恵比寿映像祭「映像アーカイヴの現在 01: フィルム、ヴィデオ、アートの交差点」

※以下、全てのパネリスト発言は阪本のうろ憶えなので、本来の発言とニュアンスが違っていたり、聞き間違いも有るかもしれません。そこを差し引いて読んで下さい。

恵比寿映像祭に「映像アーカイヴの現在 01: フィルム、ヴィデオ、アートの交差点」と題されたシンポジウムを観に行った。パネルはNYのアンソロジーフィルムアーカイヴスのジェド・ラプフォーゲル、同じくNYのEAIのレベッカ・クレマン、そして福岡市総合図書館の松本圭二氏という取り合わせ。映像アーカイヴの問題をそれぞれの立場から検討するという内容であった。
シンポジウムを観る前には、アンソロジーとEAIからパネリストを招いて、「何故日本国内には実験映画とビデオアートを包括的にアーカイヴする独立組織・公的機関が存在しないのか」という問題を検討し、未来のアーカイヴの展望を問う内容になるものだと思っており、本当に期待していた。

まずは、ジェド・ラプフォーゲルによるアンソロジーにおけるアーカイヴ業務の紹介。以下、ポイントを箇条書きにて。
・業務は、上映、研究者のためのリサーチライブラリー、そしてフィルム配給(フィルムコーポ)
・設立当初はアートと映画の関係を戦略的に仕掛けてゆくことを目的としていた
・実験映画・アヴァンギャルド映画の王道といえるエッセンシャルシネマのリストアップと収集を行っていた(このリストアップと収集は、スポンサーであるジェローム・ヒルの死去により現在停止中)
・ただしコレクションするだけでなく、上映を行うことによって観客がフィルムにアクセスしやすい環境を作ることを目的とする
・その後、ホームムービー、教育フィルム、ポルノなど、忘れられ顧みられることのないフィルムの保存も行うようになった
・実験映画は、個人制作が多くプリントが一本しかなかったりするので、状態のいいものを保存するのが難しい
・基本的にフィルムで作られたものはフィルムで残す
・しかし、時代の趨勢によってラボがどんどん閉められているので、フィルムやリサーチライブラリーのデジタル化も始めている、それはアクセスを拡げる

次に、レベッカ・クレマンによるEAIにおけるアーカイヴ業務の紹介。
・もともとはハワード・ワイス・ギャラリーが前身であり、そこでは絵画からキネティックアートまでを対象として扱っていた
・60年代にソニーが家庭用ビデオ機器を発売し、ハワードも個人の表現としてのビデオに関心を持った
・1969年に「TV as a Creative Medium」(EAIサイト内解説)を開催
・ハワードは、さらにビデオアートをサポートするためにハワード・ワイス・ギャラリーを閉めて、EAIを設立する
・シャンバーグの「ゲリラテレヴィジョン」や、ビデオの双方向性の説明
・初期にはビデオ編集機器をアーティストやコミュニティTVに使用させることで、制作をサポートしていた
・70年代になってビデオの配給も始めた(収蔵テープ作品第1号はアント・ファーム)
・80年代になってアーカイヴに力を入れるようになる、他の機関と連携してのデータベース作り
・1990年にサイトをスタートさせ、アーティストの作品やデータを公開する
・美術市場におけるビデオ作品の販売は希少性をモデルとしているが、EAIの方針はそれとは異なっている、その違いが問題となったこともある(ビデオを絵画の値段で売るのに比べれば、EAIの配給価格は極めて安価ということ)、EAIの目的はアンソロジーと同じくアクセスの拡大
・EAIの方針に賛同して協力してくれる作家もいる(ブルース・ナウマンなど)
・教育目的でやっている「Media Art Resource」「Online Viewing Room」の説明
・アーカイヴをHDに変換してゆくことの問題(60年代のビデオと現代のビデオは、様々な点で異なるとの見解)

最後は松本圭二氏の話だったのだが、福岡市総合図書館のアーカイヴ業務全体についての話はなかった。職場でビデオの保存もやるように言われたが、ビデオよりも安定した規格であるフィルムに変換することを逆に提案して、ベーカムの映像を35mmフィルムにレーザーキネコしたという話だけだった。(その後、ビデオドキュメンタリーをキネコしたフィルムを参考上映。)

この辺りから、シンポジウムの目的は私が望んでいたものではなかったことが、だんだんと分かってきた。アメリカ側パネルは実験映画・ビデオアートのアーカイヴについて——すなわち組織の話と、それらの保存をどのようなフォーマットで進めてゆくかという方法の話を並行して進めていた。しかし、シンポ全体の構成も含めて日本側パネルの主眼となっていたのは方法の話だった。この後ディスカッションとなったのだが、松本圭二氏の発言はフィルムをデジタル化して保存することの是非の話に傾き、「フィルムはなくならないと思う、映写機も町工場で作れるのではないか。」との見解も述べられ、35mmフィルムフォーマットのメリットの話につなげられる。確かにフィルムは長持ちするメディアだし、ビデオをフィルムに変換して保存するというのも、潤沢な予算があれば悪くないのかもしれない。しかし問題は、一連の発言に対してジェド・ラプフォーゲルも指摘していたように、文化を保存するうえでのコストの話ではないだろうか。一本のビデオを35mmフィルムにレーザーキネコする予算で、一体何本の散逸しかけている作品をデジタル化できるのだろうか、と思えてならない。

私としては、実験映画やビデオアートの包括的アーカイヴを、どうすればこの日本で実現できるのか、その展望についての話を聞きたかったのだが、ディスカッションはあまりそういう感じではなかった。そういう訳で、ジェド・ラプフォーゲルとレベッカ・クレマンに、「日本には実験映画・ビデオアートを包括的にアーカイヴするために積極的に動いている組織が現状ないんだけど、上手くアーカイヴを運営している側の人間として、どうすればいいと思う?」と質問してみた。すると、ジェド・ラプフォーゲルは「アンソロジーはメカスという組織者がいたおかげ。あと、市から格安で建物の提供を受けた。」という、ちょっとズレた答えが返ってきた。レベッカ・クレマンからは「昔はMOMAですらビデオをアーカイヴをする必要はないとされた。どうやって組織を成り立たせるかについては、ビデオの配給による収益が減っているため、教育目的でメンバーシップの料金を払えばネットで作品視聴ができる仕組みを始めている。なのでデジタル化が重要。」との答えが返ってきた。

ちょっと私がシンポジウムの目的を勘違いしていたのかもしれないが、それでも興味深い幾つかの意見と、今の国内の状況で実験映画・ビデオアートを包括的にアーカイヴするために何をどうすればいいのかについてのヒントも得られたので、大変勉強になるシンポジウムだったと思う。

一つ付け加えておくと、シンポジウムの中でレベッカ・クレマンから「作品の配給を行って、一般の人たちの手元に作品を置くこと、人々の間で流通させることも一つの方法であり、今ではネットのアーカイヴも出てきている(UBUのこと?)。」との意見が出されたのだが、これには全く同感だ。これは実験映画・ビデオアートをめぐる国内の現状においては、かなり有効な処方箋じゃないかと思う。

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