Winners of the 7th 25FPS

9月20日から25日まで行われていた、クロアチアの国際実験映画祭25FPSのアワードが発表された。25FPSは三名の審査員(ベン・ラッセル、ティナ・フランク、Tanja Vrvilo)が、3本のグランプリを選出するのだが、このなかで牧野貴+石田尚志による『光の絵巻』はTanja Vrviloの選出によるグランプリを受賞した。三名の審査員は、それぞれ異なる方向性の作品をグランプリに選んでおり、全体的なバランスを考えて判断をはたらかせていたと思われる。また、ティナ・フランクは『光の絵巻』に特別賞を贈っている。しかも同作品は、グランプリと同時に映画批評家特別賞も受賞しており、複数の賞を獲ったことになる。


http://25fps.hr/2011/wp/#/awards

牧野は2009年の25FPSでも『still in cosmos』によってグランプリを受賞しており、同一の映画祭において二度目の快挙ということになる。おめでとう。

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Brighter Death Now live in Wroclaw

live in Wroclaw, nov. 2009

まだ4LPは届かず…。

追記:
と、書いた翌日に届いた。元々のエンボスなしの厚紙ケースに加えて、エンボスのかかった追加厚紙ケースが同梱されていた。

最近のVinyl On Demand

ドイツのアナログ専門再発レーベルVinyl On Demandより、インダストリアル関係で興味深いボックスのリリース。全部オーダーするのはさすがに金銭的に厳しいけど、GrimとClub Moralは入手したい。
http://www.vinyl-on-demand.com/SHOP-1-6.htm?PHPSESSID=51346fd46148856d95a52fc2461d9d91

VOD84: LAIBACH “Gesamtkunstwerk – Dokument 81-86“ 5 LP-deluxe Box with DVD / Illustrated 36-page-Booklet / Metal-Badge / Poster / Postcards 99,99 €
VOD92: GRIM „works 83-89“ 3LP-Box incl. Vital K7, Amaterasu 7“, Message 12“, Folk Music Lp, various contributions 49,99 €
VOD93: V/A CLUB MORAL 1981-86 5LP-Box w. DVD (members with T-Shirt) 79,99 €

覚え書き(幌延町のこと)

毎日の電源三法交付金についての連載である『この国と原発』を、まとめて読んだ。
以下、電源三法交付金についてのまとめ。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110819ddm010040003000c.html
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110819ddm010040004000c.html

以下、各地の実情。
http://mainichi.jp/seibu/shakai/news/20110819ddp001040004000c.html
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110819ddm001040043000c.html
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110819ddm003040050000c.html
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110820ddm003040067000c.html
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110821ddm003040055000c.html
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110823ddm002040086000c.html
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110824ddm002040034000c.html
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110825ddm001040072000c.html
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110825ddm003040139000c.html

下から三つめのリンクでは、幌延問題のことが書かれている。数年前、幌延にあるトナカイ牧場に遊びに行って、トナカイの赤ん坊に癒されてきたんだけど、その牧場の向かいには、周囲の風景に不釣り合いな巨大な施設が建っていた。それが何なのか、その時はピンと来なかったが、それがまさに「幌延深地層研究センター(深地層研)」だった。

幌延問題
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%8C%E5%BB%B6%E7%94%BA
「1980年(昭和55年)ころ、町議会などの誘致を受け動力炉・核燃料開発事業団(動燃)は、高レベル放射性廃棄物中間貯蔵施設の建設を計画し、所謂「幌延問題」として、地元や周辺市町村はもとより全道において長きにわたり議論を呼んだ。2000年(平成12年)11月16日に北海道・幌延町及び核燃料サイクル開発機構の三者で「幌延町における深地層の研究に関する協定書」を締結し、2001年(平成13年)に幌延深地層研究センターが核抜きの地層処分研究施設として設置されたことにより、幌延問題は一応の終止符を打った。以降町ではこれをきっかけに、町ぐるみで町の気候、資源、既存産業を応用、活用した様々なエネルギー創出の研究、実践に取り組んでいる。(2000年(平成12年)10月に風力発電関連会社を設立し、風力発電施設を設置。町立施設への太陽光発電施設の設置。バイオマスエネルギーや雪氷エネルギーの活用など。)」

幌延町の人たちは賢明であったという他ない。それにしても、電源三法交付金とは受け取ったら最後、それに依存せずにはおれない麻薬のようだ。地方の町村が、福島のようになるかもしれないというリスクを抱えながら、公共施設を整備し、地方活性化に予算を投じるのが、果たして健全なのか。財政が厳しいというのは分からないでもないが、そんなものに頼らないでいる地方自治体の方が多い訳で、それが電源三法交付金を必要とする、やむを得ない理由とはならない。交付金とは無関係に(欲しくもないだろうが)、リスクにだけ巻き込まれる近隣町村にしてみれば、堪ったものではない。しかし、連載中にあった下記の記述をみると、今後も幌延町が今の方針を継続できるかどうかは、交付金に眼がくらんだ人間がいる限り、やや心配でもある。少しでも気を抜くと、将来的にどうなるかは分からない。

「6月16日の町議会。宮本明町長は経済産業省資源エネルギー庁が公募している最終処分場建設へ向けた「文献調査」について、「これから検討する課題」と答弁し、波紋が広がった。深地層研があることで、町には年間1億円超の電源3法交付金が入る。文献調査を受け入れると、さらに年間10億円を限度に最大20億円の交付金が得られる。財政規模四十数億円の町には魅力的だ。町長は町民の批判を受け発言を撤回したが、「将来、深地層研を有効利用した関連施設の誘致が考えられる」と含みを持たせた。」

この件に関しては、追加で報道もあった。

原子力機構:北海道・幌延町長側企業と契約 寮賃貸と警備、年4000万円(毎日、8/24)
http://mainichi.jp/hokkaido/seikei/news/20110824ddr041040004000c.html
「日本原子力研究開発機構(原子力機構)の幌延深地層研究センターが立地する北海道幌延町で、宮本明町長(69)が関係する企業2社が、深地層研の職員住宅の賃貸と警備業務で年間約4000万円の収入を得ていることが分かった。町長は「法令違反はなく問題ない」としているが、原子力関連の研究事業を積極的に受け入れてきた首長側が原子力マネーの恩恵を受けている実態に、行政の公平性や透明性への疑問の声も出ている。」

深地層研が幌延町長系企業と契約 社員寮賃貸・警備で累計3億円(北海道新聞、08/24)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/313903.html
「【幌延】宗谷管内幌延町の宮本明町長とその親族が取締役となっている2社が、町内に立地する幌延深地層研究センターを運営する日本原子力研究開発機構から、社員寮の賃貸や警備業務を請け負い、年間約4300万円を得ていることが分かった。この関連で2社の収入は累計3億円を超える。宮本町長は「問題ない」としているが、「原子力マネーで私利を得ていると捉えられかねない」との批判もあがっている。」

幌延はとても美しい町だったので、ずっと今のままであって欲しい。
ちなみに、トナカイ牧場のサイトはこれ。旅行の折にでも訪れてみて下さい。
http://tonakai-farm.com/tonakai02.html

『週刊読書人』による柄谷行人氏へのインタビュー「反原発デモが日本を変える」

以下、転載。

「現在のデモは、固定した組織に属さない個人が集まったアソシエーションによって行われています。たとえば、僕ら(長池評議会のメンバー)は50人ほどですが、その種の小さいグループが、いっぱいあると思います。今後も、若い人たちがデモをやるならば、僕は一緒に動きます。」

「昔、哲学者の久野収がこういうことを言っていました。民主主義は代表制(議会)だけでは機能しない。デモのような直接行動がないと、死んでしまう、と。デモなんて、コミュニケーションの媒体が未発達の段階のものだと言う人がいます。インターネットによるインターアクティブなコミュニケーションが可能だ、と言う。インターネット上の議論が世の中を動かす、政治を変える、とか言う。しかし、僕はそう思わない。そこでは、ひとりひとりの個人が見えない。各人は、テレビの視聴率と同じような統計的な存在でしかない。各人はけっして主権者になれないのです。だから、ネットの世界でも議会政治と同じようになります。それが、この3月11日以後に少し違ってきた。以後、人々がデモをはじめたからです。インターネットもツイッターも、デモの勧誘や連絡に使われるようになった。」

http://associations.jp/archives/59

原発に絡む経済的利害、世代間格差、正社員と非正規の差別など、諸々の分断線によって人々がバラバラに分断された現在の社会状況下で、組織に属さない個人のアソシエーションがいかに可能かは困難な問題ではある。しかしながら最終的に物事が直接行動でしか動かないのは確かだ。デモにしろ、署名にしろ、投票にしろ。そのためには、入り組んだ分断線をまとめて一気に解消しようとするのではなくて、個別に問題を解きほぐして連帯するしかない。例えば、誰だって程度の差はあれ原発のリスクなんて欲しくはない、できるだけリスクを下げたいと思っているだろう。まずはそこを足がかりにして連帯できる可能性を探る。そして、一つの問題が終わったら連帯を解消するといったようなかたちで。ネットはその前段階を準備するものとしてある。できないことはないと思うのだが。

ところで、NHKのニュースサイトにて「福島知事 “辞任は当然”」との見出しをみて、「全くその通りだ、事故前は原発を推進しておいて、事故後は県民を被ばくの危険に晒して、未だに後手後手の対処しか出来ないでいる佐藤雄平知事など辞任して当然だろう」と強く同意した。違った。

OF THE WAND & THE MOON – The Lone Descent


OF THE WAND & THE MOON
The Lone Descent
16. Sept. 2011

No More Happy Songs!
The long awaited and anticipated 5th album from Denmark’s Of The Wand & The Moon.
Again Kim Larsen takes another road than the previous albums. 60’s influenced, where the love for Lee Hazlewood and Serge Gainsbourg shines through.
Still keeping the dark neofolk roots though, “The Lone Descent” is without doubt the most bleak and melancholic album from Of The Wand & The Moon, and clearly shows Larsen’s brilliant talent as a singer/songwriter.

待ち遠しい…。という訳でTescoにてオーダー。Ke/Hilのレコも一緒に。
Of The Wand & The Moon – The Lone Descent – CD
Of The Wand & The Moon – The Lone Descent – LP
Ke/Hil – Hellstation – LP

覚え書き

福島第1原発ライブカメラに写り込んだ人物? ネットで名乗り出る 指さしの「意図」を説明
「東京電力福島第1原子力発電所のネットライブカメラに8月下旬、防護服姿でカメラに向かって指をさす人が写り込んだが、その本人だという男性がネットに現れた。下請け作業員の雇用状況の改善を訴える意図があったという。」(ITmedia)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1109/08/news054.html
http://pointatfuku1cam.nobody.jp/

ここで、本人によって言及されているVito Acconci – CentersのURLなんかを紹介して、それにコメントを付けるような気には到底なれず。それよりも労働環境の実態に対する憤りの方が遥かに大きい。彼の行為を見て何か思うところあるのならば、芸術の制度内でコメントを付けて遊ぶよりも、個人の生活においてリアクションを起こすべき。