INDEX DVDカタログ


既に027までレーベル番号が到達した(まだ一枚リリースが遅れているが)INDEXのDVD。どれを買えばいいのか分からない方のために簡単にレヴューする。購入の手がかりになれば幸いだ。

・Michael Pilz – Facts for Fiction / Parco delle Rimembranze/中堅作家による、固定カメラでの一種のドキュメンタリー作品。
・Pürrer / Scheirl – Super-8-Girl Games/女性作家による作品集。ポップ。
・Linda Christanell – The Nature of Expression/中堅女性作家によるフィルム作品集。どれもこれも不穏な感触が面白い。
・Peter Weibel – Depiction is a crime – Video Works 1969 – 1975/ベテランメディアアーティスト、ウェイベルの初期作品集。お勧め。
・As she likes it – Female Performance Art from Austria/若手女性作家のパフォーマンス的作品コンピレーション。
・Józef Robakowski – The Energy Manifesto!/リプチンスキーらとも行動を共にしたベテラン作家のコンセプチュアルな映像集。面白い。
・Kurt Kren – Which Way to CA?/クレンの作品集。クレンらしい乱雑な高速カットアップ。お勧め。
・Jan Peters – …but i still haven´t figured out the meaning of life/若手作家による、毎年セルフモノローグを撮影するというプロジェクト。
・Martin Arnold – The Cineseizure/ベテラン作家、マーティン・アーノルドのファウンドフッテージによる痙攣映像。クオリティは恐ろしく高い。お勧め。
・Leo Schatzl – Farrago/中堅作家による映像作品とインスタレーション。
・Dietmar Brehm – Black Garden/中堅作家によるファウンドフッテージによる造形的フィルム作品集。面白い。
・Oliver Ressler – This is what democracy looks like! / Disobbedienti/若手作家による政治的ドキュメンタリービデオ作品。
・Sonic Fiction – Synaesthetic Videos from Austria/グラフィカルでありながら厳格なコンセプトも持った若手作家によるビデオ作品コンピレーション。サウンドはウィーンの電子音響系作家による。面白い。
・Gertrude Moser-Wagner – Concept & Coincidence/中堅作家による、コンセプチュアルビデオ作品集。面白い。
・Gustav Deutsch – Film ist. (1-12) DVD-Version/中堅作家、ドイチェによるファウンドフッテージのみで制作された架空の映画。イメフォで上映されたこともある。面白い。
・Manfred Neuwirth – [ma] Trilogy/中堅作家によるチベット〜日本の風景を撮影した詩的ビデオ作品。
・Lisl Ponger – Travelling Light/若手作家による8mm紀行フィルム。
・Constanze Ruhm – Video Works from 1999-2004/若手作家による、3DCGを使用したコンセプチュアルビデオ作品。なかなか面白い。
・Peter Tscherkassky – Films from a Dark Room/中堅作家、チェカルスキーの再撮痙攣フィルム。クオリティは恐ろしく高い。お勧め。
・Volks stöhnende Knochenschau – A Historic Video News Reel Project/ゲリラテレビジョン的なビデオによるニューズリールのプロジェクト。
・Mara Mattuschka – Iris Scan/中堅女性作家による実写コマ撮りアニメーション作品集。面白い。
・Grzinic/Smid – A Selection of Video Works from 1990-2003/若手作家による政治的〜ポストモダン的パロディ映像。
・VALIE EXPORT – 3 Experimental Short Films/ベテラン女性作家によるフェミニズムをテーマとした系統の作品集。
・Granular Synthesis – Remixes for Single Screen/若手作家グループによるインタラクティブなインスタレーションのDVD版。面白い。
・Kurt Kren – Structural Films/ベテラン作家、クレンのコンセプチュアルフィルム。彼らしい高速コラージュ映像の展開が楽しめる。お勧め。
・Kurt Kren – Action Films/ベテラン作家、クレンによる、ウィーンアクショニズムの記録映像。かなりグロい。お勧め。
ちなみにmyspaceも開始した模様。
myspace indexdvd
相変わらずINDEXの活動は日本国内ではほとんど話題にもならないシカト状態だが、こんな極東の島国の現代美術/映像/メディアアート関連のジャーナリズムやライターのことなんか放置して、より活動に邁進して欲しい。

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FORSETI – Erde


(Goeart, Grunwald/CD)

北欧神話における裁きと調停の神FORSETIの名前をバンド名に戴いた、Andreas Ritterを中心とするドイツのネオフォークユニット。このFORSETIは私がネオフォークにのめり込む切っ掛けになったバンドであり、是非トラッド&フォークリスナーにも聴いてもらいたいと思う。細部まできっちりと制作された豪華なブックパッケージ仕様。
欧州マーシャル・インダストリアルと同じように自分たちのルーツを誇りを持って掲げ、当然のように全曲自国語で歌う。その楽曲はアコースティックギターを中心に奏でられ、弦楽器、アコーディオン、メロディカがそこに寄り添い、穏やかに鳴り響く。自分たちがどこから来て、どこに立っているのかを真摯に見つめた、素朴でありながら力強い民衆の歌。それもまた一つの社会的視点である。
作為的な要素がなく純朴極まりないAndreas Ritterのヴォーカルを、SONNE HAGEL、FIRE+ICE/Ian Read、In Gowan Ring、OTWATM/Kim Larsen、ORPLIDのメンバーをはじめとした多くのサポート陣ががっちりと支える。ちなみにSONNE HAGEL、ORPLIDのカヴァー、Kim Larsenとの共作も含み、アルバムの最後はそのORPLIDの名曲「Das Abendland」で締めくくる。
ノイズの要素は全くないが、一聴すればマーシャル・インダストリアルとネオフォークが近しい理由を感じ取れると思う。ノイズ・インダストリアルを背景/テーマ込みで聴取出来て、過去に一度でもトラッド&フォークあるいはプログレにはまった経歴のある方なら、間違いなく一生聴き続けられる名作。

CHANGES – Fire of Life


(Hau Ruck!/LP)

普通のフォークとネオフォークを分つものとは何か。思想や題材、あるいはあの暗く淀んだ空気の匂いがそれを分つものなのだろうか。中世の歴史的モチーフ、儀式的モチーフ等々、アポカリプティックフォーク〜ミリタリーポップ〜ネオフォークと呼ばれるこれらの音楽の萌芽はノイズ・インダストリアルと同じく80年代に(ゴシック・シーンとリンクしつつ)生じた。中心的存在となるのはやはりDIJ、C93だろう。その独特な世界観の打ち出しは、「ノイズ」の政治的・文化的方法論と同一とは言えないまでも、共振する部分は多かったと思われる。しかし、その動向から隔絶した地点で彼等、CHANGESは既に存在していた。今日のネオフォークの隆盛の遥か以前、60年代末より活動を開始していたというCHANGESは、一旦は音楽から離れていたものの、近年になってM.Moynihanとの出会いにより浮上する。
素朴な、しかし力強いアコースティックギターの演奏と、強い意志を感じさせる歌声。飾りやギミックのない、ありのままの美しいフォークソング。退廃的な美しさを感じさせる多くのネオフォークグループと彼等の最大の違いは、聴くものをポジティヴにさせるその明るさと純粋さにある。たとえ命を落とす危険があろうとも、前に進むことを止めない義勇兵のような清々しい勇ましさ。サウンド的にはノイズ的要素は皆無であるが、オーディニズム/アサトルを背景に持つ彼等の世界観は奥深い。それは「ノイズ」の政治的・文化的方法論に近似するものとして解釈できる。60年代にはミリシア(民兵)にも関係していたという彼等が、どのような視線でこの世界を見つめているのか、この音楽から感じ取れればと思う。

AMON DUUL – Paradieswarts Duul


(Ohr, Captain Trip Records/CD)

ドイツのプログレで今もよく聴き返すのは、FAUST、Sunrain以降のASH RA、そしてAMON DUULである。Sunrain以降のASH RAはちょっと聴く理由が異なるが、FAUSTの最初の二枚と本作は、割と同じものとして聴いている。両グループとも音楽の形式が似ている(セッションの再構築)とも言えるのだが、何よりよく似ていると思うのは、やはりクラウトロックの「廃墟と青空」の感覚を強く感じさせるところである。
AMON DUULは67年に共同生活を始める。当初のメンバーはChris Karrer, Peter Leopold, Ulrich Leopold, Rainer Bauerら。68年には政治的指向と音楽的指向を持ったメンバーのあいだで分裂が起こり、まずChris Karrerが、それに続いてPeter Leopoldが脱退しAMON DUUL IIの結成に向かう(これと前後する時期のものと思われるライブ映像は、Kurt Krenのフィルムにおいて観ることが出来る)。この共同生活というバックグラウンドは、やはりFAUSTの廃校生活と通じるものがある。
政治的指向とアヴァンギャルド性の混合。残されたメンバーによって行われたセッション音源から特に良い部分を抜き出し、再構築をかけることで69年の1st「Psychedelic Underground」と70年の2nd「Collapsing」が生み出された。混沌とした演奏と巧妙な再構築(1stでは恍惚とした、2ndでは悪夢のような)による音楽は今聴いても新鮮である。ちなみに未発表音源「Disaster」と、元のセッション音源「Experimente」も後年リリースされている。(はっきりしないのが、Peter Leopoldがこのセッションにどの程度参加したのかである。1st, 2ndにクレジットはないが、「Disaster」にはPeter Leopoldのクレジットがある。)
ちなみに彼らの持っていた政治的指向とは”Kommune 1″という左翼グループとの関係、すなわち1stクレジットに名の挙るUschi Obermaierと”Kommune 1″の一員であるRainer Langhansの関係において語られる(”Kommune 1″については調べてみると、アメリカ副大統領に対する”Custard Assassination”などの興味深いエピソードが読める)。Uschiは68年にAMON DUULを去ったとされるので、1stと2ndの元となった68年末のセッションには参加している。ちなみにその後のUschiはPLAYBOYの表紙を飾ったりと、なかなか面白い人生を歩んだようである。Uschi Obermaierについてはこちらも参照。
さて、この3rd「Paradieswarts Duul」はそうした混沌とした時期を乗り越え、政治的指向やドラッグ色を払拭し、70年にUlrich Leopold, Rainer Bauer, Rainerの妻であるEllaを中心として制作される。ここで彼らは奇跡的な変化を遂げる。その音楽は凶暴なギミックを多用した混沌サイケの極北である1st, 2ndとは大きく異なり、極めて平穏な、反復が主体のアシッドフォークとなっている。混沌とした政治の季節を抜け出し、幾人もの仲間と袂を分かち、最終的にたどり着いた境地であるとか、トリップの後の現実へ引き戻された際の喪失感等々、今までよく語られてきた本作についてのセンチメンタルな言説は…個人的には案外嫌いではない。「楽園に向かうデュール」とはUlrich Leopold, Rainer Bauerの自分たちの青春時代への別れの歌である。かつての自分と仲間たち=デュールは楽園へと向かう、現実の自分たちをここに残して。
その後、彼らは表舞台から姿を消し、一方のAMON DUUL IIは息の長い活動を続けることになる。(なお、2006年11月に両方のAMON DUULに参加したPeter Leopoldは死去した。)

BLOOD AXIS – Blot: Sacrifice In Sweden


(Cold Meat Industry/CD)

97年のCMI10周年フェスティバルにおける歴史的傑作ライブ。レーベル番号はCMIの記念すべき100番に当たる”X”。メンバーはM.Moynihanによるスポークンなヴォーカルとマーチングドラム、A.Leeのストリングス、R.Ferbracheのキーボードとディストーションギター、そしてDer BlutharschのA.Juliusのサポートという強烈な布陣。
本作の根幹にあるものは王の犠牲。スウェーデンには王を生贄として神に捧げた、ユングリンガ・サガにおけるDomalde王の説話があるのだが、ジャケットはその伝説を描いた、スウェーデンの国民的画家カール・ラーション(1853-1919)による巨大なフレスコ画「Midvinterblot」。(この絵には逸話があり、本国にて論争を引き起こし博物館から展示を拒否され、一時日本人の手に渡った時期がある。現在はスウェーデンに戻されている。)
アルバムの冒頭はイギリスのオズワルド・モーズレーのスピーチよりの引用で幕を開き、ヘンデルの「サラバンド」、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」などのクラシック曲やトラッドのカヴァーを多く含みながら進行する。伝統と歴史が複雑に入り交じった、重厚なネオクラシカル世界。FIRE & ICEのカヴァーも有り…しかし、FIRE & ICEのカヴァーはまだ分かるが、STRAWBSの「The Hangman And The Papist」までカヴァーしてるのには驚かされる。オリジナルの物悲しい調子とはまた違う重々しさで「Forgive me God we hang him in thy name!」と連呼する。またLeeのストリングスが余りに美しい「Lord of Ages」が印象的である(この楽曲はドイツのAbsurdもカヴァーしている。恐らくMoynihanが執筆した書籍「Lords of Chaos」の取材において両者のあいだでコンタクトがあったからであろう)。
戦時下ファシスト政治家らのスピーチの引用は本作の王の犠牲という構図のなかで、重要なモチーフとして機能してると思える。戦争が終わり世界の刷新が行われる中で、王としてのファシスト指導者は、時代と共に放逐されたと言うところか…。彼らはある時代を覆った暗い思想の意味を読み替えようとしているのだろうか。まあ、このような深読みは脇に置いても、単純に音楽としてプログレ愛好家には絶対のお勧めでもある。

STREICHER – Legion St. George


(Freak Animal Records/LP)

MERZBOXで有名なオーストラリアのノイズレーベル”Extreme”、その元主宰者であるUlex XaneによるSkinhead White Power Electronics。Freak Animalよりレッドヴィニールにて再発。オリジナルテープは、欧州の政治的パワーエレクトロニクス勢による闘争が本格化するのに歩みを合わせたかのように、94年に自身の”Zero Cabal”よりリリースされている。
まずA面であるが、タイトルに見られる極端な思想と、その具現化としての腐敗ノイズの渦にやられる。そのサウンドはザラザラとしたヤスリのような感触の雑音、判別不能な人声、不穏な戦時音源コラージュ、プリミティヴな発信音ノイズによって絶妙に構成されている。いかにもなモチーフを使用しながらも、安易に衝動の発散に向かわず、ドロドロと鬱屈してゆくところが何とも渋い。そしてB面の大半を費やす「Streicher Nihil Action-Bootkickers S.N.A」は本作の白眉。全編にわたって暴動のようにガラスや鉄板等の各種物品をブーツで蹴り回し、吠える。狂躁によりタガの外れた理性が、行為とそれにより発される雑音もろとも転げ落ちながら崩壊する。凄まじいテンションのジャンクノイズであるが、その行為を駆動させる原動力、動機、思想の極端さと歪さを思えば、この雑音は「ただ単に暴れただけのノイズ」には回収し得ない根源的なノイズ性を持つものとなる(モチーフは違えどハナタラシもそうであったはずだ)。
STREICHERも本気で極右的主張を掲げているのか、あるいはノイズの伝統に従い反社会的シンボルを使用しているだけなのかが明確に断定できないユニットではある(スローガンは”Nihil reality, no philosophy. Noise of mass destruction”)。しかし、このユニットの分かりやすい極右スキンズのイメージと、陰鬱で凶暴極まりない80年代ノイズを結びつけた手法は、他に類を見ない特異なアプローチであった。少々古くさい考え方を持ちつつ基本的にノンポリティカルな私であるが、ノイズミュージックがノイズ性の顕現として現実社会の事象をモチーフとするのには関心を持たざるを得ない(勿論あらゆる差別に私は同意しない)。これらは私の生きている現実社会にある事象なのだから。

ZENI-GEVA Live映像

YoutubeにてZENI-GEVAのライブ映像を見つけた。AREAのカヴァーが素晴らしく、ハードコア・プログレと形容したい。イタリアでAREAのこの曲を演奏するというのもよい。プログレマニア、あるいはクリムゾン的質感のあるメタル/ハードコアが好きな方なら堪らないはず(ちなみに私はいわゆるプログレメタルは全くプログレと思わない)。国内でもライブを再開して欲しい。とにかく実際に観たい。
ZENI-GEVA Live

Luglio Agosto Settembre(Nero)