第4回恵比寿映像祭で観たいもの

第4回恵比寿映像祭のプログラムが告知されたので、内容をチェックしてみる。個人的な観点から関心のあるプログラムのみ挙げてみます。
http://www.yebizo.com/

・21世紀のジョナス・メカス最新作《スリープレス・ナイツ・ストーリーズ 眠れぬ夜の物語》/Jonas MEKAS in the 21st Century: Sleepless Nights Stories
一応観ておかないといけなさそうな、そうでもなさそうな。

・アヴァンギャルド映画・私的旅行記 ピップ・チョードロフ《フリー・ラディカルズ―実験映画の歴史》/A Personal Tour of Avant-Garde Cinema: Pip CHODOROV, Free Radicals: A History of Experimental Film
ロッテルダムで上映されていた(らしい)、実験映画の歴史を私的な観点からまとめたドキュメンタリー。

・四稜鏡(プリズム)スクリーンの四辺に光満つ――ウォルター・デ・マリア、トニー・コンラッド、アーニー・ゲア、カーク・トーガス/A Rectangular Prism: Films by Walter DE MARIA, Tony CONRAD, Ernie GEHR, Kirk TOUGAS
今年はこれで決まりだろう。ジム・オルークがこれ程までにハードコアな実験映画をセレクトしたこと、この意味は極めて大きい。80年代型シネフィルの固定観念にいまだ絡めとられている国内の言説に、一石を投じるものになると良いのだが。

・建築と映像:物質試行をめぐって/Architecture and Images: On Experiment in Material
ベン・リバースがここに入っているのも面白いが、ハインツ・エミグホルツを建築に絡めて紹介するのは良いアプローチ。エミグホルツは初期には構造映画もやっていたが、今では建築をフィックスで撮る作品ばかり作っている作家。DVDが山のようにリリースされています。

で、問題は本当に観に行くことが出来るのかどうか、ということ。

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らんぶるにて

初めてジム・オルークの音楽を聴いたのは、ファウストの「Rien」だった。最初は彼の名前すら知らず、当時復活したばかりだったファウストの音源目当てで私はこの盤を購入したのだが、ファウストのライヴ録音をマテリアルとして分解し、緻密に再構成したその音楽はとても印象深く、現在まで継続して彼の仕事を追い続ける切っ掛けとなった。その後、自分はそれなりに聴く音楽をさまざまに変化させてきたが、それでもジム・オルークとガスター・デル・ソルだけは、当時の彼に関連する他の音楽家やバンドとは別のものとして、継続して聴いてきた。そのような他の音楽家やバンドとジム・オルークを比べて、どこが違うのかと問われれば、なかなか明確にいえないが、最初から終わっていた音楽の実験に対して——音楽の新しさに対して、諦観のようなものを抱えながら耐える姿勢のようなものを、どこか感じたからかもしれない。音楽の実験性——音楽の新しさや可能性を探ることがどれほど不可能であるか。これは始めから「実験音楽やります、実験映画やります」と言ってしまえるような人とは共有できない事柄だと思う。もちろん「実験的」な様式を備えた商品をつくることはいくらでも可能だろうが。このような思い込みを抱えながら、ジム・オルークと牧野貴の共同作業についての話を、二時間以上聞いたのが昨日のこと。それは、ジム・オルークと牧野貴が通底して持っている、実験性を求めるストイックな姿勢と、ストイックに固まるだけではないある種の柔軟さの確認でもあった。

このインタビューの模様は、来年の刊行を目指している、ささやかな私家版の雑誌に収める予定です。

余談だが、意外に(というか、やっぱり)ジム・オルークは実験映画にかなり詳しかった。なかでも、日本の大御所映像作家の16mmプリントを持っているという発言には驚いた。国内の映画評論家や音楽評論家は、劇映画とジム・オルークは結びつけても、実験映画とジム・オルークは結びつけようとしない。しかし、ジム・オルークのなかで劇映画と実験映画は、等しく「映画」であった。これは嬉しい発見だった。

瀧口修造とマルセル・デュシャン/実験工房の作家たち

「瀧口修造とマルセル・デュシャン/実験工房の作家たち」展を観に千葉へ行く。美術評論家であるよりも以前に詩人であった瀧口修造が、戦後になって物事に対して言葉で意味を与える評論に齟齬を覚え、意味以前の造形の制作(デカマルコニー、吸取紙、バーント・ドローイング)や、オブジェの収集(書斎に開店された架空の店「ローズ・セラヴィ」)へ向かったことはよく知られている。その態度は、言葉の取り扱いについて愚直すぎる程に誠実なものだった。少なくとも美術や映画に対する評論が、その意義はどうあれ、結果的に価値を読み替える一種の話芸に過ぎなくなった現在からすると、その態度——というよりも、その態度を取ることが可能であった時代に対して羨望を覚える。そのような評論の言葉を綴ることへの困難から「造形的実験」への転回へと向かう契機の一つが、1958年のデュシャンとの対面に始まる一連の交流である。この視点から、この展覧会は組まれている。それは、デュシャンの、芸術を自らの存在において失効させるような態度が、瀧口に影響を与えたことを様々な展示から浮かび上がらせるものであった。全体としては時系列に両者の交流が整理されていて、瀧口がどのようにこの交流を「共振」として結実させたか、そのことを考察するよい構成となっている。また、瀧口がデュシャンに送った手紙の文面にどことなく事務的なものを感じたり、瀧口がデュシャンのオブジェの入手に熱心であったことなども、面白い発見であった。

ところで、展示のなかにあった、デュシャンの『グリーンボックス』のような束ねられた本やインサートは、瀧口にとってみれば読み手との邂逅を待機する、意味化される以前のオブジェの束であったといえる。それは『マルセル・デュシャン語録』の出版や、数々のオブジェとしての手作り本に繋がった訳だが、ここで私が瀧口が手がけた諸々の本を観てまず連想したのは、エディションナンバー付きで数百枚程度のみがリリースされる、ノイズ関連のレコード群であった。これも個人的な話だが、今自分が関わっている仕事に関してよいヒントを貰った気がした。

一方、「実験工房の作家たち」だが、こちらは記録写真やモビールの展示など、興味深い資料的要素が満載。『スペース・モデュレーター』が会場の写真と共に展示されていたことで、それらの造形がどのような空間的役割を果たしていたのかが想像できたことや、初めて見るバレエ実験劇場との舞台の記録写真などを見られたのが収穫であった。

師走

車を持っていないため、自宅と職場とコンビニの往復以外は、基本的に外に出れない。なので雪に閉じ込められながら仕事。雪に閉じ込められているとだんだん気分も沈降してきて、何故ノルウェーでああいうブラックメタルが発生したのかが、実感として分かる気がするね。『アヴァンギャルド映画』『ダダ・シュルレアリスム(の映画)』『個人映画』『アンダーグラウンド映画』『ビデオアート』などの項を完了。で、いまは『物質的=構造主義的映画』を書くためにジタルの文章読んで、彼の映画を観ている最中。しかしそれが済んでも、まだ全体の半分も終わっていないという…。クリスマスには帰省してしまうから、それまでにある程度片付けないと資料抱えて帰省するという余り想像したくない事態になってしまうな。帰省中も別にやることあるので、それだけは避けたい。

注意

昨日、Technicolor Skull のレコについて知人と話していたら「37歳にもなって666枚とか、またそんな中学生的な自意識の肥大したようなこと言って…」と、若干呆れられた…。そこで「いやいや、これ観てよ」といってMOCAのムービーを観てもらっても「うーん…」との返答に、更に人間関係的な意味での距離が広がる。そしてお通夜のような空気のなか「なんか、すみませんでした…」と、私はノートPCを閉じた…。

まあ上記は冗談だが、はたと気が付く。自分は一回転して60年代アメリカにおけるマイナス文化とセットで、そのような社会的背景との関係からアンガーの作り出した文化的な生産物を総体的に受け取っているつもりな訳だが、その前提を共有していない、その文化について知らない人と話す時には、なるべくその関係を説明的に話す必要があるなと。これはブラックメタルやノイズとか、その辺のマイナー文化やサブカルチャー全般についてもいえること。なので今後は、例えばギュンター・ブルスのDVDについて人と話す際には、そっちの性的嗜好の人と誤解されないように注意深く話そうと思います。

Technicolor Skull – Technicolor Skull

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( Ajna Offensive / LP )

ブライアン・バトラーによるギターに、実験映画作家として知られるケネス・アンガーの操るテルミンが混ざり合った、擬似宗教的なノイズユニット Technicolor Skull のファーストLP。片面のみの為に収録時間は短いが、音楽の密度は高い。不定形に蠢くドローンのうえで、ギターノイズと、荒涼とした印象を与える無機質なテルミンの電子音が浮遊する——というのが基本的な内容。中盤以降はフリーキーに打ち鳴らされるドラムや、弦楽器などの各種の音響の断片が加えられてゆき、儀式的な高揚感を聴く者に与える。

リリース元はブラックメタルとノイズの重なり合う領域に踏み込んでいるといえるレーベル Ajna Offensive である。アンガーの映画と同じく、これもまたある種の「低さ」に踏み込んだ音楽であると言えるだろう。この辺りのことについては先日のポストで触れたので繰返さない。2011年11月19日のMOCA(ロサンゼルス現代美術館)でのパフォーマンスに合わせてリリースされた。片面レッドヴィニール、666枚限定。

しかし、実験映画と高内容な実験的音楽が繋がるのは気分が良いな。多くの場合、実験映画と音楽の関係は適当かつ残念なものであるから。

アニメーションのなかの異物性

相原信洋が遺したフィルムのなかでも、後年の抽象アニメーションについては、これまでにも高い評価が与えられてきた。それらの作品への評価については私も同感であるが、その一方で相原はアニメーションの枠組みを逸脱するような、異物感が溢れ出る作品を多く制作していた。私は、年々洗練されてゆく抽象アニメーションに驚嘆する一方で、そのような初期の作品が持っていた、単純にアニメーションとして括ることの出来ないような異質さに強く惹かれてしまう(『逢仙花』『STONE』『マイ・シェルター』など)。ここでは、そのような初期の作品が内包していた異物性を強調することを試みてみたい。

『STOP!』(1969)
本作は基本的にキネカリによるシンプルなアニメーションではあるが、そこには「Rrevolution」や「Love」といった文字が踊っている。サウンドはほとんど聞き分けられないほどに変調されたアジテーションである。ここに68年の安保闘争や、当時のヒッピー文化の残響を観ることは容易だろう。

『サクラ』(1970)
大正琴(?)による「さくらさくら」が演奏されるなか、飛行機、爆発、ナチスといった、戦争を風刺するようなイメージが表れる。分かりやすい社会風刺としての性格を持つ作品だと思えた。

『やまかがし』(1971)
売春と、窓の外からその様子を見つめる顔のない少女。やまかがし、雨、草むら。ここから幼年期の記憶をモチーフとした、内省的な作品が制作されるようになってゆく。

『みつばちの季節は去って』(1972)
養蜂場の作業の様子と、蜂に追われながら、そこから逃げ出す少年。実写の写真も織り交ぜながら、閉鎖的な状況を描き出す。これも幼年期の記憶をモチーフとした、内省的な作品。

松本俊夫風に述べるならば、これは60年代を通過した若者が、政治的・社会的な挫折による傷と近代への懐疑を乗り越えるために、自分自身を形成している無意識下の記憶を手繰り寄せようとした、ひとつの表れであった——と言えるかもしれない。(やがて、この無意識下へと向かう内省は、東洋的なモチーフに接近してゆく。)

『おしろい羽根』(1972)
中年の男が羽を手に付けて空を羽ばたき、やがて墜落してしまうというユーモラスな風刺的作品。ちょっとこの時期の内省的な作品との関係に困惑する。(有名プログレバンドの楽曲が一部使用されいたような気が…。)

『短距離ランナー』(1973)
巨大な手と鋏、海、短距離ランナー。巨大な手は、昆虫採集のようにランナーを掴んで針で壁に刺す。これも風刺的作品。

『逢仙花』(1973)
またしても内省的な作品だが、ここでは作家の意識は相当にデリケートな暗い部分にまで沈降している。サウンドは単調な時計の針の音。その針の音が時間を刻むなか、逢仙花をつまむ手や、古い家屋を描いたアニメーションと、窓の外を眺める寝たきりの老人の様子を撮影した写真が繋ぎ合わされてゆく。そのイメージは、まるで止まっているかのような淡々とした時間の経験を観る者に与える。しかし、それは老人の遺影のショットによって、唐突に断ち切られる。ここでは日記映画的な写真と、描かれたものとしてのアニメーションが混在しており、この外的な現実のイメージと、内的な描かれたイメージの異物感が強烈な印象を残す。それは松本がアヴァンギャルド・ドキュメンタリーと呼んだ精神の運動に、ある意味で似ているかもしれない。

『初春狐色』(1973)
印を結ぶ手のアニメーションがループする上で、ディゾルブで稲荷神社のイメージが重ねられる。宗教的なサウンドと相まって、一種の陶酔感を覚える。ここで表れた東洋的モチーフは、後の曼荼羅的な抽象アニメーションを準備するものであったといえる。

『妄動』(1974)
相原の転機になったといえる作品であり、作家の心象風景は溢れ出るような躍動感をもって、抽象アニメーションとして描き出される。抽象的なイメージは、顔、炎、立方体、耳へと、次々にモーフィングしてゆく。

『STONE』(1975)
相原のアニメーションが持ち得た溢れるような躍動感は、フレームの枠を超え出て、世界そのものを巻き込んでゆく。はじめは紙の上で抽象的なイメージが運動しているところからフィルムはスタートする。やがてカメラはズームアウトしてゆき、フレーム外を映し出し、撮影場所が異国の野外であったことを観客に知らせる(動画用紙は岩に貼られており、一枚一枚貼り換えながらコマ撮りされている)。そして青く広がった空と白い雲、揺れる木々といった周囲の現実風景を、紙の上の運動(内的世界の運動)に巻き込みながらフィルムは進行してゆく。やがて作家は、紙の上ではなく岩壁や家屋に直接ペイントして、広大な現実風景そのものをアニメーションとして動かし始める。サウンドはSpooky Tooth & Pierre Henryの『Prayer』である。少々感傷的なところもあるが、解放感あるこの楽曲の効果も大きい。

『カルマ』(1977)
『妄動』と同じく抽象アニメーション。抽象的なイメージが、水滴、泡、球体へと、次々にモーフィングしてゆく。

『光』(1978)
『STONE』と同じく、現実風景を巻き込むアニメーション。公園の芝生に腰を下ろした三人の若者が役割を分担しながら、同じ角度同じ位置に紙を放り投げ、その一瞬をコマ撮りする。すると紙は空中に留まっているかのような状態になり、そのなかで紙に描かれた抽象的なイメージが運動を開始する。

『シェルター』(1980)
次の『マイ・シェルター』と同じく防空壕というモチーフを扱った実写作品であり、似ている部分も多いが、草や葉へ直接ペイントするなど、アニメーション的な要素が若干含まれている。

『マイ・シェルター』(1981)
前作と同じく防空壕というモチーフを扱った実写作品であるが、この作品に所謂アニメーション的な要素は全くない。爆撃音と軍隊の無線交信が混じり合ったサウンドが響くなかで、カメラは淡々と草に覆われた、朽ちたシェルターを見つめ続ける。やがてカメラは草や葉をクローズアップによって拡大しながら痙攣をはじめ、非連続的な高速コラージュの運動を生成する。それにより「草に覆われた朽ちたシェルター」のイメージや社会的文脈は解体され、混沌としたイメージの状態へ突入する。終盤では戦中を生きたであろう一家が、記念写真のようにシェルターの前に並んで立つ。アニメーションの概念では捉え切れない、一種のドキュメンタリーであるといえる、非常に興味深い作品。

『逢魔が時』(1985)
フリッカーを多用した抽象アニメーションであり、この明滅によるインパクトは『映像(かげ)』に繋がる。

『PRIVATE』(1986)
コマ撮りを含みながら、旅先の異国で撮影された日記映画的なショットが積み重ねられてゆき、要所要所で抽象アニメーションのパートが挿入される。解放感に溢れた小品。

『映像(かげ)』(1987)
始めに導入として、地面に落ちる手の影の実写映像が数ショット映される。次に、鋭く速い抽象アニメーションのパートが続く。ここでの飛沫のような鋭いイメージによるアニメーションは、連続的な変化のある運動ではなく、非連続的な高速コラージュのような運動を生成している。しかも、高い速度のなかで強烈なフリッカーが容赦なく放たれるために視覚的な衝撃は大きく、影から光が生れ出て、鮮烈な経験を観る者に与える。終盤ではカメラがズームアウトし、フレーム外の環境まで巻き込みながら運動が混沌としてゆく。

以上、初期の相原信洋が持っていた、アニメーションを逸脱するような異物性を強調してみた。その作品の幅は極めて幅広い。アニメーションだけではなく実験映画やドキュメンタリーにまで至るような、複雑な多面性を持った、希有な作家であったと改めて思う。