ジム・オルーク 6Days「80年代:カセットテープ時代」

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スーパーデラックスで6月17日に開催された、「ジム・オルーク6Days」初日を観に行った。仕事の関係もあって、私が観に行くことが出来たのはこの日のみである。この日の演目は「80年代:カセットテープ時代」ということで、第一セットが80年代テーブルトップギター(ソロ)、第二セットが80年代エレクトロニクス(ソロ)と告知されていた。これは即ち、カセットテープやレコードを通してしか聴けない最初期のジム・オルークの音楽を、この目と耳で確認できるということである。

また、6Daysは他の日の演目もかなり興味深いものである。特に2日目の「大学時代の作曲」と、3日目「Happy Bad Timing Days」が凄い。2日目の弦楽四重奏&発振器によるドローン作品の演奏なんて、この機会を逃したら観ることが出来ないだろう(私は見逃す訳だが…)。「ジム・オルーク6Days」の演目については以下に転載しておく。

1日目/80年代:カセットテープ時代
第一セット:80年代テーブルトップギター(ソロ)
第ニセット:80年代エレクトロニクス(ソロ)

2日目/大学時代の作曲
第一セット:弦楽四重奏&発振器【世界初演】メンバー:ジム・オルーク、波多野敦子 (バイオリン)、千葉広樹 (バイオリン)、手島絵里子(ヴィオラ)、関口将史(チェロ)
第二セット:エスター叔母 メンバー:ジム・オルーク、石橋英子、U-zhaan、山本達久、アンドモア
第三セット:水のない海 メンバー:ジム・オルーク、U-zhaan、山本達久、アンドモア

3日目/Happy Bad Timing Days 「バッド・タイミング」と「ハッピー・デイズ」の混合ライブ
メンバー:ジム・オルーク、石橋英子 (p)、須藤俊明 (b)、山本達久 (ds)

4日目/ビッグバンドとテープ
メンバー:ジム・オルーク、坂田明、梅津和時、類家心平、高岡大祐、高橋保行、勝井祐二、トッド・ニコルソン、山本達久

5日目/未来に向けて:その一
ジャズトリオ メンバー:ジム・オルーク、千葉広樹、山本達久
カフカ鼾 メンバー:ジム・オルーク、石橋英子、山本達久

6日目/未来に向けて:その二
新旧の曲演奏 メンバー:ジム・オルーク、アンドモア!

レビューを書く前に、自分のジム観を少しはっきりさせておきたい。15年前ならまだしも、今やジム・オルークのことを“シカゴ○○派”とか呼称する人もいないと思う。それはジム・オルークが1人の音楽家として捉え直されたことを意味する。ポップな歌ものや、美しいドローンやインプロを聴かせる音楽家として。これはもちろん良いことだし、本人もそう望んでいるのではないかと思う。だが、私はその一方でこう考えている——ジム・オルークとは、あらゆる音楽の形式が試され飽和状態になり、真に実験的な音楽が存在し得なくなった現在において、それでも過去にあった多様な音楽の形式と歴史を辿りながら、音楽の更新を模索し続ける音楽家なのではないかと。この模索とは、過去の音楽形式を反復するという意味において典型化されたミュージシャン像を演じながらも、密かにそこから逸脱する契機を探し続けるという、まるで寓話化された苦行のような試みであもる。しかし、この寓話的な模索の内にしか今日的な芸術の前衛が存在できないことを、彼は身を以て示している…などと、まあ他人の勝手な意味付けですが、そのように考えています。多くの音楽を知った上で、このような困難を抱えながら制作することそれ自体に耐え続ける音楽家は滅多にいない。単純に綺麗な音楽を作る音楽家を持ち上げているのではない訳だ。そんな風にジム・オルークを勝手に捉えている私にとって、80年代のジム・オルークがその活動のなかでどのような音楽の形式を辿っていたのか——そして、そこからの逸脱をどのようにして試みていたのか——を確認することが出来るこの日の演目は、とても興味深いものであった。

まずは第一セットとして、テーブルトップギターのソロ演奏が行われた。テーブルの上には4〜5台のエフェクターとミキサー、そしてテーブルトップギターと様々な音具が置かれている。話によると、23年間触っていなかったテーブルトップギターをわざわざリメイクして、ライブで演奏できるように準備したらしい。これは初期のギターインプロヴィゼーション作品(『Some Kind Of Pagan』(1989)など)において使用された楽器を再び使うことによる、初期のコンセプトの再演である。この演奏を観ることよって、私は『Some Kind Of Pagan』がどのようにして制作されたのか、ある程度想像することが出来た。

テーブルトップギターはネックに弦が張られて、複数のピックアップが取り付けられたボディのない簡素なもの。ここからの出力がループ機能を持ったエフェクターに送られ、これをベースとしながら即興的にサウンドが構築される。まず、オルークは弦を軽く指でタッチし、その点描的な残響音をループさせる。そこにリモコンの赤外線をピックアップに当てることによって発生させた電子的パルス音や、弦を弓で弾くことによって発生させたドローンを積み重ねてゆく(リモコンはメーカーの異なるものが3種類も使用されていた)。このようにして形成されたサウンドのレイヤーは、細やかな変化を内包しながらゆっくりと移り変わってゆく。しばらくして、オルークは発振器(?)を持ち出して、これをピックアップに近づけ、激しい電子的なノイズを発生させる。ここでテーブルトップギターは伝統的な楽器としてのギターではなく、あらゆる振動を拾うピックアップとして、純化されたかたちで捉え直される。もちろん、これをキース・ロウなどの影響下にある試みだと述べることは簡単だが、初期のオルークにとって重要な要素の一つであったヨーロッパのフリーインプロを80年代の彼がどのように咀嚼していたのか、そこがまず問われるべきだろう。そうなってくると、やはり即興のなかにある構築性というか、循環と切断を内包した編集性といったものが彼の特質のひとつとして浮かび上がる。

様々な発信器や音具によって生じた振動をピックアップによって拾い上げ、それを即興的にレイヤー化して構築する彼の手腕は見事なものであった。しかし、彼の特質であるはずの編集性は、演奏の現場において生成されたサウンドのピースしかマテリアルとして使用できないため、または即応的なエフェクト操作しか行えないために、窮屈な状態におかれているようにも見えた。そのような編集性はやはり、テープ音楽——映画のような場面転換を取ることが可能な、編集による音楽——によって十全に発揮されるといえる。

第二セットは「80年代エレクトロニクス」と題されているが、恐らく電子音を使用して制作されたテープ作品の上演であったと思われる。「あったと思われる」などと曖昧に書いてしまっているのは、その上演のあいだずっとオルークがフロアの片隅に張られたテントの中に籠っていて、何をしていたのか目視できなかったためである。会場内は暗転しており、灯りといえばオルークのテント内のライトの光のみだった。現代音楽における電子音楽・テープ音楽の上演は、薄暗い空間のなかで、観客が誰もいないステージに向き合いながらスピーカーから出てくるサウンドに聴覚を集中させるというスタイルで行われることが多いが、状況的にはこれと同じである。ただ、現代音楽における電子音楽・テープ音楽の上演では、客席の真ん中に作曲家やエンジニアがいて微妙なミキシングを行ったりするのだが、オルークはそのような状況に耐えられなかったためか、会場片隅のテントに隠って何らかの操作を行っていたようだ。

第一セットのような音楽であれば、聴取できるサウンドと、そのサウンドを発生させる行為が視覚的に結びついているので説明もしやすいが、このようなスタイルの上演では、なかなか説明がしにくい。なので、随分いい加減な説明になってしまうが、水の落ちる音や、金属容器をコンクリートに擦りつける音のような具体性を持ったサウンドと、激しい電子音や地鳴りのようなドローンが巧みに構成され、彼らしい循環と切断を内包した編集が行われていた、と述べておくに止める。また近年の現代音楽のテープ作品にみられる電子音は、音源そのままの残念なケースも散見されるのだが、さすがはノイズミュージックに対する造詣の深いオルークだけあって、その音の感触はフェティシズムを抱くようなものであったことも付け加えておきたい。初期のテープ作品である『The Ground Above Below Our Heads』(1991)の作中で使用されたマテリアルも含まれていた気がする。全体の印象としては、水の音が多用されていたために、『Disengage』(1992)を強く想起した。

この日のイベントは、若き日のオルークが取り組んでいた二つの重要なテーマ——フリーインプロヴィゼーションと電子音楽・テープ音楽——の再現を観ることができる、実に有意義なものであった。ミニマルミュージックやカントリーブルースなど、彼の音楽における重要な形式的テーマは他にも存在するが、それらは別の日に上演されるのだろう。観ることが出来なくて本当に、本当に悔しい。

「音楽やめようと思った、でも皆さんのおかげで続けています」という旨の発言をしていたオルークの困難な模索を、これからも見守りたいと思う。このレヴューを書くにあたっては、以下のインタビューを参照した。
http://www.timeout.jp/ja/tokyo/feature/7388

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