Frans Zwartjes – The Great Cinema Magician


(Moskwood Video / DVD)

偽装されたホラーあるいはサスペンスとしてのZwartjesのフィルムは、とても興味深い。ホラー/サスペンス映画のストーリーおよびイメージにおいて、作品世界が奇妙に歪むような脅威の瞬間があるとすれば、Zwartjesはその瞬間を拡大し、それ自体を一本の作品としてしまう。『Pentimento』(1979)の廃墟化した強制収容所で繰り広げられる、精神的に病んだようなビザールな出来事の数々は、役者による劇映画的な演技の形態をとってはいるが、そこに叙述的なストーリー構造はない。勿論そのようなストーリー構造を持たないような実験映画は掃いて捨てるほどあるが、それらに対してZwartjesの作品が際立っているのは、その一方でB級劇映画の形態を巧妙に偽装している点にあるのではないかと思う。どれもこれも、B級劇映画のいちシーンと言われれば、確かにそのようにも見えてしまうのである*1。しかも、Zwartjesの作品は決してB級劇映画的なビザールイメージが先行するだけの映画ではない。随所にコンセプチュアルな、実験的アプローチが差し込まれているのが素晴らしい。特にそれが強く表れているのが『Living』(1971)だろう。正装をした男女(Zwartjes本人)が、真っ白な空き家にやってくる、そして二人は何かを探すかのように見取り図を確認し、部屋のなかをひたすら徘徊する(自身の手持ちカメラは縦横無尽に運動し、この二人の様子を追う)。これだけだと、まるでサスペンス映画のいちシーンだが、勿論この作品のコンセプトは、この二人の正体や目的を物語ることではない。ここにあるものは明らかに過剰な360°のカメラワークによって、空間をどのように異化するかという試みである。そして、そのような映画的実験は、作品世界が奇妙に歪むような、あの脅威の瞬間を呼び出すための媒介となる。オランダ実験映画の良質な部分が詰まったDVDであり、広い意味で映画を考察する方には是非観てほしいと思う(PALですが)。あと、Zwartjesのフィルムはサウンド的な意味でも、アナログ電子音満載で素晴らしいので、そちら方面の方々にもお勧め。

*1:例えばマイケル・スノウの『波長』の後半において、いきなり「殺人事件」が起こるというシークエンスがあるが、あれに近い。スノウの場合、コンセプチュアルな構造映画でありながらも、そこではメタ的に劇映画が偽装されている。

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