「土本典昭の世界」

3/15より、名古屋シネマテークにて、土本典昭特集上映「土本典昭の世界」が開催される。未見の作品もあるので、とても楽しみだ。以下、名古屋シネマテークのサイトより転載。

「土本典昭の世界」
○土本典昭 1928年岐阜県土岐市生まれ。岩波映画製作所を経て、’63年『ある機関助士』(37分)でデビュー。国鉄のPR映画にもかかわらず、機関士達の労働の過酷さが前面に出た秀作として注目を集める(C62の運転席を撮った迫真の映像には、SL映画の最高傑作との声も多い)。東京のタクシー運転手の労働実態に目を向けた『ドキュメント路上』(54分)を経て、’69年、全共闘運動の関西の雄・滝田修の活動を追った『パルチザン前史』(120分)を発表。滝田が後に指名手配され逃亡生活に入ったこともあって、ある時代を象徴する傑作として後世に残るものとなった。
’71年、水俣病を世界に知らしめた『水俣─患者さんとその世界─』(167分)を発表。第一回世界環境映画祭グランプリを得た本作を契機に、土本はドキュメンタリー映画作家として長く、そして深く水俣と向き合うことになる。チッソ本社で直接交渉に臨む患者達を追った『水俣一揆─一生を問う人びと─』(108分)に続き、水俣病の医学における研究史と今日に残された課題を検証する画期的作品『医学としての水俣病─三部作─』(全276分)を発表。’75年の『不知火海』(153分)では終わらない水俣病の苦悩と、水銀に侵されながらも再び命を宿して再生していく自然界の豊穣さを織り込んで、連作中のピークを成す。’81年『水俣の図・物語』(111分)では丸木位里・俊夫妻の創作を追い、石牟礼道子の詩、武満徹の音楽とのコラボレーションを試みた。以後、原子力発電所の脅威に警鐘を鳴らした『原発切抜帖』(45分)、『海盗り─下北半島・浜関根─』(103分)、富山妙子の詩と画をモチーフにした『はじけ鳳仙花─わが筑豊、わが朝鮮─』(48分)を発表し、’89年には、アフガニスタンで撮影した『よみがえれカレーズ』(116分)を世に問う。新作は『みなまた日記─甦える魂を訪ねて』(100分)。
●映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事 ’04年、再び水俣を訪ねた土本の旅に同行し、その偉大な足跡をふり返りつつ、土本と水俣の現在をとらえた、藤原敏史監督の秀作。94分。
http://cineaste.jp/l/1700/1734.htm

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