つもの異物が一つのバンド内で拮抗した状態にあるかのような空気は、続く傑作「Future Days」を境に失われてしまうものである。ダモ鈴木が「Future Days」期に突如スタジオから失踪し、そのまま脱退するのも、スキャンダラスな言説はさておき、音楽的にまとまり過ぎた感のあるバンドとの価値観の違いが原因であったというのが正直なところだろう。それでも「Soon Over Babaluma」という傑作が「Future Days」の後に控える。

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