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数時間の仮眠の後、フロントからの電話で起こされる(昨日のうちに、午前5時にタクシーを呼んでくれるようお願いしておいた)。まだ外は真っ暗。急いで荷物をまとめてフロントへ向かうと、そこにはやたら貫禄がある運転手が待っていた。急かされて外へ出ると、そこには明らかにタクシーじゃない車が…。一瞬不安がよぎるが、どうやらハイヤーだった模様(?)。若干警戒しながら話してみると、運転手も意外に愉快な人物だった。30分ほどでLAXに到着。昼間のタクシー並みの妥当な金額を求めてきたので、早朝のお礼も込めて多めのチップを払う。出発するにあたって思い返してみれば、運が良かっただけかもしれないが、この街は気のいい連中ばかりで、ロサンゼルスの印象はかなり良かった。次に行くことになるNYが腹の立つことばかりだったのに比べれば良い所だ。少しだけ空港の中で迷うが、なんとかNYへの飛行機へと乗り込む。あいにく窓際の席じゃなかったのだが、席に着くと隣になった男性が妻の席と変わってくれないかと話しかけてくる。見ると後方の窓際の席に奥さんらしき人が。もちろん快諾。こうして窓際の席を得て、グランドキャニオンを眺めることができた。

JFKには(時差があるけど)午後3時に到着。泊まるホテルはペンシルバニア駅の前なので、電車で移動することにする。進行方向がよく分かっていなかったので、かなり遠回りをしながらJFKの外へ出る。ジャマイカ駅での乗り換えはすんなりといった。乗り換えの際にNY滞在中の飯村さんと日大の奥野さんに連絡しておく。窓の外のグラフティとジャンクだらけの荒んだ風景を眺めているうちにペンシルバニア駅に到着。マンハッタンの光景を初めて目にする。建物が古いというのもあるが、全体的にごちゃごちゃした街だという印象。天気も悪く、ロサンゼルスとは対照的にかなり寒い。ホテルの前で奥野さんと合流し、チェックインを済ませて荷物を部屋に置いてから一緒に飯村さん宅へ向かう。到着してみると、飯村さん宅はとても良い環境のアパートだった。ご無沙汰してますとご挨拶し、しばらく談笑する。近況を聞いてみると、アメリカ国内の上映旅行や、フィル・ニブロックのスタジオでのパフォーマンスや、アンソロジーでの個展上映など、相変わらず旺盛な活動をされているようだった。やがて外で夕食をとろうということになり、近所にある飯村さんの知人の、日本人の方がオーナーをやっているという店に行く。NYにおける飯村さんの図。

注文をして料理を待っているあいだに、この店の隣にいい感じの本屋があったので映画と現代美術関係の棚を少しだけ物色しに行く。映画の棚に普通にスコット・マクドナルドの実験映画関係の書籍が並んでいるのが印象的。やがて奥野さんに料理が来たよと呼ばれて店に戻ると、そこには凄くちゃんとした魚料理が並んでいた。アメリカに来てからというもの、ポテトだハンバーガーだと、まともなものを食った覚えがなかったので嬉しい。しかも旨い。とても楽しい食事だった。飯村さんがアメリカに来た頃の話を聞いているうちに、飯村さんがどうして海外と日本で並行して作家活動を行っているのか、少しだけ分かった気がした。これは多分、昨日感じた異質性の問題とも無縁ではない。
その後、上映旅行の準備があるという飯村さんと別れて、奥野さんと2人でアンソロジーへと向かう。

アンソロジー・フィルム・アーカイヴス、メカスが立ち上げた、言わずと知れた実験映画の中心地である。この日はちょうどペーター・クーベルカのプログラムが上映される。大体は観たことがあるのだが、まとめてフィルムで観るのは初めてだ。「Mosaik Im Vertrauen」(1955)、「Adebar」 (1957)、「Schwechater」 (1958)、「Arnulf Rainier」(1960)、「Unsere Afrikareise」(1965)、「Pause」(1977)を一気に観る。やはり、「Adebar」→「Schwechater」→「Arnulf Rainier」へと至る一連の過程には興奮した。特に、大きなスクリーンで観る「Arnulf Rainier」はハーシュなサウンドと相まって攻撃的なフィルムだった。早朝からの移動の疲れもあって、「Pause」のあたりで少し意識が遠のいたりもしたが…。駅へ向かう奥野さんとタクシーに便乗して雑談をしながらホテルへと戻り、すぐに泥のように眠る。

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