ひどく嫌なことを忘れようとする選挙

2年半前にあった、ひどく嫌なことを忘れようとする選挙。斎藤環は来週にもさっそく今回の参議院選挙を「震災忘却選挙」と呼ぶことになるのだろう。原発を推進し、憲法の役割を反転させようとする政党に賛成する人が大半なのだとすれば、もう勝手にすればいいと思う。原発事故は忘却され、なし崩し的に憲法改正が推し進められ、社会の多様性は削がれてゆく。それが国全体をリスキーな方向に向ける行為にしか見えなくとも、多数がそれを選び取るのだとすれば、もう仕方ない。

結局のところこれは、社会的な想像力の欠如なのだと思う。お金の有る無しは誰にとっても生活に関わる問題なので、みんな景気の先行きには関心を持っているが、原発関係の問題となると、みんなこれを自分に直接関わってくる社会的な問題として捉えようとしない。地下水から相変わらずトリチウムが検出されようとも、ずさんな管理のもとで警戒地域が解除されようとも、庭先に除染によって発生した土砂を埋められる人がいようとも、自分の生活に直接降りかかってこないのならば、それは他人事に過ぎない訳だ。次の原発事故が起こるまでは、多分この調子だろう。

憲法の問題については、現行の憲法と、与党による憲法改正案のリンクを貼っておくので、もし未読の方がいれば一度は読み比べてみて、どのような価値観のもとで与党が96条の改正を進めようとしているのか確認してみてはどうだろう。改正の議論そのものは悪いことではないとしても、背景にある価値観が丸見え過ぎる。
1:国立国会図書館 日本国憲法
2:自民党 日本国憲法改正草案(全文)
本質的に、これは9条だけの問題ではない。全体として明らかに憲法の役割は反転しており、国民を統制する方向に向かっている。ここで規範化されている価値観について、東浩紀は細野豪志との対談のなかで明治国家的な保守と評していたが、それを志向してしまう心理というのは、やはり(何十年も続く廃炉作業を含む)過酷な現実の忘却を求めてのことなのかもしれない。(ちなみにこの対談の中では「戦後リベラルではなく、明治的保守に対抗する“新しい保守”のイメージとして、明治以前のものをポジティブに参照するべき」という見解も出されていて面白い。)
DPJ-STUDIO22 #14 2013.07.17(41:00〜51:00あたり)

まあとにかく、選挙については大概うんざりなので早いところ終われといった感じなのだが、勝手にしろといいながらも、できれば社会的な想像力を少しだけ働かせて投票を行って欲しい。他人事だと思っていても、最終的に社会的なものからは逃げられないよ。

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