Jim O’Rourke – Old News #5


(Editions Mego, 2LP)

ジム・オルークのエレクトロ・アコースティック/ドローン作品集。このようなスタイルの既発作品と比べても、かなり硬質かつ作り込まれた構成となっていて、予想以上の内容に歓喜した。近年のジム・オルークの活動は大まかにいって「歌もの〜美しいメロディのインスト」(「All Kinds Of People: Love Burt Bacharach」、「The Visitor」)と、「インプロによるセッション」という二つのスタイルのどちらかになる場合が多いように思うが、個人的に気になるのはそのどちらでもなく、「Jim O’Rourke & Christoph Heemann – Plastic Palace People Vol. 1」や「Long Night」といった、エレクトロ・アコースティック作品だったりする。もちろんジム・オルークへの評価の基盤は、前者の二つのスタイルによるものだと思うが、作り込まれたエレクトロ・アコースティック作品も彼の活動のなかで重要なものだと思う。

で、以下は本当に個人的な思い込みになってしまうんだけど、彼の歌ものやインプロセッションというスタイルによって生まれる音楽は、とても素晴らしいものだが、器用さ故に、それがある種のミュージシャンの典型を模しているというか、〈ポピュラー音楽のミュージシャン〉というイメージの再生産を行っているように思えてしてしまうことがある(もちろんこれはジム・オルークに限らず、他の多くの「ミュージシャン」にも当てはまることであり、ジム・オルークはそのなかでも相当に自覚的な方だと思うが)。しかし、彼のエレクトロ・アコースティックやドローンといったスタイルの音楽からは、〈ポピュラー音楽のミュージシャン〉の典型から微妙に逸脱するものが、密かに存在するように感じる——そのような〈逸脱的な実験音楽〉というスタイルも、既に定型化されて久しいのかもしれないが。しかし、たとえ折衷的・様式的なものと批判されようとも、アカデミック音楽とポピュラー音楽の境界線上で模索されるべき可能性が、まだそこには残っているように思う。それは結局、私がある種のアメリカ実験音楽やフルクサス周辺への幻想を、ジム・オルークにしつこく重ねようとしているだけかもしれないが。

思い込みの話が長くなったけど、そんな訳で本作品集は、思い込みをこじらせた私にとって、とても楽しめる作品だった。彼の音楽、特にエレクトロ・アコースティックやドローン作品には顕著に表れる性質があって、それは循環的な持続のなかで様々なレイヤーが重ね合わされ、その複数のレイヤーのあいだを繊細に移行しながら音が揺らぐ(作品によっては、それが突如切断され、別のレイヤーに投げ出されることもある)というものなのだが、本作ではそれを存分に味わうことが出来た。レコードのそれぞれの面をびっしりと埋める二枚組、全四曲という構成。A面「Pedal & Pedal」とC面「It’s Not His Room Anymore」が2010年の東京での録音(A面はライブ)。そしてB面「Detain The Man To Whom」は1992年、D面「Mother And Who」は2003年の録音。

A面「Pedal & Pedal」はドローンのうえで、電子音が動き回る作品。B面「Detain The Man To Whom」は、刺々しい音色のノイズが蠢きながら、薄い皮膜のようなドローンと絡み合うという作品で、とても高い緊張感に満ちており、「New Electronic Music from Leaders of Avant-Garde」に収録されている、チュードアの「Variations II (John Cage) 」を連想させる傑作。C面「It’s Not His Room Anymore」は、断続的なノイズが鳴る隙間の多い空間を、薄い皮膜のようなドローンが埋め尽くすという作品。そして、D面「Mother And Who」は、電子的な音色のドローンが空間を埋め尽くし、終盤で飽和状態に至るという作品だが、この作品はジム・オルークが音楽を担当した、牧野貴の実験映画「No is E」のなかでも使用されている。ちなみに「No is E」では、これにアコースティックギターと、別のドローンを加えて再構成している。何だか聴き覚えがあるなと思って、ちゃんと聴き比べたので間違いない(笑)。

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