AMON DUUL – Paradieswarts Duul


(Ohr, Captain Trip Records/CD)

ドイツのプログレで今もよく聴き返すのは、FAUST、Sunrain以降のASH RA、そしてAMON DUULである。Sunrain以降のASH RAはちょっと聴く理由が異なるが、FAUSTの最初の二枚と本作は、割と同じものとして聴いている。両グループとも音楽の形式が似ている(セッションの再構築)とも言えるのだが、何よりよく似ていると思うのは、やはりクラウトロックの「廃墟と青空」の感覚を強く感じさせるところである。
AMON DUULは67年に共同生活を始める。当初のメンバーはChris Karrer, Peter Leopold, Ulrich Leopold, Rainer Bauerら。68年には政治的指向と音楽的指向を持ったメンバーのあいだで分裂が起こり、まずChris Karrerが、それに続いてPeter Leopoldが脱退しAMON DUUL IIの結成に向かう(これと前後する時期のものと思われるライブ映像は、Kurt Krenのフィルムにおいて観ることが出来る)。この共同生活というバックグラウンドは、やはりFAUSTの廃校生活と通じるものがある。
政治的指向とアヴァンギャルド性の混合。残されたメンバーによって行われたセッション音源から特に良い部分を抜き出し、再構築をかけることで69年の1st「Psychedelic Underground」と70年の2nd「Collapsing」が生み出された。混沌とした演奏と巧妙な再構築(1stでは恍惚とした、2ndでは悪夢のような)による音楽は今聴いても新鮮である。ちなみに未発表音源「Disaster」と、元のセッション音源「Experimente」も後年リリースされている。(はっきりしないのが、Peter Leopoldがこのセッションにどの程度参加したのかである。1st, 2ndにクレジットはないが、「Disaster」にはPeter Leopoldのクレジットがある。)
ちなみに彼らの持っていた政治的指向とは”Kommune 1″という左翼グループとの関係、すなわち1stクレジットに名の挙るUschi Obermaierと”Kommune 1″の一員であるRainer Langhansの関係において語られる(”Kommune 1″については調べてみると、アメリカ副大統領に対する”Custard Assassination”などの興味深いエピソードが読める)。Uschiは68年にAMON DUULを去ったとされるので、1stと2ndの元となった68年末のセッションには参加している。ちなみにその後のUschiはPLAYBOYの表紙を飾ったりと、なかなか面白い人生を歩んだようである。Uschi Obermaierについてはこちらも参照。
さて、この3rd「Paradieswarts Duul」はそうした混沌とした時期を乗り越え、政治的指向やドラッグ色を払拭し、70年にUlrich Leopold, Rainer Bauer, Rainerの妻であるEllaを中心として制作される。ここで彼らは奇跡的な変化を遂げる。その音楽は凶暴なギミックを多用した混沌サイケの極北である1st, 2ndとは大きく異なり、極めて平穏な、反復が主体のアシッドフォークとなっている。混沌とした政治の季節を抜け出し、幾人もの仲間と袂を分かち、最終的にたどり着いた境地であるとか、トリップの後の現実へ引き戻された際の喪失感等々、今までよく語られてきた本作についてのセンチメンタルな言説は…個人的には案外嫌いではない。「楽園に向かうデュール」とはUlrich Leopold, Rainer Bauerの自分たちの青春時代への別れの歌である。かつての自分と仲間たち=デュールは楽園へと向かう、現実の自分たちをここに残して。
その後、彼らは表舞台から姿を消し、一方のAMON DUUL IIは息の長い活動を続けることになる。(なお、2006年11月に両方のAMON DUULに参加したPeter Leopoldは死去した。)

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