Sutcliffe Jugend+Satori @ 高円寺 ShowBoat, 難波 Bears

Sutcliffe Jugend, Satori, Pain Jerk
2007/4/28
高円寺 ShowBoat
Sutcliffe Jugend, Satori, Solmania
2007/4/30
難波 Bears

ついに実現したSutcliffe Jugend+Satori来日ツアーの東京、大阪両公演を観た。ここでは特により強固な緊張感に満ちていた東京でのライブを取り上げたい。ちなみに日本側の共演として、東京ではフロントアクトとしてPain Jerkがライブエレクトロニクスによる極端かつ鋭利なハーシュノイズを聴かせ、大阪ではSatoriの後にSolmaniaが改造ギターと大量のエフェクターによる有機的なノイズを聴かせた。どちらもピュアノイズとしての日本ノイズの完成度を見せつけるものであった。

Satori:
インフォメーションが極めて少なく、不穏なイメージにその存在が覆われたユニットとして知られたSatoriを、まさか日本で観ることができるとは思わなかった。そのライブは映像を中央スクリーンに投影し、スクリーン両サイドで黒づくめの二名のメンバーがノートPCを操作し演奏するというものであった。その映像は過去の不気味な映画群からのファウンドフッテージものであり、奇怪かつ印象的なシーンがしつこくループされるという内容。それはサウンドの視覚的シンボルとして、必然性を持って機能していた。そして演奏の方は、不穏なデスインダストリアル〜ダークアンビエント形式のサウンドであり、ハーシュ質のノイズが持続するなか、インダストリアルな脈動が打ち込まれゆく壮大な展開をみせた。精神の奥底を探求し、畏れという普遍的感情の表出を目指すかのような、派手さとは無縁のストイックなサウンドである。この精神的イメージ追求への指向は、言うまでもなくSutcliffe Jugendと相通じる。観客らも瞑想するように、そのサウンドに聴き入っていた。最後に象徴的なCold Springのレーベルロゴがスクリーンに写し出されて終了。

Sutcliffe Jugend:
Sutcliffe Jugendは英国ノイズ/パワーエレクトロニクスにおいてWhitehouseと並ぶ重鎮であると同時に、Come Org期Whitehouseのようなシリアスな攻撃性を、より純化させて聴かせるユニットである。しかしながら反社会的テーマへの具体的な接近は、2000年代Sutcliffe Jugendにおいては若干希薄化している。その反面、いまのSutcliffe JugendはSJやBodychoke名義での活動の反映として、定型的なパワーエレクトロニクスに留まらない幅広いレンジの音楽要素を、凶暴なサウンドに回収することに成功しており、シリアスな攻撃性はより強固になっている。勿論元WhitehouseでもあるKevin Tomkinsの、独特の声質によるアジテーションは一層激しさを増している。音の凶暴性をより純化するという指向性は、暴力衝動の音楽/ノイズによる表出として支持することが出来る。
不定形な音響に導かれて登場したKevin TomkinsとPaul Taylorは、まずは持続ノイズのなかで断続的なノイズを発する。このとき特に唾棄しながら観客を睨みつけるPaulの姿が印象的であった。機材はKevinがサンプラー&エレクトロニクスとフィードバックを取り込んだマイク&エフェクター類、Paulがサンプラー&エレクトロニクスとギターであった。双方ともに極めてシンプルなセットである。そしてPaulのノイズギターを狼煙としてKevinがヴォイスを発することで、Sutcliffe Jugendの暴虐が開始される。ノイズのループとPaulのギターノイズ&エレクトロニクスに満たされた空間の中で、暴力衝動の顕現と化したKevinは激しくアジテーションを繰り返す。暴力衝動の純度は時間とともに高められ、Paulがギターを放り投げてマイクを手にし、二人掛かりのアジテーションを繰り広げる最終段階に来て臨界に達する。ここで私は暴虐の花が開くような印象を受けた。二人はリミッターが切れたようにステージに留まらずフロアのなかを徘徊し、叫び続け、そしてまた観客も拳を突き上げる。(Sutcliffe JugendはKevinのキャラクターばかりが主にクローズアップされて来たが、Paulのドスの利いたアジテーションも極めて存在感あるもので、この二人あってこそのSutcliffe Jugendであると理解した。)彼らは意味を伴うノイズを一貫して追い求めている。そのノイズ/パワーエレクトロニクスのエッジに立つ姿勢に深い感銘を受けるとともに、自分のノイズに対する価値観について強固な裏付けを得られたライブであった。Sutcliffe Jugendは純粋化された暴虐そのものであるノイズを凶器として、我々のモラルによって固定された精神と世界観を殺し続ける。

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