自分語り

音楽雑誌やサブカル雑誌を読まなくなって久しい。そんな私だが、最近、人がスタジオボイスの音楽の特集号を貸してくれたので読んでみた。いつ頃発売されたものなのか確認せずに読むが違和感を感じ、発行日を確認すると、ごく最近のもの。これには驚いた。誌面に登場する人達が、ほぼ90年代末のまま変わっていなかった、自分の若い頃のままだったのだ。三田格、湯浅学、岸野雄一、虹釜太郎、原雅明、中原昌也、大友良英。懐かしい名前ばかりだ(紹介されているレコードも何度紹介されたか分からないものばかりだ)。私が読んでいなかった間に幾つの音楽特集が組まれていたのか知らないが、相変わらずその多くはこの周辺の人達によって書かれていたのだろう。こうなってくると東京の、この界隈の人達のオルタナティヴな文化的イデオロギーが、いかにギルド的な組織力によって形成されているのかが分かる。そして情報弱者である田舎の若者にとって彼らがいかに影響力を持ってる(持っていた)のかを再認識せざるを得ない。まさに京都という片田舎にいた私にとってはそうだった。
自分の話になるが、昔はネットで得られる情報も少なく、東京の通販ショップからリストを郵送で送ってもらうか、京都の某ショップのセレクトに依存するしかなかった。自分でも昔の自分はかなり世間知らずだったと思うのだが、若い頃の私は、東京のこの界隈の人達の文化的イデオロギーに対抗する別のイデオロギーを、何一つ持っていなかった。思想的に自立する術のなかった私は、彼らがまさに雑誌で紹介したレコードを探し求め、それをレコード棚に蓄積することで、そのイデオロギーに帰属しようとしていた。それが彼らの身内意識のなかでの形成されたイデオロギーであることを意識しないままに。京都という片田舎にて。
そして昔の私は彼らの身内で語られた言葉、彼らの身内で作られた作品を理解しようと努めることになる。これはきっと良い作品のはずなのだからと(それでもさすがに渋谷系だとかデス渋谷系だとか言われた音楽は、いくら雑誌で持ち上げられても馬鹿馬鹿しくて聴く気にもならなかったのだが)。それが転機を迎えるのは、音響派という言葉が陳腐化したあたり、20代も半ばを過ぎた頃からだろうか。
と、ここまで書いて、自分語りをするのも嫌になってきたのでもう止める。

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