Vital Signals 日大巡回にて

先週末は、予定が変わったのでVital Signals日大巡回を観に行くことができた。Vital Signalsは各巡回先で関連イベントの切り口が微妙に異なってくるのが面白いところで、例えば横浜巡回関連イベントの切り口とは「ビデオひろば」を手がかりとして、初期ビデオアートの社会性を考えるといったものであった。また、早稲田巡回関連イベントはフィルムとビデオの対比といったものであったと聞いている。そして、今回の日大巡回関連イベントの切り口とは「60年代から70年代にかけてのアート&テクノロジー」と「文化の混交」ではなかったかと思う。この日初めて聞くようなエピソードも多々あり(中谷芙二子がビデオを手にした切っ掛けなど…)、とても興味深い内容であった。
このように「60年代から70年代にかけてのアート&テクノロジー」を考えるのであれば、否応なく大阪万博問題が持ち上がってくる。当時の大阪万博への肯定/否定というスタンスの表明には、芸術とテクノロジーと社会の関係性についての各人の認識が反映される。そこで私が気になるのは、当時のアメリカにおけるカリフォルニアンイデオロギー的な部分と、日本の社会的状況の違いである。質問させて頂いた際にその辺りのことが上手く表現できたのかどうかは心もとないが、これは言い換えるならば、例えば何故日本では社会的な、あるいはゲリラテレビジョン的なビデオアートが大きな動きにならなかったのだろうか、ということである。「ビデオひろば」(あるいはそのメンバーが関わった「東京ビデオフェスティバル」)、中島興の「ビデオアース東京」、VICなどは活動していたが、その数は限られていた。むしろ日本において政治的な部分は小川紳介や土本典昭といったドキュメンタリーの側が担っていたのではないだろうか。日本とアメリカの社会状況の違いが、そこに表れているように思える。

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