アニメーションのなかの異物性

相原信洋が遺したフィルムのなかでも、後年の抽象アニメーションについては、これまでにも高い評価が与えられてきた。それらの作品への評価については私も同感であるが、その一方で相原はアニメーションの枠組みを逸脱するような、異物感が溢れ出る作品を多く制作していた。私は、年々洗練されてゆく抽象アニメーションに驚嘆する一方で、そのような初期の作品が持っていた、単純にアニメーションとして括ることの出来ないような異質さに強く惹かれてしまう(『逢仙花』『STONE』『マイ・シェルター』など)。ここでは、そのような初期の作品が内包していた異物性を強調することを試みてみたい。

『STOP!』(1969)
本作は基本的にキネカリによるシンプルなアニメーションではあるが、そこには「Rrevolution」や「Love」といった文字が踊っている。サウンドはほとんど聞き分けられないほどに変調されたアジテーションである。ここに68年の安保闘争や、当時のヒッピー文化の残響を観ることは容易だろう。

『サクラ』(1970)
大正琴(?)による「さくらさくら」が演奏されるなか、飛行機、爆発、ナチスといった、戦争を風刺するようなイメージが表れる。分かりやすい社会風刺としての性格を持つ作品だと思えた。

『やまかがし』(1971)
売春と、窓の外からその様子を見つめる顔のない少女。やまかがし、雨、草むら。ここから幼年期の記憶をモチーフとした、内省的な作品が制作されるようになってゆく。

『みつばちの季節は去って』(1972)
養蜂場の作業の様子と、蜂に追われながら、そこから逃げ出す少年。実写の写真も織り交ぜながら、閉鎖的な状況を描き出す。これも幼年期の記憶をモチーフとした、内省的な作品。

松本俊夫風に述べるならば、これは60年代を通過した若者が、政治的・社会的な挫折による傷と近代への懐疑を乗り越えるために、自分自身を形成している無意識下の記憶を手繰り寄せようとした、ひとつの表れであった——と言えるかもしれない。(やがて、この無意識下へと向かう内省は、東洋的なモチーフに接近してゆく。)

『おしろい羽根』(1972)
中年の男が羽を手に付けて空を羽ばたき、やがて墜落してしまうというユーモラスな風刺的作品。ちょっとこの時期の内省的な作品との関係に困惑する。(有名プログレバンドの楽曲が一部使用されいたような気が…。)

『短距離ランナー』(1973)
巨大な手と鋏、海、短距離ランナー。巨大な手は、昆虫採集のようにランナーを掴んで針で壁に刺す。これも風刺的作品。

『逢仙花』(1973)
またしても内省的な作品だが、ここでは作家の意識は相当にデリケートな暗い部分にまで沈降している。サウンドは単調な時計の針の音。その針の音が時間を刻むなか、逢仙花をつまむ手や、古い家屋を描いたアニメーションと、窓の外を眺める寝たきりの老人の様子を撮影した写真が繋ぎ合わされてゆく。そのイメージは、まるで止まっているかのような淡々とした時間の経験を観る者に与える。しかし、それは老人の遺影のショットによって、唐突に断ち切られる。ここでは日記映画的な写真と、描かれたものとしてのアニメーションが混在しており、この外的な現実のイメージと、内的な描かれたイメージの異物感が強烈な印象を残す。それは松本がアヴァンギャルド・ドキュメンタリーと呼んだ精神の運動に、ある意味で似ているかもしれない。

『初春狐色』(1973)
印を結ぶ手のアニメーションがループする上で、ディゾルブで稲荷神社のイメージが重ねられる。宗教的なサウンドと相まって、一種の陶酔感を覚える。ここで表れた東洋的モチーフは、後の曼荼羅的な抽象アニメーションを準備するものであったといえる。

『妄動』(1974)
相原の転機になったといえる作品であり、作家の心象風景は溢れ出るような躍動感をもって、抽象アニメーションとして描き出される。抽象的なイメージは、顔、炎、立方体、耳へと、次々にモーフィングしてゆく。

『STONE』(1975)
相原のアニメーションが持ち得た溢れるような躍動感は、フレームの枠を超え出て、世界そのものを巻き込んでゆく。はじめは紙の上で抽象的なイメージが運動しているところからフィルムはスタートする。やがてカメラはズームアウトしてゆき、フレーム外を映し出し、撮影場所が異国の野外であったことを観客に知らせる(動画用紙は岩に貼られており、一枚一枚貼り換えながらコマ撮りされている)。そして青く広がった空と白い雲、揺れる木々といった周囲の現実風景を、紙の上の運動(内的世界の運動)に巻き込みながらフィルムは進行してゆく。やがて作家は、紙の上ではなく岩壁や家屋に直接ペイントして、広大な現実風景そのものをアニメーションとして動かし始める。サウンドはSpooky Tooth & Pierre Henryの『Prayer』である。少々感傷的なところもあるが、解放感あるこの楽曲の効果も大きい。

『カルマ』(1977)
『妄動』と同じく抽象アニメーション。抽象的なイメージが、水滴、泡、球体へと、次々にモーフィングしてゆく。

『光』(1978)
『STONE』と同じく、現実風景を巻き込むアニメーション。公園の芝生に腰を下ろした三人の若者が役割を分担しながら、同じ角度同じ位置に紙を放り投げ、その一瞬をコマ撮りする。すると紙は空中に留まっているかのような状態になり、そのなかで紙に描かれた抽象的なイメージが運動を開始する。

『シェルター』(1980)
次の『マイ・シェルター』と同じく防空壕というモチーフを扱った実写作品であり、似ている部分も多いが、草や葉へ直接ペイントするなど、アニメーション的な要素が若干含まれている。

『マイ・シェルター』(1981)
前作と同じく防空壕というモチーフを扱った実写作品であるが、この作品に所謂アニメーション的な要素は全くない。爆撃音と軍隊の無線交信が混じり合ったサウンドが響くなかで、カメラは淡々と草に覆われた、朽ちたシェルターを見つめ続ける。やがてカメラは草や葉をクローズアップによって拡大しながら痙攣をはじめ、非連続的な高速コラージュの運動を生成する。それにより「草に覆われた朽ちたシェルター」のイメージや社会的文脈は解体され、混沌としたイメージの状態へ突入する。終盤では戦中を生きたであろう一家が、記念写真のようにシェルターの前に並んで立つ。アニメーションの概念では捉え切れない、一種のドキュメンタリーであるといえる、非常に興味深い作品。

『逢魔が時』(1985)
フリッカーを多用した抽象アニメーションであり、この明滅によるインパクトは『映像(かげ)』に繋がる。

『PRIVATE』(1986)
コマ撮りを含みながら、旅先の異国で撮影された日記映画的なショットが積み重ねられてゆき、要所要所で抽象アニメーションのパートが挿入される。解放感に溢れた小品。

『映像(かげ)』(1987)
始めに導入として、地面に落ちる手の影の実写映像が数ショット映される。次に、鋭く速い抽象アニメーションのパートが続く。ここでの飛沫のような鋭いイメージによるアニメーションは、連続的な変化のある運動ではなく、非連続的な高速コラージュのような運動を生成している。しかも、高い速度のなかで強烈なフリッカーが容赦なく放たれるために視覚的な衝撃は大きく、影から光が生れ出て、鮮烈な経験を観る者に与える。終盤ではカメラがズームアウトし、フレーム外の環境まで巻き込みながら運動が混沌としてゆく。

以上、初期の相原信洋が持っていた、アニメーションを逸脱するような異物性を強調してみた。その作品の幅は極めて幅広い。アニメーションだけではなく実験映画やドキュメンタリーにまで至るような、複雑な多面性を持った、希有な作家であったと改めて思う。

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