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本日も早起きしてSCMSカンファレンスの会場へ。まずは西川さんが発表するワークショップを観る。このワークショップ内の別の人の発表において、アジアにおける近年の実験的な映画・映像について書かれた書籍が回覧されたので、目次を読んでみると、日本の実験映画についての記述もあった。しかし、ある時期以降の国内の実験映画に、果たして歴史と呼べるほどの厚みがあったのだろうか。
午後のプログラムはパスしてスクリーニングまでの4時間、駆け足でロサンゼルス観光に向かう。まずは軽く昼食をとってから、歩いてThe Museum of Contemporary Art(MOCA)へ。ここでは、ちょうど「Collection: MOCA’s First Thirty Years」という展覧会が開催されていた。


図版の中でしか知らなかったようなアメリカ抽象表現主義の絵画を間近で浴びるように観る。かなり印象が変わる。ブルース・コナーやトニー・コンラッドの平面の作品もあった。あとはブルース・ナウマンのビデオインスタレーションも体験。ここのショップで書籍とDVDを幾つか購入。そして向いのREDCATにも少しだけ立ち寄るが、ここで行われていた映像作品の展示は時間がなくてじっくり観ることはできず。次にThe Geffen Contemporary at MOCAへバスにて移動。

この建物はMOCAから少し離れた、リトルトーキョーに隣接している(元々は古びた倉庫だったが、改装された)。館内は雑多な展示という印象を受けたが、ビル・ヴィオラの「十字架の聖ヨハネの部屋」(1983)は一室を使用する独立した展示で、とてもよかった。
全米日系人博物館も見学したが、その歴史に衝撃を受ける。また、博物館のスタッフに日系アメリカ人に間違えられたことも、屈折したかたちで自分が日本人であることを突きつけられている気がした。(基本的にこの博物館を観にやって来るのは日系アメリカ人の方々であるようだ。ここはコミュニティの文化と歴史を保存する役割を担っている。写真は閉鎖された旧館。この向いに新しい博物館がある。)

多民族国家における共同体の異質性とは私が思っていた以上に重い問題なのかもしれない。日系アメリカ人が経験してきたような複雑な歴史、異質性のなかで生きてゆくという困難な歴史。それは、ある共同体の同質性のなかに暮らす者には、現実的な経験として把握しづらい。しかし文化というフィールドに限定して、日本人が海外で作品を発表するということについてであれば、一つ思うことがある。グローバル化した社会が、多民族国家のように異質性の意識をその大前提としているとするならば、芸術において日本の固有性それ自体を前面化させて外部に持ち出すのは、やはり悪手だと思う。それは異質性の意識に立つどころか、外部との対比に潜在する無意識の同質性のなかに、やがて滑り落ちることになる。それは言い換えれば、己自身の内部に、決して異質的なもの見出そうとはしないということ。The Geffen Contemporary at MOCAに展示されていた日本のサブカルチャーを引用した映像作品がその一例だろう。
観光を終えてタクシーでSCMSカンファレンスの会場へ取って返し、「Vital Signals」のスクリーニングへ。昨日、「Contemporary (In)appropriations」のスクリーニングが行われていたのと同じ部屋である。時間の都合上、先方の希望によってセクション1:The Language of Technologyに和田守弘の作品を加えた、変則的なプログラムとなっている。セクション2、セクション3も上映しなければ、初期ビデオアートの多様性は伝えきれないのだが仕方ない。西川さんに通訳してもらい、前説を行ってから上映開始。学会でのスクリーニングゆえに観客は出たり入ったりで、客数は多くなかったが、西川さんの通訳のおかげもあってスクリーニングは無事終了。終えてみて思ったことは、アメリカにおいては、私が想像する以上にビデオアートが現代美術の一部として捉えられており、実験映画とビデオアートは作家においてもコンテクストにおいても、それほど密接には重なり合わないのかもしれないということ。しかし、その一方でアメリカの現代美術を扱う美術館は、実験映画にも上映の場所を与えている。これは実験映画のコンテクストを、ビデオアートとは区別したうえで尊重しているということなのか。ちょっとまだ状況の整理がつかないので、これについてはさらに検討していきたい。スクリーニングを観にきてくれた名大の藤木さんや、飯村さんの知人であるサンフランシスコ大のAaron Kernerさんとその院生さんに感謝。これでロサンゼルスでの目的は完了したので、ビールを買い込んでホテルに戻り、西川さんと日付が変わるまで飲む。4〜5時間は話しただろうか。実験映画の今までとこれから、そして芸術や文化全体の話。私にとってはとても大切な時間となった。
その後、解散して風呂。さあ寝ようと思ったらMacBookの充電器をどこかに忘れてきたことに気がつく。明日は早朝から移動日だというのに、致命的な事態である。仕方なく深夜だというのにもう休まれていた西川さんを電話で起こして充電器を借りる。午前1時を回った頃にようやく充電完了。西川さんに充電器を返してから、数時間の仮眠。この日は西川さんに本当に大きな借りが出来てしまった。必ず返します。

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