VA – Shoot Shoot Shoot


(Lux, Re-Voir/DVD)

数年前に世界を巡回した(日本ではイメージフォーラムが配給)、60-70年代イギリス実験映画のプログラム”SSS”のDVDがLuxよりリリースされた。アメリカン・アンダーグラウンド映画における構造映画よりも、もっとフィルムのマテリアル性を前面に押し出した、ジダルの言うところの”構造的=物質主義的映画”が満喫できる。それはフィルムにおけるハードコアであり、ぬるい実験映画やビデオアートが永遠にたどり着くことの出来ない極点に存在している。ガイ・シャーウィンのフィルムリーダーを加工変調したフリッカー効果もともなう「At the Academy」、マルコム・レグライスのフィルム再撮による「ロジャーの犬」、長い反復の中でローキーからハイキーへの像の移行が進められるマイク・リジェットの「Shepherd’s Bush」、厳格に視覚と認知の検証を行い、それを二度繰り返す(全く同じ内容にて!これが良い!)ピーター・ジダルの「ホール」、被写体である女よりもフィルムの質感こそがエロティックであるステファン・ドゥースキンの「Dirty」(音楽は意外なことにブライヤーズ)など。コンセプチュアルかつ再撮/加工といったフィルムの物質性に傾倒した作品が多い。ここに収録されなかった傑作も多く、あくまで入門編的なセレクトであるが、あまり知られることのないイギリス実験映画を上手くまとめていると言えよう。…それにしても個人的にはやはりジダルである。是非ともジダル、そしてレグライスに関しては単独でのリリースを行ってもらいたい。あとFaust周辺とも因縁のあるデビッド・ラーチャーもソフト化して欲しい。広義の映像を思考する人間で、このDVDに関心を持てない者は偽物であると断言したいほどに必携、傑作。

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The Rita, Oscillating Innards, Impregnable, Tralphaz @ 高円寺ShowBoat, 今池Tokuzo

Incapacitants, The Rita, Oscillating Innards, Impregnable, Tralphaz
2007/6/3
高円寺ShowBoat
Black Air, The Rita, Oscillating Innards, Impregnable, Tralphaz
2007/6/6
今池Tokuzo
アメリカ・カナダのハーシュ勢が大挙来日した今回のライブ。ちょうどライブ当日に東京で所用があったので、東京と名古屋の両ライブを観ることが出来た。ここでは東京でのライブと、名古屋でのBlack Airについてレヴューしたい。

Tralphaz:
最初に登場した大人しそうな風貌のDavid LimことTralphazは、マイクを手にして叫び、机上に並べられたエフェクターを激しいアクションで操作するという正統派ハーシュの演奏スタイルであった。途中足を滑らせてモニターに向かって転げながらも奇声を上げるその様相は、その大人しそうな風貌とのギャップにおいて「何てノイズらしいんだろう」と清々しさを感じさせる。最後に机をひっくり返して10分程で終了。

Impregnable:
続いてはJeff WitscherによるImpregnable。彼はとてもユニークな人柄の人物であり、ボロボロのシャツとヒゲと片言の日本語が印象に残っている。その演奏のスタイルは一風変わったものであり、エフェクター等機材の乗ったテーブルをフロアの真ん中に設置し、至近距離で観客に囲まれながら演奏するというものである。東京では結構観客が入っていたのだが、このImpregnableの演奏スタイルに煽られた客が悪ノリ状態で暴れる。そしてJeffは右手に握った発音源を激しく振る。それはもうノイズのライブとは思えないカオス状態。このようなパンク・ハードコアのライブのような光景と、豪快なスクラップハーシュがとてもよく似合っていた。大満足。こちらも10分程で終了。

Oscillating Innards:
やはりこの日一番格好良かったのは、このOscillating Innardsの演奏であったと思う。ステージ上にはエフェクター等機材の乗ったテーブルやドラム缶、金属製プロペラのスクラップ。そこにバフォメットのプリントされたTシャツを着用する長身黒づくめのGordon Wilson Ashworthが静かに立つ(彼は結構なブラックメタルマニアでもあり、Akitsaの話題で盛り上がった)。まずは緊張感ある持続フィードバックノイズに、ドラム缶とスクラップによる金属ノイズが断続的に加えられながら、しばらく静の状態が続く…そして突如、空間が裏返り捩じれるようにしてハーシュノイズへと突入。Gordonは長身の体躯にて激しいアクションを伴いながら、エフェクターを操作し、スクラップを打撃する。基本的にはハーシュノイズでありながら、とにかく静と動のコントラストの取り方が見事であった。

The Rita:
展開もへったくれもない、問答無用のノイズの壁=Militant Wall 。徹底した音圧による暴力とでも言おうか、その演奏は音楽的展開といったものから遠く離れた、ライブ空間における極端な状態のノイズ音塊の設置である。机上のエフェクター等機材を操作するSam McKinlayは、どことなく気難しそうな雰囲気を持った人物であったのだが、そんな彼らしいといえばらしい極端なストイックさ。これはアンチ、拒否としてのノイズ性の開示である。しかし彼はよくある異常さをひけらかすような嫌らしい演技でパフォーマンスとして見せたりはしない。ただ問答無用のノイズの壁、その圧力で観客を捩じ伏せるストロングなスタイルである。敬服した。十数分間に渡り、いい意味で変化のないノイズをまき散らした後、アンコールで再び30秒ほど(笑)演奏して終了。

Incapacitants:
東京のライブの最後を締めくくったのはIncapacitantsであり、貫禄の純粋ハーシュノイズを聴かせた。演奏中にどんどんトランスし異様な表情となる小堺氏と美川氏の姿は、見た目にはキッチュなユニークさを感じさせる。しかしその音はハーシュでありながら、とても音楽的で美しい(良質なフリージャズのようだ)。小堺氏は何度もフロアに降り客を煽り、最後にはやはり机をひっくり返して終了。
この日のライブを思い返すと、Incapacitantsがどこか音楽的/音響的であるのに対し、アメリカ・カナダ勢(特にThe Rita)は、大音圧ノイズによってライブ会場に、即物的なある音の状態を設置しようとしているかのようであった。同じハーシュノイズ同志でありながら、ノイズに対する微妙なアプローチの違いを感じさせられる。そして、これを最も強く感じたのが、後日、名古屋でのBlack Air名義のライブにおいてである。

Black Air:
名古屋でのライブの締め。The RitaとOscillating Innardsの合体ユニットであるBlack Airには、とにかく展開らしい展開がない。最初から最後まで土石流のような直線的な暴虐ハーシュである。SamとGordonはステージではなく客席前方に机を向かい合わせるようにして設置し、対面状態で各自のエフェクター等機材を操作する。このユニットで彼らは全く激しいアクションを見せることなく、ひたすら黙々とノイズを演奏する(Samは時折、スピーカーの方を向いてPAの状態をチェックしたりもする)。個人的に、これは一般的な意味での演奏行為ではないと思えた。ここまでくると、もうノイズの設置と言った方が適当だろう。圧倒された。