シンポジウム「アート・ビデオの50年(1963−2013年)」のレヴュー

「メディア芸術カレントコンテンツ」というサイトで、この間の「レ・ザンスタン・ビデオ: アート・ビデオの50年(1963年-2013年)」のレヴューが書かれていました。ありがとうございます。フリーダムな登壇者の方々のなかで、ひとり時間を気にしてテンパりながら司会を務めました…。

・メディア芸術カレントコンテンツ メディアアート月間 デジタルショック2013 シンポジウム「アート・ビデオの50年(1963−2013年)」開催

レヴューにも書かれているが、メルシエ氏が語られたキャロル・ルッソプロスのエピソードはとても興味深かった。去年のイメフォでもルッソプロスについてのドキュメンタリーが上映されていたが、もっと日本国内のゴダールに関わる言説のなかでも参照されて欲しい作家だと思う。

あと、この日の中島興氏の話はとても興味深かった。シンポジウムのなかでも言及されたが、東日本大震災のあと中島氏は、被災地の瓦礫のなかで舞踏家と一緒に作品を撮影したという。この話は以前から聞いていたのだが、正直なところ今までの私は中島氏の真意がどこにあるのか分からず、若干ひっかかるものを感じていた。社会的な災害を作家個人の表現素材に還元することに疑問を感じる方は、少なからずおられると思う。それは他者の災厄を、個人の有用性において回収することへの疑問であると思う。しかし明確に述べておくが、中島氏は他者の災厄を作家個人の有用性のなかに回収しているのではない。

おそらく中島氏のなかにある動機は、歴史的な視点で見たときの日本社会や人間の営みに対する諦観である。中島氏の言葉を借用するが、歴史的な視点で見るならば「次の原発事故は必ずまた起こる」。何十年先かは分からないが、その時、前回の事故を生きた人々が何を思ったのか、残しておく必要がある。中島氏は(彼独特のユーモアで)漬け物を例えに出しながら「みんなすぐに作品を発表しすぎる、もっと時間をおくべきだ」と批判していた。確かにビデオアートは、ビデオの即時的な再帰性をパフォーマンスやインスタレーションのなかに取り込むことで発展してきた表現領域である。だが中島氏は、極めて長い間隔でビデオの再帰性を捉えることの必要性を問いかける。これは、個人の記名性なんてものが希薄化するくらいに長い歴史的連続性のなかに自分を置いてみたうえで、人間の一生レベルでビデオの再帰性に取り組むことを意味している。中島氏は、自分の家族を代々撮影し続ける『マイ・ライフ』や、過去の自作品を再生成し続ける『生物学的サイクル』といった連作を制作している。私はこの日の中島氏の発言を聞いて、ようやく彼のビデオに対する問題意識をわずかながら理解できた気がした。

以下、シンポの様子と集合写真。何故リンゴを切っているのかは、説明すると長くなるので割愛。
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