イメージフォーラムフェスティバル2013 Sプロ:セントラル・リージョン

CENTRALREGION
・セントラル・リージョン – マイケル・スノウ
Central Region – Michael Snow
(カナダ, 16mm, 180min, 1971)

現代美術家、実験映画作家、CCMCの一員でもあるフリー・インプロヴィゼーションのピアニスト、サウンドアーティストとして知られるマイケル・スノウ。彼の長編『セントラル・リージョン』は、構造映画の代表作としてよく知られているが、その長さのためか、あるいはプリントを持っている所が限られるためか、国内で公開される機会は多くなかった。しかし、昨年秋に国立国際美術館で行われたマイケル・スノウ特集上映に続いて、今回、東京でも『セントラル・リージョン』が上映されることになった。構造映画とは60年代後半から出現した作品を指す用語であり、用語としてはP・アダムス・シトニーの『フィルム・カルチャー』1969年夏号に掲載された文章のなかで論じられている。そこでは特徴として「カメラ位置の固定」「フリッカー」「ループ」「再撮影」などが挙げられているが、これら特徴の有無にこだわるよりも、構造映画とは、映画を成立させている構造に関わるコンセプトを持った作品のことであると理解したほうがいいだろう(例えば本作は上記のどの特徴も備えていない)。

本作『セントラル・リージョン』は、機械制御の撮影台をケベックの荒野に設置し、この撮影台に16mmカメラを取り付け、周囲の空間を被写体として全方位的に撮影した作品である。機械制御の撮影台は複数の回転軸によって構成された機構を持っている。この装置によって、カメラはあらかじめ設定されたパラメータに沿って複雑な回転運動のなかにおかれる。こうして撮影された映像は、まるで静止状態にある観客に対して、世界の側が回転によって崩壊するような経験をもたらすものとなる。(なお、スノウは同じ装置を使用したビデオ・インスタレーションも発表している。)

考えてみれば多くの映画におけるカメラと被写体の関係は、極めて制限された条件の下で成立している。それに対して本作は、従来からあるカメラと被写体の関係性を解体し、拡張された空間性のなかで構造化することを試みる。これはスノウの他の作品にも通底するコンセプトだといえる。例えばスノウは、『波長』(1967)においては、長時間のズームインによる空間の収縮(および跳躍)を試みている。また『←→ (Back and Forth) 』(1969)においては、カメラの横方向の往復運動によって、観客の意識内でパノラマ的にスクリーンを認識させる試みを行っている。そのようなコンセプトの延長線上に本作は位置づけられるだろう。また、スノウの作品は一つのコンセプトがかなり長い時間のなかで展開される場合がある(特に本作は、かなりの長編である)。これは、観客が映画の構造を経験のなかで理解し、それに順応するために要する時間であるといえるだろう。カラー。サウンドトラックとして、X軸中心の回転とZ軸中心の回転に合わせて、二種類の電子音が鳴らされる。

以下、具体的な内容について箇条書きで説明する。

・映画は、カメラの様々な運動のバリエーションを、幾つかのパートで分割しながら展開してゆく(それぞれのリールの頭には、交差した斜線のリーダーが入る)。それに加えて、昼〜夜〜昼といったかたちで一日の時間的な変化も作中に現れる。

・最初のパートで、カメラは足下の地面を捉えた位置からスタートする。やがてカメラはゆっくりと水平方向の回転を始める(Y軸中心の回転)。やがてカメラに、徐々に垂直方向の回転が加えられる(X軸中心の回転)。そしてカメラが真横に向いてフレーム内に地平線が映し出される辺りで、ようやく観客はカメラが設置された空間の状況を把握する。そのままカメラは上を向き、青空を捉える。

・次のパートでは、当初、カメラは水平方向の回転を持続させながら、天地が逆になった状態で青空を捉えている。そしてすぐにカメラには、垂直方向の運動が加えられる。それによって、フレームの上部から地面がフレームインしてくる。そのままカメラは垂直方向の回転を続けてゆき、正しい天地の位置に地平線が来るところで停止する(水平方向の回転は継続している)。そして、カメラを支えている軸そのものが別の回転を始める(Z軸中心の回転)。それによって地平線がフレーム中央を中心点として回転する。これ以降、各パートのなかで、これらの回転軸の組み合わせによる、様々な運動のバリエーションが展開される。

・後半のパートになると、日が暮れて周囲の空間は暗くなってゆく。しかし、カメラは暗闇に対しても延々と回転運動を継続する。やがて白い光点のような月が真っ黒なフレームのなかに現れ、周期的な運動を開始する。

・再び朝になり、相変わらず運動のバリエーションが展開されてゆくのだが、今度はそこにズームとフォーカスの変化が追加される。この変化によって、周囲の空間はピントのずれた抽象的な色彩の運動に還元されてゆく(特に最後の激しい運動のパートにおいて)。

ちなみに本作は、このブログ名の引用元のひとつである。

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