raster-noton japan tour 2008 @ 名古屋 lounge vio

Alva Noto (with Anne-James Chaton), Byetone, SND, Pixel, Nibo, NHK, DJ TOMOHO
2008/12/20
名古屋 lounge vio

NHK:
まずは日本人二名によるNHKの演奏。ノートPCやエレクトロニクス類を二人掛かりで操作する。割と音響的でありながらもハードという、かつてのミルプラトー/フォースインクを思わせるようなサウンドだった。

Pixel:
続いてはデンマークのPixel。これが少々奇妙なパフォーマンスであった。
ステージ前方のテーブルの上には測定器が置かれており、その側には測定器がロール紙にデータを書き出す様子をステージ後方に大きくプロジェクションするための、ビデオカメラも設置されている。そして、そこに登場したPixelは、まず会場の女性客を手招きしマイクの前に立たせる。そしてその女性に日本語の某小説を朗読させ、自分は測定器のつまみをいじる。これらのパフォーマンスのバックではミニマルなトラックが流されており、そのトラックの波形を測定器が拾って書き出す。それが壁に大きく映し出される。簡単に述べるとこんなパフォーマンスだった。
正直、朗読との関係はよく分からない。しかしサウンドを超アナログなロール紙上の曲線に置き換えて、大きくプロジェクションするというアイデアは、超アナログなサウンド同期型のVJパフォーマンスとして解釈できないこともなく、なかなかパンクであった。

Nibo:
日本人一名によるユニットであるNibo。彼はノートPCを操作して、サウンドと映像が同期したパフォーマンスを見せた。そのサウンドは実にRaster-Notonらしい電子音響である。サウンドに同期して変化するProcessingっぽいシンプルな映像(画面中央に並ぶ小さな光点が、上下にブラーを掛けられたように振動するイメージ)も、極めて巧みであった。Niboの演奏は昔、何度か見たことがあるはずだが、その頃よりもリズムが明確になっていたように思う。

Byetone:
そして、メインアクトのひとりByetoneの演奏となる。彼もノートPCを操作して、サウンドと映像が同期したパフォーマンスを見せた。ただしその映像は、NiboやNotoのようにサウンドに同期して微妙に変化するような映像ではなく、速いテンポで切り替わるスタンダードなVJ的映像であった(ちなみに後半以降、この映像のなかでは秒数のカウントが常に画面中央に大きくレイヤーされていたのだが、これがなかなかユーモラスであり面白かった)。サウンドの方は、まさにRaster-Notonらしい電子音響であったが、緻密でありながらもかなりダンサブルな構成となっていた。

SND:
次はまさかRaster-Notonに合流するとは思わなかった、イギリスの二人組であるSND。これが電子音楽におけるミニマリズムを徹底したかのようなパフォーマンスで、驚かされた。彼らの場合、ミニマリズムといってもそれは一定の反復リズムによミニマルではなく、要素を徹底して削ぎ落としてゆく、コンセプチュアルな意味合いでのミニマリズムである。そのサウンドは、楽曲のパーツ、あるいはパズルのピースとしての電子音響の断片が、厳密な間隔をもって配置された無音によって分断されながら、少しずつ進行してゆくというもの。ABCD(無音)BCDE(無音)CDEF(無音)…といった調子である。しかもその分断されたピースを成すサウンドには、緻密な連続的変化が存在しているのだから凄い。全く踊れない、極めて偏執狂的な職人技の世界であった。

Alva Noto:
そして最後はカールステン・ニコライによるAlva Notoの演奏。今回はゲストとしてフランスの音響詩人Anne-James Chatonが加わる編成であった。勿論、カールステン・ニコライはノートPC(とタッチパネル式のデバイス)を操作して、サウンドと映像が同期したパフォーマンスを見せた。ちなみにその映像は、サウンドにあわせて痙攣する、無数の細い水平方向のラインの束というイメージであった。
正直なところカールステン・ニコライのデジタルミニマリズムは洗練の極みに達したところがあったので、ここからさらに大きな変化を見せることはないだろうと思っていた。なので今回、音響詩*1が導入されたのは新鮮な驚きだった。しかもそれが成功しているのだから凄い。ミニマルな電子音響の上部で、感情の起伏を欠いた物質的な音声が淡々と変調される。特に中盤の何十回も同じ発声とノイズが反復される辺りなどは、明らかに初期のサウンドアート的なNotoのサウンドへと回帰しているように思えた。だが一方で複雑に絡み合った電子音響は、極めてダンサブルなものでもあった。
サウンドのコンセプトも、音楽としての洗練も、映像の完成度も全て極めて高いレベルにある。やっぱりカールステン・ニコライは希有な作家であると再認識した。
会場の雰囲気もとても良く、合間に流れていた遅いBPMのクリックハウスも良いセンスで、とにかく楽しかった。また縁の不思議さを感じる個人的な出来事もあり、その意味でも印象深いイヴェントとなった。

*1:即物的な音響として音声をとらえ直した詩。代表的な作家としてはアンリ・ショパンなどが著名。電子的な変調がかけられ、ほとんどノイズ化した作品もみられる。

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