イメージフォーラムフェスティバル2012 Qプロ:スモール・ロード


・ジェームス・ベニング『スモール・ロード』
James Benning, Small Roads
HD, 103min, 2011

ベニングが風景に取り組み出して以来、一貫して継続されてきた方法論は本作でも踏襲される。それは、固定ショットによる一定時間の風景撮影を、単調にそのまま繋げて編集するというものである。この一定時間の固定ショットは、それぞれの場所の即物的な時間の変化を記録し、それぞれの場所が持つ様々な性質を明らかにする。16mmで撮影していた時期には各ショットの持続時間がリールの長さに束縛されていたが、デジタルビデオで撮影するようになってからは、『ルール』の長時間に及ぶラストショットのように、ショットの持続時間に変化がみられるようになっている。ちなみに実測した訳ではないので体感的な印象だが、本作では各ショットの持続時間がバラバラであるように思えた。カタログによるとデジタル合成を行っていると記述されているが、各ショットのデュレーションを若干変えているのかもしれない。

さて、本作が捉える風景は、全てのショットにおいて何の変哲もないアメリカ中西部の道路そのものである。様々な場所の車道脇で撮影された47個のフィックスショットは、恐ろしくシンプルで即物的でありながらも、同一の性質を持つ空間が存在しないことを明らかにする。各ショットの持っている時間的な深さは、驚く程豊かな経験を観客に与える。同じような道路でも、通過する車両数の違い(全く車が通過しないショットも多い)、周囲の環境音の違い、天候の違い、時間帯の違い、季節の違いなど、ひとつとして同じ性質を持つ空間は存在しない。15ショット目において直射日光が陰り、地面に落ちていた木の影が薄れる箇所。17ショット目の野鳥の鳴き声が重なり合う箇所。20ショット目の薄暗い夕刻の風景に不安を掻き立てるような木々の揺れる音。39ショット目の全く周囲が見通せない濃霧のなかから車両が飛び出してくる箇所。これらは全て、その時、その場所に固有の出来事である。このような、映画のなかから立ち上がる経験を拾い上げようとして、それぞれの観客はスクリーンを凝視し、遠くから向かってくる車両の走行音を聴き取ろうとして耳を澄ますことになる。ここで映画は、観客の能動的な知覚を引き出すものとして機能し始める。

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Makino Takashi Open Experimental Night

牧野貴が、最新作の国内初上映を行うらしい。


Makino Takashi Open Experimental Night
日時:4月21日(土)18:30開場/19:00上映開始
料金:¥2,000(+1ドリンク別¥500)完全予約制30名/当日立見席若干有り
会場:UPLINK「Room」
http://www.uplink.co.jp/gallery/log/004394.php

この日は、初期(といっても、たった七年前)の作品である『The Intimate Stars』(2005年/35分)と、『2012 act.2』(2012年/25分)が上映される。『2012』は上映されるたびにその姿を変えてゆく作品であり、サウンドも牧野本人がライブで演奏するということらしい(第一回目の上映は3月にマドリッドにおいて行われた)。上映空間において生成される映画というアプローチに、少なくともこの一年間、牧野は取り組んでいくということか。

思えば現在まで牧野は、音楽家との共同作業によって映画を制作することを重要視してきたが、それはイメージとサウンドと異質なままに対立させることを意図したものであったといえる。それによって映画は、多義的な変質の契機をそのなかに抱え込むことになる。

その牧野が、半年程前に、「今度は自分自身で映画にサウンドを付ける」と言い出した時には、内心、固定的な映画に向かうようなことにならなければいいけど…と思った。しかし、このアプローチで来ると聞いたとき、これは「+京都」における田巻とのフィルム・ライブパフォーマンスの延長線上にある試みになりそうだと、私はある種の安堵感と期待感を覚えた。という訳で、牧野がこの日、どのような映画の生成を見せてくれるのか、立ち会って確認してみてほしい。それは、その時その場所で、一度しか起こらない生成になるだろうと思う。

蟷螂の斧

松本俊夫の新作『蟷螂の斧』がいよいよ公開されるようだ。

4/28(土):19:00-23:00 @KCUAナイト(ART KYOTO 2012連携企画)
松本俊夫新作オムニバス三部作上映会《蟷螂の斧》
ゲスト:松本俊夫、建畠晢(京都市立芸術大学学長)

京芸Transmit Program #3 「Mètis -戦う美術-」の関連イベントとして上映されるようです。(リンクの一番下を参照。)
http://www.kcua.ac.jp/gallery/exihibition/2328.html

2010年に、松本俊夫の企画・構成によって集められた6名の映像作家によるオムニバス映画 『見るということ』という作品が公開されていたが、ご記憶だろうか。新作『蟷螂の斧』は、それを発展させた作品であり、作家本人の談によると、『見るということ』を第一部に取り込んだかたちで、三部構成の長編作品として構成されているらしい。第二部は、第一部と同じく何名かの映像作家によるオムニバス形式によって制作されており、第三部は、松本俊夫が第一部・第二部を素材として再構成したものになっているそうだ。そこで松本俊夫という主体は綻び、溶解してゆく。これは外部としての——異物としての他者を、作家主体の内部へ呼び込むことに他ならない。そのような意図せぬ外部性の導入とは、松本が『映像の発見』から掲げてきた方法論の本質であり、その点において松本のアプローチは今なお一貫している。これは花田清輝的な楕円の思想とも通底するものである。

とまあ、いろいろ述べながらも、まだ未見なのだが。

再稼働

http://www.ustream.tv/recorded/21806263

首相官邸前に1600人が集まったというデモをUstで観ている時に、「大飯原発 運転再開必要」のニュースを知った。

私はこれを、自分と、自分の身近な人に仕向けられた不合理そのものだと感じるので、率直に怒っている。そして、その率直な怒りを、不合理を仕向けてきた層に、そのまま投げ返し続けたいと思う。

これは私にとっての利己的で小さな感情に過ぎない。だけど、今回の件によって不合理を仕向けられたと感じる人は、誰しもそのレベルで怒って声を上げてよいのだと思う。もう、誰にとっても公共的な社会の枠組みなんてものは、原発事故以降、ほとんど解体してしまっているのだから、個々人が利己的に動くしかあるまい。

とにかく、あまり内省的に考えて、何となく不合理に納得したりしてしまわない方がいい。それは、不合理を仕向けてきた層を利する以外の何ものでもない。不合理に対する怒りの感情を、小さくても保ち続けるべきである。

最近のデモ

あんまりこういう事はブログでしてこなかったんだけど、再稼働がほぼ決まりつつある状況なので今回は転載します。再稼働っていうのは、夏の電力が足りないとか、燃料費がかかるとかいう目先の経済レベルの話ではなく、「事故を起こした電力絡みの社会的システムの見直しを行う事なく、既存の利益のためにシステムを存続します」ということだと理解しています。将来的な道筋をつける前に一回でも再稼働したら、ずるずると、なし崩し的に元通りになることは自明です。今週は東京にいないのでどちらにも参加できないけど、この件について腹に据えかねている方はどうぞ。

市井の人間には選挙とデモと住民投票(のための署名)しか、このような問題について働きかける手段がないのが実情なので、その枠内でやる事やって、あとは個々人で利己的な判断を下してください。

ツイッター有志による反原発デモ
http://twitnonukes.blogspot.jp/2012/04/413.html

「原発ゼロへ!止めよう再稼働 4・11アクション」
http://associations.jp/archives/1457

追記:
首相官邸前における「ツイッター有志による反原発デモ」は本日です。北海道の端から応援してます。

科研費

本日、正式に科研費の内定通知をいただきました。ありがとうございました。若手Bなのでそんなに予算額は大きくないのですが、それでも今まで二つの大学で貰っていた研究費の額に比べれば相当なものです。国内には実験映画やビデオアートに関わる映像資料や文書資料を包括的にアーカイヴ化したり、調査研究したりする組織が実質的に現状ない訳ですが、その基盤づくりの一助となるような活動成果をあげられるように頑張りたいと思います。