FAUST – So Far


(Polydor/LP)

Faustの音楽には、例えるならキラキラした甘そうな菓子を口に含んでみると、それは実は無機的なプラスチックの模造品であった、というような感覚がある。どこか既視感を感じるポップな音楽であるが、この離人症的な現実感のなさ、空虚感こそがFaustの魅力である。
これら楽曲は寄せ集めのつぎはぎで構成され、音楽を盛り上げようという表現への欲求が完璧に欠落しているかのように感じられる。本作はヴュンメにおける、廃校での共同生活時代に制作されたものであるので、同じくこの時期に制作された1stの対となる。
1stは緻密なコラージュによる分裂症的構成であり、編集と音響工作を前提とする、後のThis Heatや音響派の試みを先取りするものであった。それに対し本作は音楽が、一応ポップな楽曲として成り立っている(ただし、極めて歪なかたちで)。これを一言で言い表すなら、「悪意ある間違い」であろうか。それは冒頭曲「It’s a Rainy Day, Sunshine Girl」にもよく現れている。高揚感もなく、曲の始まりから終わりまで単調に刻まれるリズム。やけに軽くかき鳴らされるギター。やる気のないタイトルの連呼。まったく間違いだらけの異様なポップスである。
1stはその編集と音響工作により、音楽形式としてはアヴァンギャルドな形式をとっていた。それに対して本作の音楽形式はアヴァンギャルドとは(一見したところ)程遠い。だが、その表面的な取っ付きやすさには、音楽に期待されるものをことごとく脱臼させてゆく、巧妙かつ場違いな要素が組み込まれ、配置されている。この手さばきは、1stの分裂症的コラージュと同じものである。
あるべきように構成されているはずのものが、ニヒリズムあるいは悪意ある罠によって脱臼される。そしてリスナーはそれに触れるとき、自明のものとしてとらえていた世界が、薄い皮膜一枚で成り立っているに過ぎないと気が付く。そして皮膜を隔てた向こう側には、昨日まで知っていたはずの「世界」によく似た歪な「世界’」がある。そこで生じる現実感のなさと空虚感(これぞ「廃墟と青空」の感覚である)。Faustの悪意とはこのようなものだ。

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