「白昼夢—松本俊夫の世界」展のTumblr

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「白昼夢—松本俊夫の世界」展の記録が、Tumblrで公開されました。展覧会場の写真や、映像作品のスチルなどが掲載されています。
http://matsumototoshio.tumblr.com/
http://matsumototoshio.tumblr.com/archive(一覧)

これらの写真を見れば、おおよそ何が行われたのかは理解できると思う。会場内では、松本俊夫の映像作品をスクリーンでひとつひとつ観るのではなく、展示空間のなかに設置された作品群の相互関係において、松本俊夫のフィルモグラフィーを総体的に経験することが試みられていた。これは映画の領域に収まらないインターメディア的発想であり、『スペース・プロジェクション・アコ』や『つぶれかかった右眼のために』で目指されていたものの反復であるといえる。無数のイメージとサウンドが重なり合った、混沌とした空間。そのような空間を把握しようとする観客は、視界の端々に介入してくるイメージの断片や、渾然一体となって聴き取ることが困難なサウンドの塊に直面する。よって観客は、映画館のスクリーンや自室のモニターのように、ひとつの画面に集中して映像作品を鑑賞するのではなく、意識の集中を撹乱してくる視覚・聴覚的なノイズの束のなかから、その場所における自己の時間的・空間的認識を形成してゆくことになる。そのプロセスを、展覧会場の写真を通して想像してみて欲しい。

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リンク

全国レベルであってもこの記事の分析は正しいと思う。
東京新聞:脱原発 世論6割、当選3割 3大争点すべてズレ(東京新聞 2012年12月17日)
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追記:
あと、この記事を読んで今回の選挙の全体像を把握。自民に投票する人間が増えた訳ではなく、むしろ減っているということらしい。他人に不利益を押し付ける態度の人間が激増した訳ではなかったことに若干安堵した。別の不安の種もあるけど。
衆院選:自民、比例57 前回並み(毎日新聞 2012年12月17日)

戦争、原発、経済格差

衆議院議員総選挙年齢別投票率の推移
sg_nenrei

確かに戦争(憲法)、原発、経済格差と、あらゆる意味で逃げ切れるという無根拠な自信を彼らからは感じるね。本当に、10年後には若年層は殺されてるんじゃないだろうか? 経済的な意味のみならず、言葉通りの意味において。このブログを見てくれている同年代以下の友人知人親類縁者その他には生き延びてもらいたいと思うし、自分と、投票権のない未成年のために権利を使って欲しいと思う。

ところで、メタ的なポジションを確保しようとして棄権や白紙投票という行動に出るのは、現在の政治への批判を表明することにはならないよ。棄権や白紙投票すらも、ひとつの選択として機能するんだから。社会的にメタ的なポジションなんてのは、社会内には存在しないんじゃないかと思うよ。それでも棄権や白紙投票を選択するなら、まあそれもいいんじゃない?

福島復興再生の現状について(復興庁)

どうも自分が直接的にリスクに晒されていないと、何があったのかすぐに忘れてしまう人たちが多いのかもしれないので現状を貼っておく。なんとなく原発事故は終わったと思ってるのであれば、それは己の願望かもよ。事故そのものはもちろん、社会的にも全く終わっていない。関係ないからどうでもいいのであれば、もう好きなようにすればいいんじゃないかな、と思います。

www.reconstruction.go.jp_topics_20121025_fukusimasaisei-2

避難指示区域等からの避難者数※1
 約11.1万人

・避難指示解除準備区域 約2.2万人
・居住制限区域 約0.6万人
・帰還困難区域 約0.03万人
・警戒区域 約5.4万人
・計画的避難区域 約0.4万人
・旧緊急時避難準備区域 約2.5万人

※1 平成22年国勢調査及び各市町村からの聞き取りを基に、
原子力被災者生活支援チームで集計(平成24年9月19日時点)

福島県全体の避難者数
 約15.9万人( 避難指示区域からの避難者も含む )

(1)福島県内への避難者数※2 約9.9万人
(2)福島県外への避難者数 約 6.0万人

出典:福島県発表「平成23年東北地方太平洋沖地震による被害状況即報(第688報)」(平成24年9月19日)
※2 親類宅等へ避難した自主避難者は含まれていない

福島復興再生の現状について(復興庁 平成24年10月)※PDF
http://www.reconstruction.go.jp/topics/20121025_fukusimasaisei-2.pdf

リンク

もしもあなたが実際の文言を読んでないのなら、一度は読んでみることをお勧めする。上段が改正案、下段が現行憲法なのですぐ読める。そのうえで好きにすればいいと思う。
自民党 日本国憲法改正草案(全文)

個人的には、第九条、第十二条、第十三条、第十八条、第十九条、第二十一条、第二十四条、第六十六条、第九十八条、第九十九条、第百条、第百二条あたりが気になった。例えば第百二条では、憲法が尊重という文言で国民を制限するかたちに変貌しているね。

憲法と義務

20年近く前に亡くなった私の祖父は、太平洋戦争のときに兵隊に取られて戦線へ行っていた。あまりそのことが私と祖父との日常会話のなかで話題に上ることはなく、私も、なんとなく自分からは聞かないようにしていた。今思えば、もっといろいろ聞いておきたかったと思う。その後、戦後日本の前衛芸術、特に1950年代〜1960年代をいろいろと調査してゆくうちに、池田龍雄や松本俊夫に聞き取りをする機会に恵まれるようになった訳だが、そのインタビューのなかで、かつて聞けなかったことを取り戻すかのようにして、彼らの戦争体験を聞くことになる。池田龍雄の特攻隊訓練の話や、子どもだった松本俊夫が戦闘機による機銃掃射を避けて川縁に身を隠してやり過ごした話などは、私にとってとても印象深いものだった。作家がひとりの人間として戦中・戦後の社会と分ち難く結びついていることが実感できたからだ。それは岡本太郎や山下菊二らの戦地での経験や、あるいは瀧口修造や花田清輝の戦時下の日々を、より具体的に想像することにも繋がった。私は、戦争体験を持たない者の憲法改正案、例えば「国防軍」についての文言に、その論者が持つ空想的な国家像の投影を感じる。

また、他にも昨今論じられる憲法改正案のなかで「公共の福祉」という文言が「公益及び公の秩序」に置き換えられてしまっているあたりは実に巧妙であると思う。これは社会が包括する個人の自由権よりも、社会全体の効率性を優先させるという意味であり、そこでは、まるで権利の位置付けが逆転したかのように、大きく変質させられている。また、「自由及び権利」に対しても、現行憲法にある「責任」の文言に加えて、唐突に「義務」という文言が持ち出されている。確認しておくが、一般論としての自由にともなう「責任」については、現行憲法でも昔からはっきりと明記されている。問題の焦点は、憲法の大きな強制力のなかで「自由及び権利」に対応するかたちで、何者かによって追加して課される制限としての「義務」であろう。自由権のそもそもについては、弁護士小倉秀夫氏の以下のツイートが分かりやすいだろう。

片山さつき氏のツイート、「国民が権利は天から付与される、義務は果たさなくていいと思ってしまうような天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です。国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するには自分に何ができるか、を皆が考えるような前文にしました!」(https://twitter.com/katayama_s/status/276893074691604481)から始まった片山氏と想田和弘氏の議論に関連して。