Burzum – Belus


(Byelobog Productions/CD)

まず、本作の音楽について述べておくと、これはヴァーグが服役を終えて制作した、Burzumの7thアルバムであり、復帰作である。Burzumは4thアルバム「Filosofem」を最後に、バンドサウンドのブラックメタルを放棄し、5~6thアルバムではシンセサイザーによるアンビエントを演奏していた。これは刑務所内にギターを持ち込むことが出来ないためであるとされてきた。しかし、この制限は音楽的にはネガティヴな方向に働くどころか、Burzumの音楽におけるもう一つの重要な側面であったアンビエント路線を押し進める方向で作用したといえる。マーシャル・インダストリアル/ネオクラシカル/ネオフォークとも共振するようなモチーフを持つBurzumのアンビエントは、その音楽の異様さとともに記憶されてよい。しかし、本作にはシンセサイザーによるアンビエント作品は収録されていない。ここで演奏されているのは、Burzumらしい陰鬱さをもった、反復を中心としたプリミティヴなノイズ混じりのブラックメタルが中心である。「Belus’ Doed」「Glemselens Elv」「Kaimadalthas’ Nedstigning」「Keliohesten」。勿論どれも素晴らしい楽曲なのだが、Burzumの影響下にあるバンドがこれだけ増えてしまった現在からすると、これらは最早スタンダードですらあると感じられる。また「War」を思わせるスラッシュメタル的な「Sverddans」といった楽曲もある。しかし、その一方で3rdアルバムにおける「Tomhet」のようなアンビエント的要素を、シンセサイザーを使用せずに展開させるという試みもみられる。それはアナログ盤D-Sideにおける「Morgenroede」から「Belus’ Tilbakekomst」へと至る、一連の楽曲において聴くことができる。「Morgenroede」の引き延ばされた反復から、そのままギター・ドローンによって「Tomhet」を演奏したかのような「Belus’ Tilbakekomst (Konklusjon)」へと展開する。この一連の楽曲は、言葉通りの意味でアンビエント・ブラックメタルと呼ぶことができるだろう。
教会への放火、殺人、そして脱獄といった彼の犯罪は支持できるようなものではないし、現在はどうなのか知らないが、彼の民族主義への傾倒も、異なる文化を持つ私にとっては共有できる事柄ではない。ある種のブラックメタルのモチーフが、反キリストのスタンスからペーガニズムを経由して民族主義、国家社会主義へ至るという過程は、社会学的には興味深いものであるのかもしれないが。では、単に音楽としてのみBurzumの音楽を聴いているのかと問われると、そうでもない。初めてBurzumの音楽を聴いてから15年もの間、私がここまでこの音楽に惹き付けられてしまったのは何故か? 音楽の素晴らしさは前提として思い返してみると、それは彼があまりに過剰な行動によって自分自身を何ものかへと差し出しているかのように見えたから。自分自身を有用性に回収されない何ものかへと差し出し、投げ捨てているように見えたからではないかと思う。過去の私にとって、Burzumはそのように読み取れた。

『我々のなかのごく少数の者だけが、この社会の巨大な機構のなかで、自分たちの本当に子供じみた反応にこだわっていて、この地球上で自分たちが何をしているのか、どのようないたずらが自分たちに仕掛けられているのかと依然素朴に自問している。この人たちは、空や絵画の謎を解くために、星空の奥や画布の背後にまわってみたいと思っているのである。あるいは、ちょうど板塀の隙間を見つけて中を覗き込もうとしている子供たちのように、この世界の裂け目からその中を覗いてみようとしているのである。そのような世界の裂け目の一つが供犠という残酷な習慣なのだ。』
ジョルジュ・バタイユ「芸術、残虐の実践としての」/「純然たる幸福」酒井健:編訳より

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3/24

最終日。今頃になってNYの天気は快晴。まだ体調は万全とはいえないが、何とか飛行機には乗ることができそうだ。ホテルをチェックアウトし、そのままタクシーでJFKへ移動。成田までの14時間のフライトを、何とか音楽を聴きながら耐え抜いて、3/25に帰国。あまり眠れず。

今回の旅行は短かったが、いろいろな人と話すなかで、日本の文化や芸術を考える良い機会になった。それによって、実験映画だけに留まらず、近代的な意味での芸術はそもそも日本のものではないのではないか、そのようなコンテクストの形成も歴史化も国内においては成されてこなかったのではないか、という以前からあった疑念が深まることになった。海外から有名国際展の名前や、有名作家を引っ張ってきて国内で紹介しても、それが周縁国に過ぎない日本内部と、外部としての海外との関係性において何の意味を持つのか。結局は単なる消費に終るだけではないか。これは多元的な文化、民族、国家をどう捉えるかという問題である。フラット化した状況を受け入れる前に、私たちは外部を異質性として、自己を破壊しかねない危険なものとして受け止めることをしなければならなかったのに、それを怠ってきたのではないだろうか。その開き直りが日本内部の固有性の手軽な発見(東洋の伝統やサブカルチャーなど)に結びつく時、それは前提としてあるべき異質性の意識に立つどころか、無意識のうちに潜在的な同質性へ滑り落ちる。この回路は一見開かれているようでいて、実態としては同質化によって閉じている。あとは心地よいフラット化した同質性のなかで、多様性(多様な商品)の享受(消費)を繰り返すだけだ。そして歴史やコンテクストは、日本内部において殆ど積み上げられないまま忘却されるだろうし、過去においてはそうであったとしか思えない。そのようなことを日本に帰るなかで考えた。

3/23

悪寒がするためコートを着たままでベッドに入って、翌日の昼過ぎまでうなされる。しかし、まだNYでの目的を果たしていない。着替えてから風邪薬を飲み込んで、気合いで3時過ぎにホテルを出る。NYの天気はまだ雨模様。まずはタクシーでアンソロジーへ。事前にここのアーカイブを見せてもらいたいと、日本を発つ前にアポを入れておいた。しかし、時間をはっきり指定していなかったために、タイミング悪くちょうど担当者が外出中とのこと。待たせてもらうのも辛い状態だったので次の機会にさせてもらう。実際アーカイブを見せてもらっても、この状態では何も出来なかったと思う。カウンターにあったFilm Cultureの持っていないバックナンバーを何冊か購入して次の場所へ向かう。以下はアンソロジーの外観。

次に、歩いて近所にあるHospital Productionへ。ここはハーシュノイズ作家のPrurient(Dominick Fernow)がやっている、ノイズとブラックメタル専門のレコードショップ兼レーベルである。ブラインドが下りていて、外からは何の店なのか全く分からない怪しさ。店内に入ると真っ赤な壁面に、ボロボロのギターによるジャンクオブジェ、武器などがレコードと一緒に飾られている。しかも、店に入った時に流れていたアルバムはBurzum「Hvis Lyset Tar Oss」。全くもって素晴らしい店だ…。好みが合い過ぎて困る。ざっくりとレコードとCDをチェックして、CDを2枚購入。壁一面並んでいた膨大な量のカセットテープは、さすがにチェックする気力がなかった。「Burzumの新作は聴いたか?」と、店内に並んでいた「Belus」を指差しながら聞かれたので、「勿論、素晴らしかった。」と答える。気になったのが店内にライブ関係のチラシとともにアンソロジーのプログラム冊子が置いてあったこと。このようなノイズやアンダーグラウンド音楽と実験映画が、同じ層に受容されているという事実に素直に感動した。今度はゆっくり訪れたい。


次に、開いている日ではなかったのだが、どんな場所にあるのか一応見ておこうと思って、Milleniumまで歩いて移動。Millenium Film WorkshopもNYにおける代表的な実験映画の上映場所である。「Vital Signals」のNY巡回上映もジャパン・ソサエティーと、ここで行われた。玄関に張り出されていた3/27のスケジュールに、トニー・コンラッドの近作特集上映の文字があったのだが、観に行くことができなくて大変悔しい。このためにだけに一時は航空機のチケットを変更しようとまでしたのだが…。

また体調が悪くなってきたので、すぐに最後の目的地へ向かう。タクシーでギャラリーが立ち並ぶハドソン川沿いのチェルシーへ移動。とあるビルの5階にあるElectronic Arts Intermix(EAI)を訪ねる。EAIはアメリカでも有数の、ビデオアートを専門とする非営利配給組織である。以前から会う約束をしていたが、ここで私はようやくEAIのスタッフの方に会うことができた。EAIのスタッフと、広島現美の神谷さんと、横浜美術館の松永さん、そして作家の方々。「Vital Signals」は皆さんの仕事だと思う。私はここに関われたことを幸いに思う。NYの印象、アメリカと日本の文化観や歴史観の違い、現代音楽やフリージャズのことなど、しばらくスタッフの方と会話する。もっとゆっくり話していたかったのだが、体調がそろそろ限界だったので、再会を約束してタクシーでホテルへ戻る。

そして、また翌朝まで寝込む。昨日からほとんど何も食べていない。

3/22

朝早くから目が覚めてしまったので、駅の周りを散策してみる。天気は雨で、エンパイアの上部は雲のなか。近くのマクドでハンバーガーなどを食べる。東京の雑然さとはまた違ったような。この日は美術館を回るつもりだったのだが、ホイットニー美術館が休館日なので、グッゲンハイム美術館とThe Museum of Modern Art(MOMA)へ行くことにする。まずはグッゲンハイムから行こうと思って、タクシーに乗って移動する。そのタクシーの運転手はバングラデシュ出身だったのだが、彼の話が印象的で、ちゃんとは理解できなかったのだが「この街は多民族のコロニーだ、俺はどこか別の所に行きたい」という意味のことを言っていた。グッゲンハイムにはすぐに到着。開館時間からそんなに間を置かずに来たのだが、さっそく行列であった。残念なことに館内展示換えの最中で、いくつかの作品は観ることが出来ない状態。代わりに入場料がディスカウントされていた。しかしながらマシュー・バーニー「クレマスター3」(2002)や、マリーナ・アブラモヴィッチのパフォーマンスシリーズ「Seven Easy Pieces」(2005)の舞台となった、その建築を体験することは出来た。以下、グッゲンハイムの天井と外観。


外に出ると小雨は降り続いており、タクシーでMOMAまで移動する。以下は途中で前を通った、メトロポリタン美術館の入り口。この日はここも休館日だった。

MOMAに到着してみると、既にかなりの混雑。小雨に打たれながらひたすら行列に並んで待つ。行列の前で傘を売っている兄ちゃんもいて、逞しいなと思う。

しばらくして入館は出来たのだが、混雑していたのと、シアターのチケット発券の仕組みが分かっていなかったこともあって、この日の夕方から地下のシアターで開催された、ジェネシス・P・オリッジのイヴェントのチケットをとることは出来なかった。
MOMAの規模は想像を遥かに上回っていた。各フロアが独立して様々な展覧会を並行して開催しており、平日だというのにとんでもない来館者の数である。都内の国立・公立美術館と比べても、これは雲泥の差どころではない。Getty Centerに行った時にも感じたのだが、西洋に端を発する近代的な意味での芸術についての歴史の積み重ねの厚さと、社会的な受容の幅広さがそもそも違う。そして、日本国内において使用される近代的な意味での芸術の概念が、ある特定のコンテクストに属するものであり、途中から外部より移植されたものであるという当たり前の事実を見せつけられた気がした。このような関係性のなかで一体何が出来るのか。ある種の無力感を感じる。
まずは2階のドローイング・アニメーションを制作する現代美術家、ウィリアム・ケントリッジの「William Kentridge: Five Themes」展から。内容としては京都近美と国立近美を巡回した展覧会と重複していたのだが、日本では展示されなかった作品があった。「Learning the Flute」(2003)、「Preparing the Flute」(2005)、「Black Box / Chamber Noir」(2006)の三つである。これがなかなか凝った展示で、大きめの展示室の中に人形劇の舞台のようなオブジェが二つと、グレーに塗られた黒板が一つ設置されており、この三つの特殊スクリーンに、順番に映像をプロジェクションしてゆくというものだった。特に「Preparing the Flute」と「Black Box / Chamber Noir」における、人形劇的な舞台セットへのプロジェクションが想像以上に素晴らしいものだった。この舞台セットにはレイヤー的な演出がなされており、前方と後方からの二重のプロジェクションによって、ドローイング・アニメーションが巧みに構成される。しかも「Black Box / Chamber Noir」の舞台セットについては機械仕掛けで、実際に幾つもの不思議なオブジェが入れ替わり立ち替わり登場し、からくり人形のように機械的な演技をする。それがプロジェクションされたドローイング・アニメーションと絡み合う。まるでアニメーション内のオブジェ(キャラクター)が、実空間に現れたかのような、奇妙な人形劇を観ている気分になった。人形劇とアニメーションの相関関係を想起させる作品であると同時に、現代美術のコンテクストにおける造形性とアニメーションの関係を強く印象づけられた。
また、3階や館内の各所ではティム・バートンの展覧会も開催されていた。正直いって興味はないのだが、都現美がジブリの展覧会やバガボンドのエントランス展示をやるようなものかと思いながらざっと観た。
4〜5階には圧倒された。図版の中でしか観たことのなかった現代美術の代表作が、おびただしい物量で展示されており、軽く躁状態になる。写真撮影可だったので、図版の中では観ることの出来ないような方向から撮ったりする。もうこの段階で精神的に疲れ切って熱にうかされているような状態だったのだが、あと一息。以下は外を望む来館者の図。

最後に本日最大の目的であった6階のマリーナ・アブラモヴィッチの「Marina Abramović: The Artist Is Present」を観る。ちなみに、2階のフロアでもマリーナ本人が来館者と向き合って、黙ったまま長時間微動だにせず見つめ合うというパフォーマンスを行っていた。そのフロアで既に異様な緊張感が漂っていたのだが、6階の展示は更に異様な緊張感の漂う空間になっていた。そこでは彼女のパフォーマンスを撮影したシングルチャンネルのビデオ作品やビデオインスタレーションが大量に展示されているのに加えて、生身のパフォーマーによる過去のパフォーマンスの再演(パフォーマンスの展示?)が各所で行われていた。人間がパフォーマンスごと展示されているのである。過酷な状況下で物質化された身体のイメージ。私は通るのをためらってしまったのだが全裸の男女のパフォーマーによる「Imponderabilia」(1977)の再演もあった。オリジナルは全裸のマリーナとウーライが、狭い空間に向かい合って立ち、この二人のあいだの僅かな隙間を観客が通り抜けるというパフォーマンス。他にも全裸の女性が両足と股間の僅かな支えによって空間に立つという「Luminosity」(1997)の再演もあった(今回は3mくらいの、落ちたら怪我をしそうな高さの壁面にパフォーマーが立っていたのだが、拷問のように痛々しく見えて、さすがに正視できなかった)。これを同じ形で日本に巡回させるのは絶対不可能だろう。個人的に、彼女のパフォーマンスを撮影したビデオ作品が、始まりと終わりをどのように構成しているのかが気になっていたので、いくつかの作品でそれも確認した。以下、展覧会のカタログ。日本のAmazonでは4/6現在、まだ入荷していないが、アメリカのAmazonなら普通に安く買える。

また、他にもジョーン・ジョナスのビデオインスタレーションである「Mirage」(1976/2005)も観ることができた。その後、衝撃的な展示にふらふらになりながら、小雨に打たれながら徒歩でタイムズスクエアを通ってホテルまで戻る。どうやら熱にうかされている感覚も、ふらふらなのも気のせいではなかったようで、ホテルに帰ってすぐに体調を崩し、高熱を出して寝込む。MOMAの行列の前で傘を買っておけばよかったと後悔。MacBookの充電器はアップルストアで購入した。

3/21

数時間の仮眠の後、フロントからの電話で起こされる(昨日のうちに、午前5時にタクシーを呼んでくれるようお願いしておいた)。まだ外は真っ暗。急いで荷物をまとめてフロントへ向かうと、そこにはやたら貫禄がある運転手が待っていた。急かされて外へ出ると、そこには明らかにタクシーじゃない車が…。一瞬不安がよぎるが、どうやらハイヤーだった模様(?)。若干警戒しながら話してみると、運転手も意外に愉快な人物だった。30分ほどでLAXに到着。昼間のタクシー並みの妥当な金額を求めてきたので、早朝のお礼も込めて多めのチップを払う。出発するにあたって思い返してみれば、運が良かっただけかもしれないが、この街は気のいい連中ばかりで、ロサンゼルスの印象はかなり良かった。次に行くことになるNYが腹の立つことばかりだったのに比べれば良い所だ。少しだけ空港の中で迷うが、なんとかNYへの飛行機へと乗り込む。あいにく窓際の席じゃなかったのだが、席に着くと隣になった男性が妻の席と変わってくれないかと話しかけてくる。見ると後方の窓際の席に奥さんらしき人が。もちろん快諾。こうして窓際の席を得て、グランドキャニオンを眺めることができた。

JFKには(時差があるけど)午後3時に到着。泊まるホテルはペンシルバニア駅の前なので、電車で移動することにする。進行方向がよく分かっていなかったので、かなり遠回りをしながらJFKの外へ出る。ジャマイカ駅での乗り換えはすんなりといった。乗り換えの際にNY滞在中の飯村さんと日大の奥野さんに連絡しておく。窓の外のグラフティとジャンクだらけの荒んだ風景を眺めているうちにペンシルバニア駅に到着。マンハッタンの光景を初めて目にする。建物が古いというのもあるが、全体的にごちゃごちゃした街だという印象。天気も悪く、ロサンゼルスとは対照的にかなり寒い。ホテルの前で奥野さんと合流し、チェックインを済ませて荷物を部屋に置いてから一緒に飯村さん宅へ向かう。到着してみると、飯村さん宅はとても良い環境のアパートだった。ご無沙汰してますとご挨拶し、しばらく談笑する。近況を聞いてみると、アメリカ国内の上映旅行や、フィル・ニブロックのスタジオでのパフォーマンスや、アンソロジーでの個展上映など、相変わらず旺盛な活動をされているようだった。やがて外で夕食をとろうということになり、近所にある飯村さんの知人の、日本人の方がオーナーをやっているという店に行く。NYにおける飯村さんの図。

注文をして料理を待っているあいだに、この店の隣にいい感じの本屋があったので映画と現代美術関係の棚を少しだけ物色しに行く。映画の棚に普通にスコット・マクドナルドの実験映画関係の書籍が並んでいるのが印象的。やがて奥野さんに料理が来たよと呼ばれて店に戻ると、そこには凄くちゃんとした魚料理が並んでいた。アメリカに来てからというもの、ポテトだハンバーガーだと、まともなものを食った覚えがなかったので嬉しい。しかも旨い。とても楽しい食事だった。飯村さんがアメリカに来た頃の話を聞いているうちに、飯村さんがどうして海外と日本で並行して作家活動を行っているのか、少しだけ分かった気がした。これは多分、昨日感じた異質性の問題とも無縁ではない。
その後、上映旅行の準備があるという飯村さんと別れて、奥野さんと2人でアンソロジーへと向かう。

アンソロジー・フィルム・アーカイヴス、メカスが立ち上げた、言わずと知れた実験映画の中心地である。この日はちょうどペーター・クーベルカのプログラムが上映される。大体は観たことがあるのだが、まとめてフィルムで観るのは初めてだ。「Mosaik Im Vertrauen」(1955)、「Adebar」 (1957)、「Schwechater」 (1958)、「Arnulf Rainier」(1960)、「Unsere Afrikareise」(1965)、「Pause」(1977)を一気に観る。やはり、「Adebar」→「Schwechater」→「Arnulf Rainier」へと至る一連の過程には興奮した。特に、大きなスクリーンで観る「Arnulf Rainier」はハーシュなサウンドと相まって攻撃的なフィルムだった。早朝からの移動の疲れもあって、「Pause」のあたりで少し意識が遠のいたりもしたが…。駅へ向かう奥野さんとタクシーに便乗して雑談をしながらホテルへと戻り、すぐに泥のように眠る。

3/20

本日も早起きしてSCMSカンファレンスの会場へ。まずは西川さんが発表するワークショップを観る。このワークショップ内の別の人の発表において、アジアにおける近年の実験的な映画・映像について書かれた書籍が回覧されたので、目次を読んでみると、日本の実験映画についての記述もあった。しかし、ある時期以降の国内の実験映画に、果たして歴史と呼べるほどの厚みがあったのだろうか。
午後のプログラムはパスしてスクリーニングまでの4時間、駆け足でロサンゼルス観光に向かう。まずは軽く昼食をとってから、歩いてThe Museum of Contemporary Art(MOCA)へ。ここでは、ちょうど「Collection: MOCA’s First Thirty Years」という展覧会が開催されていた。


図版の中でしか知らなかったようなアメリカ抽象表現主義の絵画を間近で浴びるように観る。かなり印象が変わる。ブルース・コナーやトニー・コンラッドの平面の作品もあった。あとはブルース・ナウマンのビデオインスタレーションも体験。ここのショップで書籍とDVDを幾つか購入。そして向いのREDCATにも少しだけ立ち寄るが、ここで行われていた映像作品の展示は時間がなくてじっくり観ることはできず。次にThe Geffen Contemporary at MOCAへバスにて移動。

この建物はMOCAから少し離れた、リトルトーキョーに隣接している(元々は古びた倉庫だったが、改装された)。館内は雑多な展示という印象を受けたが、ビル・ヴィオラの「十字架の聖ヨハネの部屋」(1983)は一室を使用する独立した展示で、とてもよかった。
全米日系人博物館も見学したが、その歴史に衝撃を受ける。また、博物館のスタッフに日系アメリカ人に間違えられたことも、屈折したかたちで自分が日本人であることを突きつけられている気がした。(基本的にこの博物館を観にやって来るのは日系アメリカ人の方々であるようだ。ここはコミュニティの文化と歴史を保存する役割を担っている。写真は閉鎖された旧館。この向いに新しい博物館がある。)

多民族国家における共同体の異質性とは私が思っていた以上に重い問題なのかもしれない。日系アメリカ人が経験してきたような複雑な歴史、異質性のなかで生きてゆくという困難な歴史。それは、ある共同体の同質性のなかに暮らす者には、現実的な経験として把握しづらい。しかし文化というフィールドに限定して、日本人が海外で作品を発表するということについてであれば、一つ思うことがある。グローバル化した社会が、多民族国家のように異質性の意識をその大前提としているとするならば、芸術において日本の固有性それ自体を前面化させて外部に持ち出すのは、やはり悪手だと思う。それは異質性の意識に立つどころか、外部との対比に潜在する無意識の同質性のなかに、やがて滑り落ちることになる。それは言い換えれば、己自身の内部に、決して異質的なもの見出そうとはしないということ。The Geffen Contemporary at MOCAに展示されていた日本のサブカルチャーを引用した映像作品がその一例だろう。
観光を終えてタクシーでSCMSカンファレンスの会場へ取って返し、「Vital Signals」のスクリーニングへ。昨日、「Contemporary (In)appropriations」のスクリーニングが行われていたのと同じ部屋である。時間の都合上、先方の希望によってセクション1:The Language of Technologyに和田守弘の作品を加えた、変則的なプログラムとなっている。セクション2、セクション3も上映しなければ、初期ビデオアートの多様性は伝えきれないのだが仕方ない。西川さんに通訳してもらい、前説を行ってから上映開始。学会でのスクリーニングゆえに観客は出たり入ったりで、客数は多くなかったが、西川さんの通訳のおかげもあってスクリーニングは無事終了。終えてみて思ったことは、アメリカにおいては、私が想像する以上にビデオアートが現代美術の一部として捉えられており、実験映画とビデオアートは作家においてもコンテクストにおいても、それほど密接には重なり合わないのかもしれないということ。しかし、その一方でアメリカの現代美術を扱う美術館は、実験映画にも上映の場所を与えている。これは実験映画のコンテクストを、ビデオアートとは区別したうえで尊重しているということなのか。ちょっとまだ状況の整理がつかないので、これについてはさらに検討していきたい。スクリーニングを観にきてくれた名大の藤木さんや、飯村さんの知人であるサンフランシスコ大のAaron Kernerさんとその院生さんに感謝。これでロサンゼルスでの目的は完了したので、ビールを買い込んでホテルに戻り、西川さんと日付が変わるまで飲む。4〜5時間は話しただろうか。実験映画の今までとこれから、そして芸術や文化全体の話。私にとってはとても大切な時間となった。
その後、解散して風呂。さあ寝ようと思ったらMacBookの充電器をどこかに忘れてきたことに気がつく。明日は早朝から移動日だというのに、致命的な事態である。仕方なく深夜だというのにもう休まれていた西川さんを電話で起こして充電器を借りる。午前1時を回った頃にようやく充電完了。西川さんに充電器を返してから、数時間の仮眠。この日は西川さんに本当に大きな借りが出来てしまった。必ず返します。

3/19

早起きしてSCMSカンファレンスの会場となるホテルへ。ダウンタウンにあるホテルなので、徒歩で行ける距離なのが助かる。到着してみると、私の泊まっているホテルとは違って、高級そうな外観。このホテルで四日間、多くの研究発表やパネルが行われる。日本映像学会よりも規模は格段に大きい。

まずは受付で名札とプログラムをもらう。世話をしてくれた方に言われるままに書類を送っていたので正直よく分かっていなかったのだが、無事手続きが済んでいて一安心。まず、午前中のプログラムではChick Strandのスクリーニングを観た。日本では殆ど知られていないが、西海岸では著名なフィルムメーカーだという(すでに亡くなっている)。会場となる普通のホールにスクリーンと16mm映写機を持ち込んでの上映で、観客は50人くらい。「Angel Blue Sweet Wings」、「Mosori Monika」、「Cartoon le Mousse」を視聴。パネルセッションとして、Dominic Angerame(Canyon Cinema)らが参加するトークも有り。
このように実験映画が、映画とメディアに関わる学会の中で一定の場所を占めているというのは、やっぱり日本ではなかなか考えられない状況だと思えた。数は多くないが、実験映画についての研究が一定数行われているというのは大切なことだ。少なくともアメリカの映画研究においては「映画」という言葉の範疇に劇映画も実験映画も含まれているということが確認できた。
キャベツにシロップがかかっている訳の分からないサラダと、山盛りのポテトとハンバーガーという、いかにもな昼食のあと午後のプログラムとなる。まず小さな部屋でひっそりと行われた「Contemporary (In)appropriations」と題されたスクリーニングを観てから、ロビーで西川智也さんと合流し、しばし雑談。その後、別の部屋に移動してドキュメンタリーアニメーションという野心的な新ジャンル(?)についてのパネルを見た。トム・ガニングが応答者をつとめる初期映画についてのパネルもあった模様。
「Contemporary (In)appropriations」のプログラムは、まあまあの作品ばっかりだったのだが、一本凄まじい作品に出会えた。Scott Starkの「Speechless」。これは立体視写真の左右のイメージを、フレーム単位で交互に映し出して擬似的な3D感覚を発生させ、更に別のイメージをフレーム単位でミックスし、強烈に視覚と認識を混乱させるという作品。用いられるイメージとしては医学書から引用されたグロテスクな性器のアップ…そして草葉や地面といった自然物。観客は性器のイメージが猥雑な意味を剥奪され、奇妙に痙攣しながら自然物と混ざり合ってテクスチャー化する瞬間そのものに立ち会う。(西川さんはScott Starkの家でこの作品を観ているらしく、立体視写真の仕組みについて詳しく教えてもらった。)
ホテルに戻って、近くのタイ料理屋で夕食。客層の濃さに多民族国家の断面を見る。その後、同じホテルに泊まることになった西川さんと、明日午後のスクリーニングの前説について打ち合わせ。西川さんも明日の午前中にワークショップがあるというのに、ご迷惑をかけっぱなし。日付が変わる頃に解散。