第16回アートフィルム・フェスティバル

牧野貴 『Generator』 2011年

第16回アートフィルム・フェスティバル

 「アートフィルム・フェスティバル」は、実験映画やビデオ・アート、ドキュメンタリー、劇映画など、既存のジャンル区分に捕らわれず、映像表現の新たな可能性を切り開くような、先鋭的な作品を集めた特集上映会です。かつて実験映画には“もう一つの映画”という呼称があったように、劇映画やドキュメンタリーとの間に、ジャンル間の断絶といった状況が見られました。しかし1990年代以降、マティアス・ミュラーや石田尚志、牧野貴といった新しい才能が登場するにつれ、そうした境界線は徐々に無効化していった、といえるかもしれません。彼らの作品は、その制作のプロセスや発表の場において、美術や音楽といった隣接するジャンルとも相互的な関わり合いを見せ、従来のジャンル区分を超えた、柔軟かつ新鮮な創造的感性が現れていることは、注目して良い事実といえるでしょう。

 通算で第16回目を迎える今年の「アートフィルム・フェスティバル」では、「愛知芸術文化センター・オリジナル映像作品」の最新第20弾として、新作 『Generator』 (2011年、本フェスティバルで初公開)を完成させた牧野貴の、『光の絵巻』 (2011年、共作:石田尚志)など近作を交えた特集や、80年代より既存の映画を解体/再構築するファウンド・フッテージの手法で注目を集めたドイツのマティアス・ミュラーと、2000年代前半から始まるクリストフ・ジラルデのコラボレーションの軌跡を、それぞれの単独作品も含めて振り返るプログラム、『闇の絵巻』 (1997年)など上映機会の少ない初期作品から、代表作 『フーガの技法』 (2001年、オリジナル映像作品第10弾) を経て、近年のパフォーマンス的傾向の作品を集めた石田尚志の特集など、映像表現のヴィヴィッドな状況を反映したプログラムをお届けします。さらに、フランス・ドキュメンタリーの近年の秀作を集めた特集や、仙台短篇映画祭制作プロジェクト311 『明日』 (2011年) や、河瀨直美が企画した、なら国際映画祭製作 『3.11 A Sense of Home Films』 (2011年) 、SOL CHORD企画、前田真二郎企画監修による『BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW』(2011年) など今日の状況を反映した意欲的なオムニバス作品の特集、名古屋初上映となるヴェルナー・ヘルツォークのSFファンタジー 『The Wild Blue Yonder』 (2005年) の特別上映など、多彩な内容により映像表現の現在を照らし出します。

会期:2011年11月22日(火)~12月4日(日)
   *11月28日(月)は休館日
会場:愛知芸術文化センター12階 アートスペースA 〔定員180名〕
料金:入場無料・事前申込不要
http://www.aac.pref.aichi.jp/bunjyo/jishyu/2011/11aff/index.html

本年度のアートフィルム・フェスティバルの詳細が告知されたので引用。マティアス・ミュラー、牧野貴、石田尚志の作品をまとめて観られるよい機会となっています。『Generator』については、牧野本人が自身のサイトで,詳細な制作経緯を記していますので一読を。『Generator』 は12/3 14:30、12/4 14:30の牧野作品特集プログラムにおいて上映されます。
http://makinokino.exblog.jp/16956097/

また、『Generator』 についての短いエッセーをアートフィルムフェスティバルのリーフレットに寄せました。作品について、何らかの意味を見出す一助になれば幸いです。

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Burzum – From the Depths of Darkness


“From the Depths of Darkness” is a re-recording of tracks from the first two albums, “Burzum” and “Det Som Engang Var”.

Album Details
2011 release from the infamous Norwegian Black Metal band led by Varg Vikernes. From The Depths of Darkness contains Varg’s favorite tracks from his first two albums Burzum and Det Som Engang Var re-recorded in 2010 the way he originally intended. The result is a hard hitting and great sounding collection of tracks sounding the way Varg wanted the tracks to be heard by his dedicated fans and supporters. It’s an album that will cement the legacy of Burzum.

2ndを思わせるチープな鉛筆画(?)ジャケットが全く以て素晴らしい。何らかの疎外を抱える人間ならば、このどうしようもない「低さ」のなかに、社会と相容れぬ個人の屈折を見出すかもしれない。現在のヴァーグがどうなのかは知る由もないが、少なくともある時期・ある種のブラックメタルにとってその屈折は現実のものであり、自分はそこに今なお惹き付けられている訳です。…ということで、Burzumのリレコーディング盤である「From the Depths of Darkness」を聴いた。12月始めの時点で、LP/CDのリリースがひと月延期されてしまったので、待ち切れずにiTunesStoreから購入。収録されている曲は以下の通り。

1. The Coming (Introduction)
2. Feeble Screams From Forests Unknown / “Burzum”
3. Sassu Wunnu (Introduction)
4. Ea, Lord of the Depths / “Burzum”
5. Spell of Destruction / “Burzum”
6. A Lost Forgotten Sad Spirit / “Burzum”
7. My Journey to the Stars / “Burzum”
8. Call of the Siren (Introduction)
9. Key to the Gate / “Det Som Engang Var”
10. Turn the Sign of the Microcosm (Snu Mikrokosmos’ Tegn) / “Det Som Engang Var”
11. Channeling the Power of Minds Into a New God / “Burzum”

まず、誰もが思うことだろうが、ヴォーカルが初期のかすれ気味の金切り声でなくなってしまっていること。それによって楽曲の印象もかなり変わっている。野太い声も、これはこれで良さがある訳だが、初期のアルバムのなかで嫌悪の際において絞り出されたような声があまりにも個性的であったため、ついついそれを思い返してしまう。演奏の方は、再録音に際して微妙な編曲もありつつ、基本的に大きな変更はない。(ノイズも聴く人間としては途中に挟み込まれたイントロダクションをもっと拡大して、長めのアンビエント曲にして欲しいところだが、前作を思い返すと、もうヴァーグ本人はその方向を考えていないのかもしれない。)ともあれ基本的なスタンスにブレは感じないので、今後もヴァーグの活動を注視してゆく。ブラックメタルに限らず、ある音楽を地下の、あるいは路上の音楽として好んで聴くこととは、その音楽の場と自分の生活を地続きのものとして、社会的なものとして捉えることに他ならない。

Technicolor Skull

国内でも再評価の進むケネス・アンガーだが、アンガーと音楽の関係は深い。神秘主義と、サイケデリアと、モラルに抵触するようなアンダーグラウンド文化(それは商品化されたサブカルとは本来同質化されないものだ)を混ぜ合わせたそのフィルムは、音楽という抽象化された媒介を経て、オカルトすれすれの精神世界を垣間見せる。そんなアンガーだが、近年は自分自身を含むユニット Technicolor Skull としても音楽活動を行っており、そのレコードが近々リリースされるらしい。
http://technicolorskull.com/releases
それをリリースするのは、アンガーの映画世界をそのまま具現化したようなリリースを行っているレーベル、Ajna Offensiveである。Ajna Offensiveは、Ultraのようなノイズと、Deathspell OmegaやFuneral Mistのようなブラックメタルを並行して扱いながらも、それらを安易にミックスするのではなく、表層的な音楽形式の内奥にある共通背景において繋ぎ合わせるような、希有なレーベルである。ここ程、アンガーのレコードをリリースするに相応しいレーベルもないだろう。( Bobby Beausoleil – The Lucifer Rising Suite も過去にリリース済み。)

アンガーをビザールなファッション商品として消費するのもいいが、性的倒錯、大衆紙的な低俗ゴシップ、ヘルズエンジェルズ、魔術、ドラッグといった、アンガーの映画や著作に表れるモチーフが観客に幻視させるオカルトすれすれの精神世界を、どのようにしてある種の共同体への糸口として読み替えるのか。私がアンガーの映画に惹き付けられる理由は、それに尽きる。それは、単なる露悪趣味などとは全く異なる。それは一部のノイズやブラックメタルに見られる、自分自身を無価値なものとして、価値の外部に投げ捨てるような姿勢と、大いに共通性を持っている——むしろ同質であるように思う。

提言型政策仕分け WG-A 原子力・エネルギー等:原子力発電所の立地対策等 @ USTREAM

提言型政策仕分け WG-A 原子力・エネルギー等:原子力発電所の立地対策等 @ USTREAM(http://www.ustream.tv/channel/shiwake1)についての書き込みメモ。アーカイブも上記URLにて見られます。

・提言型政策仕分け WG-A 原子力・エネルギー等:原子力発電所の立地対策等のまとめ
◎周辺地域整備資金:着工済み三基のみに限定
◎立地対策交付金:事故対策・安全対策を拡充する仕組みを検討すべき(交付金を事故対策・安全対策に優先すべきとの意見が5名→しかし、事故対策・安全対策について交付金要項に入れる事はできるが、交付金の経緯を考えるに国から使途まで自治体に指示することはできないとのコメントが後ほど経産省大臣から出される)、一方で各自治体の予算の使い勝手のよさにも配慮する(従来の地域振興にも配慮する)
◎最終処分積立金・再処理積立金:適切に管理すべし、取り崩し分の情報の開示、NUMOの広報事業(最終処分場についての広報)の見直し

ここで、「交付金を事故対策・安全対策に優先すべき」というのは、EPZ拡大による交付金配分と絡んでくるポイント。交付金が従来のような立地側にとっての自由な予算ではなくなってゆく…と思われる。EPZ(防災対策重点地域)拡大については以下の報道もあった。
http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20111117ddlk22010254000c.html
「原子力安全委:EPZ拡大 市内で線引き、対策は… 市町担当者、情報交換会」/静岡 – 毎日jp(毎日新聞)

以下、下の方から古い投稿です。

・「瑞浪と幌延は、最終処分地にしないと地元と約束して進めている。」「それ以外に技術調査はやっているのか?」「文科省:やってない。経産省:いろいろ掘り方調べてます。」 ( #shiwake_a live at http://ustre.am/gghO)

・幌延には放射性物質を持ち込まないことになっている、と確認。そこでは最終処分場を作らないことになっている。 ( #shiwake_a live at http://ustre.am/gghO)

・各自治体で安全対策にどの程度の予算が割り振られているかは、明確に把握していない。「安全対策のない立地対策はないのではないか?」と原点に立ち返った批判。設置者にとっての立地対策とは飴でしかない。 ( #shiwake_a live at http://ustre.am/gghO)

・「交付金を使った安全対策は自治体に任せるのではなく、総合的にやっていかないといけないのではないか」「総合的にどうするかは県や道におまかせしています」とのこと。 ( #shiwake_a live at http://ustre.am/gghO)

・現行の交付金でも安全対策に予算を振り分けることができるので、立地側が交付金を安全対策に使って下さい、というスタンスって…。 ( #shiwake_a live at http://ustre.am/gghO)

・幌延を含む道北は風力発電がとても盛んで、例えば稚内市内の電力消費の七割以上は風力発電。最終処分場は道北に必要ないよ。 ( #shiwake_a live at http://ustre.am/gghO)

・提言型政策仕分け WG-A 原子力・エネルギー等:原子力発電所の立地対策等 ( #shiwake_a live at http://ustre.am/gghO)