L’Acephale – Malefeasance

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(Aurora Borealis/LPx2)

「呪われた部分 有用性の限界」において、バタイユは残虐な生贄の儀式によって財を蕩尽した古代社会における宗教観・世界観について言及している。すべてを失うことで、自己の贈与と栄誉の統一を獲得する。それは死という完全な消尽によって、己を外部に投げ出し与え、共同体が全体性を獲得することである。供犠とは、社会において共同体を成立させるための手続きであった。
Set Sothis Nox La、Markus Wolff(Waldteufel、Crash Worship)による、L’Acephaleというこの風変わりなブラックメタルバンドは、特異なアイデアによって、文化的・社会的実践を、ブラックメタルにおいて試みている。それはバタイユが組織した秘密結社「アセファル(無頭人)」からバンド名をいただいていることからも明白である。ある種のブラックメタルがそのモチーフを右翼的ナショナリズムへとスライドさせてゆくのは、比較的よくあるケースだが、このバンドのケースは極めて特異である。(バタイユのアセファルは、神秘主義的な審級を社会が必要としてきた原理を明らかにし、それを擬似的なカルトとして組織化し、外部性を獲得することを目的としていた。)
一方でバタイユはファシズムを徹底して批判したことでも知られる(バタイユのアセファルの試みは当時、時代を覆ったファシズムを転倒させる闘争でもあった)。バタイユによると、ファシズムとは悪しき同質性が全体を包括するという状態を指す。ならば、このL’Acephaleとある種のブラックメタル、すなわちNSBM(国家社会主義ブラックメタル)との関係をどのように理解すべきなのか。
音楽的な側面について述べると、「Väinämöinen Nacht」はシンセによるドローンに宗教音楽からの引用音源が混入される楽曲。続く「Hitori Bon Odori」は友川かずきの「一人盆踊り」のカヴァー。アコーステックギターのフレーズが反復され、夜の森をイメージさせる木霊が響くというものになっており、元曲とは別物。「A Burned Village」は若干ブラックメタル的なヴォーカルも入る楽曲だが、荘厳なパーカッションがブラックメタルの形式から逸脱している。「From A Miserable Abode」は殆どパワーエレクトロニクス。ハーシュノイズにアジテーションが混入され、後半では民族音楽的なラッパによる異様なドローンへと突入する。「Sleep Has His House」は単調な電子音にヴォイスが重なる楽曲で、Current93のカヴァー。「Nothing Is True, Everything Is Permitted」はノイズからアコースティックギターのパートへと移行するダークアンビエント。ざっと言葉で説明しても分かるように、本作はこのバンドの他のアルバムと比較しても、ブラックメタルからは大きく隔たっている。ここではToroidh、Les Joyaux De La Princesseのようなマーシャルインダストリアル〜ネオクラシカルと、 Drudkh、Hate Forestのようなパガンブラックメタルが結合されている。