シンポジウム「映像のポストメディウム的条件」の感想

声をかけて頂いて表象文化論学会のシンポジウムに参加し、パネル報告とディスカッションを行ってきた。シンポジウムの題目は先のポストでも記した通り、「映像のポストメディウム的条件」というもの。これはクラウスの言説にある「ポストメディウム」のアイデアを拡大して、映像において検討するというものであり、司会の門林氏のコンセプトにも記されている通り。ここでの私の役割は、「ヴァイタル・シグナル」「白昼夢—松本俊夫の世界」に関わった経験から、この「映像のポストメディウム的条件」において検討可能だと思われる日本の実験映像(実験映画、およびビデオアート)を提示することだと考え、シンポジウムに繋がるような幾つかの作品を、三つのアイデアとともに報告として述べることにした。以下は、私が事前に準備したパネル用のキーノートをPDFに書き出したもの(作品のスチルは外してあります)。当日はスチルや映像を見せながら報告した。
日本の実験映像における、ポストメディウムの有効範囲

当日、抜粋上映とスチルで紹介した作品は以下の通り。
1:松本俊夫『つぶれかかった右眼のために/左側画面』(合成前のバージョン)
2:松本俊夫『つぶれかかった右眼のために』
3:松本俊夫『スペース・プロジェクション・アコ/せんい館内記録映像』
4:松本俊夫『モナ・リザ』
5:飯村隆彦『カメラ/モニター/フレーム』
6:飯村隆彦『スクリーン・プレイ』
7:飯村隆彦『THIS IS A CAMERA WHICH SHOOT THIS』
8:牧野貴『2012』

この報告で私が提起したアイデアを簡単にまとめると「1:内部と外部の境界を融解させるメディウムの越境性について(あるいは映像の記録性に対する批判について)」、「2:パフォーマンスにおいて内部化される、分節された身体や知覚について」、「3:デジタル環境におけるメディウムの物質的根拠の消失と、レイヤーとして内部化されたメディウム(の虚像)について」となる。

私の甘い解釈になるが、クラウスのポストメディウムについての言説とは、構造映画にメディウムの複合性・集合性を見出すなど、狭義の実験映画の言説からは生じないような興味深いアイデアを含むものである。これはグリーンバーグ的なメディウム固有性の理論に対抗して、単一メディウム(例えば映画)の内部に複合的なメディウムの集合を見出すことであり、これをクラウスが扱わなかったような対象——拡張映画、インターメディア、メディアアート、デジタルシネマ——にまで拡げて適用してみることは、極めて有意義なことだと思えた。

私の次に登壇された水戸芸術館現代美術センターの竹久氏のパネル報告は、ご自身がキュレーションしたふたつの展覧会「リフレクション─映像が見せる”もうひとつの世界”」と「3・11とアーティスト: 進行形の記録」に出品された現代美術のコンテクストにおける映像作品を紹介し、その傾向を論じるというものだった。

最後のリピット氏のパネル報告は、理論的な側面からポストメディウムの概念を拡大するものであり、ご自身もまだ考察中ということだったが、それでも非常に刺激的な話を聞くことが出来た。自分用メモから、特に印象に残ったポイントを書き出しておくと、以下の通り。(口頭での報告を正確に伝えることは無理なので、あくまで私の不正確な解釈であることに留意して下さい。)
・メディウム/メディアには通路(パサージュ)としての面がある、メディアとメディアをつなげるものとして
・クラウスはグリーンバーグに対する批判としてポストメディウムを述べるが、メディウムを中間的なものとして捉えると、「ポスト」という言い方は出来ない
・「IMMEDIUM」という概念の提示、メディウムを直接的なものとして捉える

そのままリピット氏のパネル報告からシンポジウムに入っていったのだが、司会の門林氏とリピット氏による理論的な文脈をある程度理解したうえで、一次的な作品に結びつけて話すのが難しかった。もう少し柔軟に解釈して話しても良かったかな、というのは反省点。

まず、シンポジウム前の私の考えを率直に述べると、私は、映像におけるポストメディウムの適応範囲をほんの少しだけ拡大するつもりでいたのだが、皆さんはポストメディウムの概念を、狭義の美術の領域にとどまらない中間的なものとして捉え、それを直接性の方向に向けて拡大しておられた(すなわち、クラウスの言説がメディウム固有性を批判しながらも、最終的にはポストメディウムという概念で芸術の領域を守ろうとするものであったということか)。この流れは事前にある程度予想していたとはいえ、ここまでラジカルに話が進むというのは予想以上だった。メディウムの中間性・直接性が議論のなかで中心化されることによって、シンポジウムのなかで具体的な作家・作品として俎上に上げられるのは、竹久氏の報告にあった「1:震災以降の社会に関わる作品」と、私の報告にあった「2:松本の作品にみられる、映像の記録性に対する批判」となる。

リピット氏の整理によれば、私が取り上げた60年代〜70年代と、竹久氏が取り上げた震災以降では、状況とメディアの使い方に違いがあるという。60年代〜70年代の松本においてそれは現実に対する「抵抗」であり、それ故に松本は現実を変容=二重化して表現したといえる。対して震災以降においてそれは、現実を「回復させる、組み立て直す」ものであり、メディウムはより直接的なものとして使用される。これはその通りだと思う。また、後者のような映像の使用とは、初期ビデオアートにおいて「ビデオひろば」などが行っていた、先駆的な社会運動プロジェクトを連想させるものだと思う。(これについては、竹久氏の回答よると、報告のなかで紹介された藤井光などは、中谷芙二子の仕事を参照しているという。)

さて、この話のなかで私は門林氏から、松本の記録性への批判と、震災以降における直接的な映像作品の関係についての見解を問われたのだが、やや曖昧な回答をしてしまったような気がするので、もう少し整理してここに書いておく。松本は、過去に私が行ったインタビューのなかで、「ビデオひろば」等による社会的メディアとしてのビデオの使用について、ある立場から疑問を述べていた(「初期ビデオアート再考」所収のインタビューを参照のこと)。これは松本にとっては、社会的メディアとしてのビデオの使用が、記録者の眼前にある現実を無批判に捉えてしまいかねない、危うくナイーブなものとして映ったということだと思う。ここで松本が批判対象としているのは、本質的には記録者の意識内部における、現実に対する固定的な物の見方そのものである。50年代〜60年代初頭の教育映画・記録映画において問われたリアリズムの問題を踏まえるならば、松本がこの立場から社会的メディアとしてのビデオに疑問を感じたことは理解できる。

しかし、このような松本が問題とする記録性に対する批判と、「ビデオひろば」による社会的メディアとしてのビデオの使用(および、その系譜上にあるといえる震災以降の現代美術家による映像作品)では、問題のレベルが一段異なるようにも思う。松本は社会的現実を映像において変容=二重化しているが、それは時代的な桎梏ともいえるかたちで芸術が要請されてきた政治的・社会的実効性を否定した、表現のレベルにおける抵抗であった。それに対して社会的メディアとしてのビデオの使用とは、映像を生活のレベルに降ろして、より直接的な営為のなかで使用するというものである。この両者の異同については、まだ深く考察した訳ではないので今後も考えてゆきたいと思う。

その他にも、メディウムを中間的・直接的なものとして捉えることについての理論的な応答が、主に門林氏、リピット氏、会場の方々のあいだで行われたが、それらを安易にまとめることは控えておく。ただ、一連のリピット氏の発言は、大変刺激的なものだったので、もっと深く掘り下げて聞いてみたいと思う。また、会場の方々の質問のなかでは、飯村の作品における身体性や、牧野の作品におけるデジタル環境下での指標性の問題についても触れられていたのだが、それについても、今後考えてゆきたいと思う。

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