「狼電12」Sudden Infant, Grim, Lasse Marhaug & Paal Nilssen-Love, Burried Machine @ 落合soup

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9月15日に落合soupで催された「狼電12」を観に行った。今回のラインナップはイベント主催者であるBurried Machine、Lasse Marhaug & Paal Nilssen-Love、Grim、Sudden Infantということで、かなり豪華である。Lasse Marharg&Paul Nilsen-LoveとSudden Infantはちょうど同じタイミングで来日していた模様であり、それだけでも幸運だといえるが、更にGrimが加わっているというのが素晴らしい。大変楽しいイベントだったので、以下にレビューしたい。

Breed machine:
アナログのテープエコーを二台使用した、引っかかりながら進む不安定なループによって、機械の駆動音のようなノイズが変化してゆく。これはエフェクターを数珠つなぎにして暴力的衝動をそのまま爆発させるようなハーシュノイズとはまた違った、Esplendor Geometrico直系のインダストリアルを思わせるアプローチであり、最後まで音響的・アンビエント的な方向に傾くことなく、生身の人間に対立するような無機質に反復するノイズを聴かせてくれた。そのサウンドはいい意味で単調かつシンプルであり、実に渋く、好感を持った。

Lasse Marhaug & Paal Nilssen-Love:
ポール・ニルセン=ラヴの演奏は、2008年にPeter Brötzmann・Paal Nilssen-Love・八木美知依トリオとして名古屋でも観ている。その時の、浮沈が激しく鋭く速いドラミングは、今も強烈な印象として残っている。そのニルセン=ラヴが、Jazkamerなどで知られるノイズ作家ラッセ・マーハーグと組んで、ノイズとフリージャズを越境させたのがこのデュオである。ニルセン=ラヴはとにかく手数の多いフリージャズ・ドラマーであるが、マーハーグの捻り出すノイズ(金属缶に取り付けたコンタクトマイクを発音源として、サウンドをエフェクターで加工)が細切れ状態の断片的なものである為に、細かいパーカッションとノイズの断片が複雑な絡み合いをみせる。もしもマーハーグが直線的なノイズに終始していたとしたら、このデュオは勢いだけの凡庸なものになっていたかもしれないが、ニルセン=ラヴの持ち味を生かすようなマーハーグによる演奏が功を奏していたといえる。フリージャズとノイズは、もともと親和性の高い音楽同士であり、BorbetomagusやVoice Crackの例を挙げるまでもなく過去に様々な試みが行われて来た訳だが、マーハーグによって引き出されたニルセン=ラヴの鋭く速いドラミングは、過去のノイズ+フリージャズの試みを凌駕するものだった。

Grim:
私がノイズに興味を持ち始めて様々なライブハウスに足を運んだ90年代は、三人組だったメルツバウが大音量でエレクトロニクス・ノイズを流している時期だった。80年代初頭に始まった日本のノイズは、90年代には“意味を持たない純粋ノイズ”として発展し、国内外で典型化され、サブカルチャーの一部として認知されるに至っていた。そして、その頃Grimは1987年のリリースを最後に姿を消した状態にあった。
80年代中頃にWhite Hospitalから分裂したGrimは、初期SPKに通底するインダストリアル・ミュージックとしてのノイズの方向性を、祭儀的なパーカッションの反復とパワーエレクトロニクスの方法によって、極めて高い完成度で突き詰めていた(その一方で、アシッドフォーク的な側面までも有していた)。そのサウンドは日本ノイズによくある“意味を持たない純粋ノイズ”というよりも、ある種の社会性を含意した現在の欧州ヘヴィーエレクトロニクス勢のコンセプトに直結するものであったといえる。しかし、このようなノイズ・インダストリアルを別の可能性へと分岐させてゆく動きは、国内においてはGrimの活動停止によって中断してしまったように思う(また、White Hospitalから分裂したもう一方のユニットであるVasiliskは、その後パーカッションを主体とした民族音楽的な要素を強めてゆく)。
やがて、2009年末にGrimは突如として活動を再開する。また同年にはHaang Niap Recordsからの過去音源コンピレーションCDのリリースや、2011年にはVinyl-on-demandからの過去音源全収録の3LPボックスのリリースが続いた。活動再開後のコアメンバーは小長谷淳を中心として、ギターに前川大輔、ドラムに大和田悠介というのが基本的な編成であるようだが、メタルパーカッションとしてLinekraftの大久保正彦が参加したことが、Grimのインダストリアルな側面を強化することに貢献したといえる。
この日の演奏は三曲。ドラムとメタルパーカッション(ドラム缶、及びスプリングを組み合わせた金属ジャンク類)が同じタイミングで打ち鳴らされて、ギターがノイズ混じりのシンプルなリフを繰り返し、小長谷が擬声語のようなアジテーションを取るというのが基本的な構造であり、楽曲によってテンポやリフが異なる(特に二曲目などは、プリミティヴ・ブラックメタルのようなキャッチーなリフであった)。これによって、Grimのアートワークから連想されるような疑似宗教的・疑似祭儀的な高揚感が生み出される。典型化された日本のノイズとは別の分岐を辿った特異なユニットであると思うので、是非ともライブに立ち会ってもらいたい。

Sudden Infant:
この日のメインアクトは、Schimpfluch Gruppeのメンバーでもあるジョーク・ランズによるSudden Infantである。Sudden Infantは過去に何度も来日しているが、今までタイミングが合わなかったので今回観るのが初めて。Schimpfluch Gruppe関連のユニットということで、サウンド的にはカットアップされたコラージュと、激しいアクションによるノイズになるだろうと予想していた(もちろん、このカットアップや身体的なアクションといったものは、あくまでサウンドの表層的な特徴に過ぎず、Schimpfluch GruppeやSudden Infantの表現を支えるものは、現代美術寄りのコンセプチュアル性にこそある訳だが)。
Sudden Infantが使用する機材はサンプラーとエフェクター類のみで、極めてシンプルなもの。これらの機材を傍らの机に並べて、マイクの前に直立したジョーク・ランズは、緻密に構成されたパフォーマンスを30分ほど展開した。それは純粋に音楽的な意味での演奏行為というよりも、演劇的構成のなかにノイズ演奏+ヴォイスパフォーマンスを組み込んだものである。事前に構成されたシークエンスごとにサンプラーから様々な音源がコラージュされ、詩的なテクストを読み上げながら、激しくも表情豊かなヴォイスパフォーマンスが展開される。場面によってはあらかじめ声を吹き込んだテレコや、小道具も使用されていた。意識によって抑圧された、無意識下の幼児的精神を引き出すようなコンセプチュアルなパフォーマンスは大変ユニークであったが、その一方でノイズのライブ演奏としても完成されたものであった。

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