第3回恵比寿映像祭:眼差しの系譜 ハルン・ファロッキ特集

寝過ごしたために途中入場。「毛主席語録」は見逃した…。

消せない火/The Inextinguishable Fire(16mm, 1969):
アナウンサーのようなスーツを着たファロッキ本人が、ベトナム戦争において使用されたナパーム弾についての原稿を読み上げ、その温度の高さを知らしめるためタバコの火を自分の手に押し当てるところからこのフィルムは始まる(ナパーム弾は、粘着性の油によって燃焼する焼夷弾の一種。それはタバコなどよりも遥かに高温…)。そして、ファロッキはニュース映画的〜再現劇な構成をとりながら、ナパーム弾開発にみられる、戦争と産業の関係性を明らかにしてゆく。そこでは(個人としての)技術者の責任が問われることになるが、ダウ社はナパーム弾開発に反対する技術者に対処するため開発の分業化を計り、技術者個人が「自分が何の開発に携わっているのか」を見えにくくさせる。そのような、いわば技術の分節化によって、あるものは兵器となり、あるものは人間にとって役立つ道具となる。そして会社は「ダウ社は兵器以外にも、人々の役に立つ農薬等も作っている」と弁明する。後年と比較しても、ずいぶん直接的に社会的批判が込められたフィルムではあるが、技術と政治性についての視点はこの時点から明確である。

キーワード・イメージ——ヴィレム・フルッサーとの対話/Keywords-Keyimages. A conversation with Vilém Flusser(Video, 1986):
カフェにおいて、フルッサーとファロッキがタブロイド紙の文字と写真の関係について対談する。TV番組として撮影されたもの。

比較/In Comparison(16mm, 2009):
建設ブロック(日干しレンガ)が各々の社会で、どのような過程を経て生産され、建築労働に結びついているかを比較し、考察するというフィルム。社会構造を分析するかのような観察的眼差しによって、建設にまつわる事柄はそれぞれの国の地域性・社会性の比較へと至る。まず冒頭に登場するアフリカのある村のケースでは、村民らが皆で村の診療所を建てている。女性は黙々と日干しレンガを作り、男性はそれを積み上げる。その相互扶助的な共同体の作業と対比されるようにして、インド都市部でのビル建築や、旧式設備のレンガ工場、ヨーロッパにおける機械化・近代化された建築ブロック工場の様子などが映し出される。ナレーション等は一切排されており、ダイレクトシネマ的な眼差しによって、人々の労働が淡々と撮影されているために、観客それぞれが生産と建築労働についての多層的な意味を映像のなかから掬い上げてゆくことになる。

アイロニーでポストモダン以降の社会状況を描き出す作家・作品よりかは、こういったスタンスで社会と取り組む作家・作品の方が個人的には面白いと思うし、国内ではこの手のものが取り上げられること自体多くない。なので写美がインスタレーションを含めて、ファロッキの作品をまとまった形で国内に紹介してくれたことについては高く評価したい。

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