Vital Signals 日大巡回にて

先週末は、予定が変わったのでVital Signals日大巡回を観に行くことができた。Vital Signalsは各巡回先で関連イベントの切り口が微妙に異なってくるのが面白いところで、例えば横浜巡回関連イベントの切り口とは「ビデオひろば」を手がかりとして、初期ビデオアートの社会性を考えるといったものであった。また、早稲田巡回関連イベントはフィルムとビデオの対比といったものであったと聞いている。そして、今回の日大巡回関連イベントの切り口とは「60年代から70年代にかけてのアート&テクノロジー」と「文化の混交」ではなかったかと思う。この日初めて聞くようなエピソードも多々あり(中谷芙二子がビデオを手にした切っ掛けなど…)、とても興味深い内容であった。
このように「60年代から70年代にかけてのアート&テクノロジー」を考えるのであれば、否応なく大阪万博問題が持ち上がってくる。当時の大阪万博への肯定/否定というスタンスの表明には、芸術とテクノロジーと社会の関係性についての各人の認識が反映される。そこで私が気になるのは、当時のアメリカにおけるカリフォルニアンイデオロギー的な部分と、日本の社会的状況の違いである。質問させて頂いた際にその辺りのことが上手く表現できたのかどうかは心もとないが、これは言い換えるならば、例えば何故日本では社会的な、あるいはゲリラテレビジョン的なビデオアートが大きな動きにならなかったのだろうか、ということである。「ビデオひろば」(あるいはそのメンバーが関わった「東京ビデオフェスティバル」)、中島興の「ビデオアース東京」、VICなどは活動していたが、その数は限られていた。むしろ日本において政治的な部分は小川紳介や土本典昭といったドキュメンタリーの側が担っていたのではないだろうか。日本とアメリカの社会状況の違いが、そこに表れているように思える。

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Vital Signals 東京巡回追記

VITAL SIGNALS[ヴァイタル・シグナル]
日米初期ビデオアート上映会 -芸術とテクノロジーの可能性-
Japanese and American Video Art from the 1960s and 70s
1960,70年代 —— メディアアートのパイオニアたちが挑んだ50の実験の痕跡

2010年1月22日(金)
日本大学芸術学部 江古田校舎 東棟地下1階 EB-2
入場料:無料 定員160名(先着順 全席自由)
主催:日本大学藝術学部
協力:EAI(エレクトロニック・アート・インターミックス) 横浜美術館
特別協賛:アメリカ大使館

上映スケジュール
1月22日(9:00開場) ※各セクション間に10分の休憩あり
< 9:30〜>
Section1 パフォーマンス:行為の記録、身体の記録
・ビデオと行為(8作品 74分)
・ビデオと身体(8作品 64分)
< 12:00〜> 
Section2 オルタナティブ・メディア:コミニュケーションの変容
・テレビの解放(8作品 84分) 
・共有される記憶(7作品 48分)
< 14:30〜> 
Section3 テクノロジー:新しい視覚言語
・ビデオ言語論(10作品 57分)
・拡張する形式(9作品 80分)
< 17:00〜18:30>
座談会 (※座談会のみ上映会場の隣り EB-1にて行われます。)
ゲスト:松本俊夫 (日本大学大学院芸術学研究科客員教授/映像作家)
中谷芙二子 (アーティスト)
波多野哲朗 (映像批評家/映像作家)
司 会:奥野邦利 (日本大学藝術学部映画学科准教授/映像作家)

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Vital Signalsの日本大学での巡回についての情報を追記します。松本俊夫に中谷芙二子という、日大に関係のある作家を招いての座談会も行なわれます。さらに波多野哲朗まで参加という、豪華すぎる面子です。
Vital Signalsの関東圏での上映はひとまず日大で一段落し(将来的には他にも上映の可能性があるのですが)、次回は北海道です。といっても稚内ではないのですが。

月刊『あいだ』のエッセイについて

月刊『あいだ』という美術誌に、ビデオ作家の河合政之が『「映画」から遠く離れて,「現代美術」に反対して —— 映像をめぐる三つのイベントとジャンルの問題について』というエッセイを書いている(月刊『あいだ』167号 2009年12月20日発行)。内容は「ギー・ドゥボール作品上映」「横浜映像祭 CREAM」「VITAL SIGNALS 日米初期ビデオアート上映会」についての横断的な批評である。一読してみたが、ここに書かれた河合の歴史意識には賛同したい。
また、同時期に開催されたこれらの芸術・文化・社会における映像のあり方を問う批評的なイベントに対して、そのうちの幾つかにでも立ち会った評論や研究を専業とする人間がどれほど存在するのだろう。少なくともこの点において、私は河合の状況に対する態度を信頼する。
http://blog.ref-lab.com/?month=201001
http://gekkan-aida.rgr.jp/
また、この号には飯村隆彦へのインタビューも掲載されているので、飯村ファンは必見(笑)。

「Beuys in Japan:ボイスがいた8日間」を観て

「Beuys in Japan:ボイスがいた8日間」を観に水戸へ行く。「貨幣」をめぐるボイスの言説にうんうんと頷きながら記録映像を観る。特に芸大での対話集会の映像はとても興味深かった。ポストモダンの潮流のなかで消費社会へと向かう時代でありながら、左翼的空気感で満たされた集会の空間。いろいろと当時に対する認識を改めさせられた。この対話集会と草月コンサート後の質疑等は、是非ともテキスト化して出版してほしい。現在に対して極めて有効性を持った言説であると思う。(追記:芸大での対話集会については「アールヴィヴァン 14号 特集:ボイス1984.5.29-6.5」, pp.21-32 に収録されている。ただし、学生の質問部分は簡素な形にカットされている。)
また針生一郎のインタビュー映像も、対話集会のなかでのボイスの針生に対するコメントと照らし合わせてみると興味深いものだった。針生は芸術と政治を区別しつつ対応させるが、ボイスは究極的にはそれらを同一視していた。これは針生のある時期の政治への深いコミットを踏まえて把握するならば、簡単には片付けられない問題を孕んでくる。芸術と政治(あるいは社会)の関係が、平板な把握でストリートに回収されることなく思考され続けるためには、例えばこのような差異に着目しなければならないはずだ。

Vital Signals 東京巡回

日米初期ビデオアート上映会
Vital Signals [ヴァイタル・シグナル]

―芸術とテクノロジーの可能性―

Japanese and American Video Art from the 1960s and 70s
1960、70年代――メディアアートのパイオニアたちが挑んだ50の実験の痕跡

Vital Signalsは、ニューヨークのビデオアーカイブ機関EAI(エレクトロニック・アート・インターミックス)、横浜美術館、および日本のキュレーターや研究者たちの共同企画による、国際巡回プログラムです。このVital Signalsというタイトルには、ビデオというメディアの特性=「活発な電気信号」、そして当時の芸術文化におけるビデオアートの位置づけ=「重要な兆候」、という2つの意味を託しています。

開催日時:2010年1月14日(木)・15日(金)
会場:小野記念講堂(早稲田大学27号館「小野梓記念館」地下2階)
入場料:無料
申し込み方法:当日先着順、定員200名、各回入替制(各プログラム間に10分ほどの休憩あり)
主催:早稲田大学(文化推進部)
協力:EAI、横浜美術館
特別協賛:アメリカ大使館
お問い合わせ:早稲田大学 文化推進部 文化企画課
http://www.waseda.jp/cac/news091218.html

・上映スケジュール
1月14日
11時:開場
11時30分:セクション1-b上映(80分)
13時:レクチャー(60~90分)
 ゲスト:神谷幸江氏(広島市現代美術館学芸担当課長、本企画監修者)
 飯村隆彦氏(映像作家、Section 1-b出品者)
 司会:安藤紘平(本学大学院国際情報通信研究科教授)
14時40分:セクション2-d上映(48分)
15時40分:セクション3-e上映(74分)
17時00分:終了予定

1月15日
11時:開場
11時30分:セクション1-a上映(57分)
12時40分:レクチャー(60~90分)
 ゲスト:安藤紘平教授(Section 1-a出品者)、大林宣彦監督(映画作家)によるトーク
14時20分:セクション2-c(84分)
15時50分:セクション3-f(64分)
17時00分:終了予定

商業映画でも、実験映画でもない、もう一つの映像文化史の原点へ
「ビデオ」が登場した1960年代。すぐさま、 アーティストたちはこの新しいメディアを用いた探求と実験の中に身を投じていきました。世界の芸術文化の中心地であったアメリカ、そしてビデオメディアの発祥地である日本など各国で、ビデオをめぐる活発な創作活動と文化交流が展開されました。そして、商業映画とも実験映画とも異なる文脈をもつ、「ビデオ アート」というもう一つの映像表現の文化が形成されていったのです。
本上映会「ヴァイタル・シグナル」は、日本とアメリカにおけるビデオアート史の最初の20年に焦点をあてます。日米を代表する38作家(組)による50タイトルを、2日間全6プログラ ムで上映します。それによって、他の芸術分野や科学技術と深く関わり合い、そして同時代の政治やマスメディアと激しく衝突しながら展開したビデオアート草創期の軌跡を明らかにしていきます。
これまでまとめて上映されることがほとんど無かった日米初期ビデオアート。そのパイオニアであった彼らの実験を、ビデオを用いた映像表現が現代美術界を席巻する今日の視点から振り返る絶好の機会です。ぜひご鑑賞ください。

Section1 テクノロジー:新しい視覚言語
aプログラム:ビデオ言語論 10作品、約71分
a-1:ナムジュン・パイク「ベル研究所での電子映像実験」1966年(約5分)

a-2:CTG「コンピューター・ムービーNo.2」1969年(約8分)

a-3:ゲイリー・ヒル「電子言語学」1977年(約4分)

a-4:松本俊夫「メタシスタス 新陳代謝」1971年(約8分)

a-5:スタン・ヴァンダービーク「ストローブ・オード」1977年(約11分)

a-6:山口勝弘「イメージモデュレーター」1960年(再制作) (約1分(インスタレーションの記録映像))

a-7:山口勝弘「大井町附近」1977年(約2分(インスタレーションの記録映像))

a-8:松本俊夫「モナ・リザ」1973年(約3分)

a-9:スタイナ&ウッディ・ヴァスルカ「腐蝕Ⅰ」1970年(約2分)

a-10:安藤紘平「オー!マイ・マザー」1969年(約13分)

bプログラム:拡張する形式 9作品、約78分
b-1:ナムジュン・パイク(マース・カニングハム、チャールズ・アトラスとの共作)
「マース・バイ・マース・バイ・パイク:ブルースタジオ」1975-76年(約16分)

b-2:山本圭吾「Breath No.3」1977年(約6分)

b-3:ジェイムズ・バーン「半透明」1974年(約2分)

b-4:飯村隆彦「カメラ、モニター、フレーム」1975年(約17分)

b-5:ジョーン・ジョナス「左側 右側」1972年(約9分)

b-6:飯村隆彦「オブザーバー/オブザーブド」1975年(約9分(抜粋))

b-7:飯村隆彦「カメラ、モニター、フレーム」1975-76年(約17分)

b-8:ジェイムズ・バーン「両方」1974年(約4分)

b-9:山本圭吾「Hand No.2」1976年(約8分)

Section2 オルタナティヴ・メディア:コミニュケーションの変容
cプログラム:テレビの解放 8作品、約82分
c-1:ナムジュン・パイク&ジャド・ヤルカット「コマーシャルを待ちながら」1966-72/1992年(約7分)

c-2:中谷芙二子「水俣病を告発する会―テント村ビデオ日記」1971-72年(約21分)

c-3:松本俊夫「マグネティック・スクランブル」1968年(約1分(映画《薔薇の葬列》からの抜粋))

c-4:デイヴィッド・コート「メーデー・リアルタイム」1971年(約9分(抜粋))

c-5:ビデオアース東京「橋の下から」1974年(13分)

c-6:ダラ・バーンバウム「テクノロジー/トランスフォーメーション:ワンダーウーマン」1978-79年(約5分)

c-7:クリス・バーデン「TVコマーシャル」1973-77年/2000年(約4分)

dプログラム:共有される記憶 7作品、約52分
d-1:久保田成子「ヨーロッパ・オン・1/2インチ・ア・デー」1972年(約9分(抜粋))

d-2:中島興「マイ・ライフ」1978-92年(約5分(2チャンネルビデオインスタレーションからの抜粋))

d-3:アント・ファーム「アント・ファームの汚れた皿」1971-2003年(約9分)

d-4:アラン・カプロー「Hello」1969年(約5分)

d-5:シャーリー・クラーク「ティー・ピー・ビデオ・スペース・トループ パート1」1970-71年(約5分)

d-6:中谷芙二子「老人の知恵-文化のDNA」1973年(約11分)映像提供:川崎市市民ミュージアム

d-7:ビデオインフォメーションセンター「ラ・アルヘンチーナ頌」1977年(約5分(抜粋))」

d-8:TVTV「あと4年(ニクソン再選挙運動の記録)」1972年(約24分(抜粋))

Section3 パフォーマンス:行為の記録、身体の記録
eプログラム:ビデオと行為 8作品、約74分
e-1:かわなかのぶひろ「キック・ザ・ワールド 1974年(約15分)」

e-2:山口勝弘「Eat」1972年(約2分)

e-3:マーサ・ロスラー「キッチンの記号論」1975年(約6分)

e-4:今井祝雄「ビデオ・パフォーマンス」1978-83年(約16分)

e-5:デニス・オッペンハイム「アスペン・プロジェクト/圧縮-シダ(顔)」1970年(約5分)」

e-6:ウィリアム・ウェグマン「作品選集1」1970-72年(約8分(抜粋))

e-7:ジョン・バルデッサリ「アートの作法:葉巻辞典」1973年(約6分(抜粋))

e-8:小林はくどう「ラプス・コミュニケーション」1972年(1980年再制作)(約16分)

fプログラム:ビデオと身体 8作品、約63分
f-1:ヴィト・アコンチ「粉/息」1970年(約3分)」
f-2:ポール・マッカーシー「黒と白のテープ」1970-75年(約5分(抜粋))

f-3:村岡三郎+河口龍夫+植松奎二「映像の映像-見ること」1973年(約13分)

f-4:ジョーン・ジョナス「オーガニックハニーの垂直回転」1973-99年(約15分)

f-5:出光真子「おんなのさくひん」1973年(約11分)

f-6:ブルース・ナウマン「ピンチネック」1968年(約2分)

f-7:アンテ・ボザニッチ「アイ・アム・ザ・ライト」1976年(約4分)

f-8:和田守弘「認知構造・表述」1975年(約10分(抜粋))

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「Vital Signals」東京巡回が近日行なわれます。都内2箇所、大学内での上映となります。早稲田では飯村隆彦、安藤紘平、そして企画監修をご一緒させて頂いた広島市現代美術館の神谷さんによるレクチャーも行なわれます。
1月22日には日本大学でも、松本俊夫+中谷芙二子のトークイベントも盛り込んでの上映が行われます。こちらは当ブログで情報を書いても良いのか、ちょっと分かりませんでしたので、日にちのみの記載としておきます。
私は残念ながら当日は行けませんが、どちらも大変豪華な上映イベントですので、都内の方はどうぞよろしくお願いします。