明日のDommune

明日(今日)、Dommuneにて相原信洋追悼番組があるらしい。
http://www.dommune.com/reserve/2011/0523/

19:00−21:30には、松本俊夫とかわなかのぶひろ、中島崇も出演。こういう人選をみると、やっぱり相原信洋はアニメーションと実験映画の重なり合う位置にいた、極めて稀な作家だったんだなと思う。正座して観る。

以下、自分用メモ。松本+かわなかトークの部分です。

(松本氏、かわなか氏着席)

・相原信洋が京都造形(芸短)で教えることになった経緯、松本俊夫が呼んだ。
・日本におけるアニメーションの系譜、「アニメーション三人の会」の流れとは異なった存在としての相原信洋。
・実験映画との関係。アニメーションの根源性への問いかけがある。

・『ストーン』について。当初は『ストーン1』と『ストーン2』に分かれていた。ロールシャッハテストのような絵を荒野の石に貼付けて、ライブアニメーションとして作られた作品。空間そのものを取り入れて撮っている。動く雲、人。そういう発想はアニメーションにはなかった。

(『ストーン』の上映)

・相原信洋におけるマクラレンの影響。
・日本でのマクラレンブーム(ATGで上映された頃の話)。

・(相原以前の実験的アニメーションとしての)大辻清司の〈グラフィック集団〉による『キネカリグラフ』とマクラレンについて。
・相原作品には『キネカリグラフ』の抽象性とは違う、運動が開く視覚的世界がある。

・『ストーン』のような作品はこの後にはなくて、紙の上に絵を描く作品がメイン。描くことがとにかく好きだったと思う。線の運動が中心にあった。

・スタジオゼロに勤めて、商業アニメのアニメーターをやっていた頃に、フィルムコーポに作品を持ってやってきた(映写機とスクリーンを抱えて)。毎月作品を持ってきていた。

(『カルマ』の上映)

・『カルマ』は中期の作品にあたる。相原的なコズミックなテーマが出来上がってきている。キャラクターアニメではない、全体が動くアニメーション。一枚の絵が動くような。柔らかい繊細な動き。

(『やまかがし』の上映)

・『やまかがし』は初期の作品。スタジオゼロ時代、社長の鈴木伸一が見せた8mm映画に衝撃を受けて、自分で8mmを撮り始める。そうして作られた初の16mm作品。金銭的な理由からモノクロ。林静一との共通性もあったりして、彼独自の世界を発見する前の作品であるといえると思う。この後、『ストーン』から『カルマ』へと続いてゆく。『やまかがし』に見られる少年時代の記憶。

・『カルマ』はプライベートが地獄のようなときに、何かが動き出すようにして作られた。『カルマ』と同時期の作品をみるに、70年安保の傷を通して、近代西洋の文化的枠組みへの疑問のなかで、自分自身のアイデンティティを捉え返そうとしたのではないか。東洋的なるものの発見は同時代の作家にも見られた。そういう時代背景があった。

(松本氏退席 その後もトークは続いて『妄動』などを上映)

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