「アヴァンギャルド芸術のために」総括

この日我々は、成功した部分も失敗した部分も含めて、「アヴァンギャルド芸術」という古い言葉と各人の距離、そして温度差、また今日的な運動としての成立可能性の有無について、確認することができたはずです。そもそもシンポジウムなんて何かの確認のためのものであり、むしろ失敗するためにやるものだと思います。解答の決まっているシンポジウムなんて、ある種の幼稚な劇に過ぎない。

プログラム1は松本俊夫のプログラムなのに「メタスタシス」も「アートマン」も含まれていないという、かなり渋い、そしてレアなプログラムになったと自負しています。
プログラム2は「Still in Cosmos」を720Pで上映できたので、そして名古屋にて牧野さんとジムさんの作品をまとめて紹介できたので、目的が果たせて良かったです。
プログラム3は歴史的な再考が目的だったのでテーマが比較的はっきりしており、助っ人である川崎さんの名フォローもあって、実に有意義な、大成功といえる内容になったと思います。
プログラム4は私の好奇心から、無理のある組み合わせとなりましたが、ジム・オルークの音楽が好きな人からすれば、極めて興味深い内容になったと思います。無理な思いつきを聞き入れて下さった湯浅先生とジムさんに深く感謝します。
プログラム5は私の聞きたいことを全て出し切りました。シンポジウム終了後、松本先生をタクシーまで案内する際にも述べたのですが、私は個別の作家/作品論に入る前に、前提としてすべきこと、確認しておくことがあると感じたのです。それが充分に成されてこなかったことが、現在の状況を招いたと思うのです。でなければ、ある種の世代的な失敗が反復されるのではないかという危惧があったのです。結果がどうであれ、私はこのプログラム5をやった意味はあったと考えています。

「名古屋で最後になにかやろう」と切っ掛けを与えてくれた牧野さん、後方で開催を支えてくれた名古屋大学の池側先生に深く感謝します。両氏ともに、本当にありがとうございました。近日シンポジウムの書きおこしを行い、当サイトにて公開しようかと思っています。

とにかく疲れた一日だった。終了後、すぐに帰られる松本先生と湯浅先生+川崎さんをタクシーでお送りした後、打ち上げに少しだけ出て堀潤之さんにお礼を述べる(向こうはどう思ってるか知らないが、私にとって彼は客観的な立場から意見を言ってくれる大切な存在である)。彼はすぐに帰ってしまったので、その後、私も金を置いて店を出る。そして一人で名古屋大学から自宅まで一時間かけて、いろいろなことを考えながら歩いて帰り、泥のように眠る。

翌日、牧野さん、ジムさん、川崎さんをはじめ、各人にお礼の電話やメール。そして会場から荷物の引き上げ作業を行う。川崎さんは関心のある領域は異なるが、扱おうとしている時代は全く同じなので、今後とも歴史研究にて協力させていただければ嬉しい。そしてジムさんからのメールの返事には強く心動かされた。

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