VA – 幻野 幻の野は現出したか~’71日本幻野祭 三里塚で祭れ


(FLYING PUBLISHERS/CD x2, DVD)

二枚組LPのCD化に、ドキュメンタリーDVD(監督:青池憲司)も付属したBOX仕様。CDは三里塚にて、1971年8月14、15、16日にかけて行われた「’71日本幻夜祭〜三里塚で祭れ」における初日日没から深夜にかけての録音である。
全共闘の闘争が終息し行く時期(すでに小川紳介は三里塚シリーズに取り組んでいる)における状況の変化。録音の中でもこの状況は、一元的には解決し得ない問題として浮かび上がっている。
演奏を中断させる、主催者である青年行動隊と他セクトとの激しい論争。皆がひとつの考えを共有することの困難さを感じさせるが、そもそも何のために個が連帯せなければならないのだろうか。その問いは祭り/革命の主体は誰なのかという問題に突き当たる。
張りつめた緊張感。参加者らの齟齬は論争の中で先鋭化するが、しかしそれはロックの演奏になると一旦中断する。この現象は終盤の頭脳警察の「銃をとれ」での一体感へと繋がる。しかし極々個人的な感想ながら、この一体感、共同幻想は分かり易すぎて危うい。舞台に上がって民謡を歌いはじめる婦人行動隊や太鼓の演奏も、このような一体感の別の現われである。また「ゼロ次元」の全裸パフォーマンスなどの混沌とした状況も、それ自体が祭りの中にフレームされてしまうと、とたんに共同幻想のなかで、ひとつの個性として回収されてしまう。
本盤の白眉は「世界革命戦争宣言」から「銃をとれ」のアンコールに至る流れと、それを切断するロストアラーフ(灰野敬二)の演奏であるが、ロストアラーフの他にも高柳昌行ニューディレクションや阿部薫(彼のここでの録音は残されていない)などは、異物として、即興演奏によって「個が個であること」を突きつけてくる。和解することのない鋭い対立としての演奏である。主催者の思惑は分からないが、出演者に(当時の呼び方で言うところの)ニュージャズを組み込んだこと、それによって生まれた拒否の持つ意味は、極めて大きい。

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