本日の散財

・北澤憲昭:編 – 美術の日本近現代史―制度 言説 造型
・堀潤之, 菅原慶乃:編 – 越境の映画史
・ハル・フォスター – 第一ポップ時代
・水野忠夫:編 – ロシア・フォルマリズム文学論集 揃
・表象08 – 特集:ポストメディウム映像のゆくえ
・Muslimgauze – Chasing the Shadow of Bryn Jones 1983-1988 / 10LP+10″+CD
・Muslimgauze – Uzi / LP
・Muslimgauze – Jazirat-Ul-Arab / LP
・Muslimgauze – Hamas Cinema Gaza Strip / CD
・Muslimgauze – Izlamaphobia / 2CD
・Muslimgauze – Re-mix vol.3 / CD
・Muslimgauze – Veiled Sisters Remix / CD
・Muslimgauze – Zealot / 2CD
・Muslimgauze / Systemwide / Sound Secretion – Classics Selection / CD
・Esplendor Geometrico – En-Co-D-Esplendor / CD
・The Grey Wolves / Genocide Organ – Absolute Truth / 12″
・Strength Through Joy – Salute To Light / 2CD
・Illusion Of Safety – Cancer / CD
・Millie & Andrea – Drop The Vowels / CD

四月下旬までの散財。「美術の日本近現代史」は、日本美術史の前提を制度論的に捉え直そうとする野心的な大著。少しずつ読もうと思う。「越境の映画史」には、堀潤之氏のマルケルについての論文『「東洋」から遠く離れて—クリス・マルケルによる中国・北朝鮮・日本』が収録されていた。親密にして異質なものとの戯れにおいて、映画作家マルケルの越境を論じている興味深い内容。あとは、近頃出版が相次ぐハル・フォスターの「第一ポップ時代」も興味を惹かれた。ロシア・フォルマリズム論集は、もう少しこの運動について勉強したいので、古書店で揃いを探して安価で入手した。「表象08」については、私の拙文はともかく、どうぞよろしくお願いします。

次に、個人的な愉しみとしての音楽関係の散財について。今月購入したレコは、見事にムスリムばっかり。ハードミニマルな四つ打ちの入ったムスリム、ルーツレゲエ/ダブっぽいリズムのムスリム、民族楽器によるパーカッションが打ち鳴らされるムスリムなど…本当にムスリムは表現の幅が広くて面白い。聴けば聴くほど抜け出せなくなる。EGのリミックス集も、ムスリムのリミックス目当て。レーベルにプレオーダーしたThe Grey WolvesとGenocide Organの12″は、ライブではよく一緒にやっているが恐らく初の共作。私が今尚関心を持つことが出来る狭義のノイズとは、ハーシュや実験音楽っぽいノイズではなく、このような、現実性に抵触するものとしてのノイズとなる。これについては、月末にポール・ヘガティの「ノイズ・ミュージック」が出版されたら、少し続きを書きたい。Strength Through Joyは、Ostaraのメンバーが過去にやっていたネオフォーク/マーシャル・インダストリアルのユニット。部分的にOTWATMによく似ている。Illusion Of Safetyは、昔、ジム・オルークが在籍していた映画的なコンクレートノイズ・ユニット。これがTescoからリリースされていたというのも興味深い。Millie&Andreaは、近年のインダストリアルなクラブミュージックの中心的なアーティスト同士の共作。以上、レーベルにプレオーダーしたレコ以外は、大体ユニオンで救い上げた。

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11/13

半年近く中断してしまいましたが、このエントリーで去年11月のマルセイユ旅行の記録は終了です。ついでに過去に書いたエントリーも上げ直しておきます。


明日帰国なので、この日はパリを大急ぎで観て回る。午前中に一般的な観光をして、午後から個人的好みに合致した観光を楽しむという算段である。幸いな事にこの日は快晴。朝早く凱旋門に移動し、そこからスタートして周辺の観光名所を歩いて回る。自分を含めてアジア系観光客が多かった。午前の観光の締めとして、ベンヤミンに絡めてパサージュを実際に見てみたくて、ギャルリ・ヴィヴィエンヌも観に行く。
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午後からは、どんな施設なのか確認したくて、少し離れたところにあるシネマテーク・フランセーズに移動。映画を観る時間はないけど、しばらく展示を観たり(コクトーに関する展覧会を行っていた)、ショップをチェックしたりする。
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その施設の印象に妙に納得しながらシネマテーク・フランセーズを後にする。次に向かったのは、Re-Voirである。実験映画専門のレーベルとしてフランス国内にとどまらず、日本でもよく知られているRe-Voirは、貧乏な衣料品店のような外観だった…。心の中で先ほど見たシネマテーク・フランセーズとの格差にやるせなさを感じる。まあ実験映画らしいといえば、らしい現実ではあるが。店内に入り、よくネット経由で注文している事を告げてスタッフと話したり、ウェブサイトで扱っていない実験映画関係のDVDを購入したりする。店内では、納品されたばかりのAdolpho ArriettaのDVDボックスの梱包と発送作業が行われていた。
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そしてポンピドゥーに移動。腹も減ってきたので、到着後、周辺の広場にあるカフェでパイとコーヒーを頼んで一服。
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この時点でまだ午後3:00くらいだったので、閉館までかなり余裕がある。この時期のポンピドゥーは、ちょうど興味深い展覧会をまとめて開催していたので、フリーのチケットを購入して、「LE SURRÉALISME ET L’OBJET(シュルレアリスムとオブジェ展)」、「MODERNITÉS PLURIELLES DE 1905 À 1970」、「PIERRE HUYGHE」、そしてオープンスペースの「PLANÈTE MARKER」を全部観ることにした。「シュルレアリスムとオブジェ展」は、シュルレアリスムの彫刻、オブジェに焦点を当てた、12の展示室から構成される大規模な展覧会。映像を多用しながら、シュルレアリスム活動史における主要展覧会を特集した展示室もあり、大変勉強になった。ガラス棚にオブジェを並べた、1936年の展示(Exposition surréaliste d’objets 1936)も再現されていて、とても興味深い。展覧会に併せてフランス語のみだが、分厚いシュルレアリスム・オブジェ辞典も刊行されていた(日本語版を水声社あたりから出してほしい…)。
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「MODERNITÉS PLURIELLES DE 1905 À 1970」は広範な時代・地域を対象としたコレクション展。「PIERRE HUYGHE」は、ピエール・ユイグの作品を集めた展覧会。どちらもざっと観るに留めたが、コレクション展の中にある、ブルトンが収集していた膨大なオブジェ類だけは、興味深かったのでじっくりと観た。

「PLANÈTE MARKER」はクリス・マルケルの展覧会+上映会。地下のシアターでは、マルケルの映画はもちろんのこと、マルケル作品以外の関連上映も行われる。オープンスペースでは、映画以外のマルケル作品に光を当てるというコンセプトで、マルケルのビデオインスタレーションやCD-ROM作品、出版の仕事などが展示されている。ビデオアート作品と呼称して何の問題もないであろう、13台のモニターを使用した「Zapping Zone」(1990-1994)や、戦争や革命に関わるフッテージをカラーエフェクトによって変調した「Quand le siècle a pris formes」(1978、本来はマルチモニターのインスタレーションとして構想された作品)を観ることが出来た。
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ちなみにポンピドゥーは、館内ホールの至る所にあるコンセントを勝手に使っても怒られない。フリーのWi-fiも飛んでおり、客は皆、地べたに座ってノートPCを開いているという有様。私もしばらく地べたにあぐらをかいて、iPhoneを充電させてもらう。閉館時間になって館外に出ると、もうすっかり夜になっていたので、歩いてホテルまで戻る途中、昨日と同じ近所の店に寄って、ケバブとコーヒーで夕食。この日は本当によく歩いた。翌日は早朝にホテルを発ってシャルル・ド・ゴール空港へ移動。頼まれ物の土産類を買い込んで、特にトラブルもなく帰りの航空機に乗り込む。さすがに帰りの航空機は日本人ばかり。機内では普段なら絶対に観ないだろうタイプのハリウッド映画をぶっ通しで楽しみながら、日本に帰国した。

11/12

この日はマルセイユからパリへの移動日。瀧氏と河合氏は別のイベントに出演するために列車でパリに向かうそうだ。私は帰りの航空券を振り替えたため、空路でパリに向かう。朝早くから準備を整え、シレイラ氏と記念写真を撮り、一週間のお礼を述べてから、迎えにきたタクシーでマルセイユ・プロヴァンス空港に向かう。なんとタクシー代までもザンスタン・ビデオの人が払ってくれたので、本当に頭が上がらない。

マルセイユ・プロヴァンス空港には、フェスティバル帰りの作家の姿もちらほら見える。タルトとコーヒーで一服して、検査を終えてから搭乗口に向かうと、別便の出発を待っているマイケルさんに偶然会った。しばらく雑談するが、日本に戻ったら海外テレビ局の仕事で、またすぐに福島の旧警戒区域へ行くらしい。他にも、マルセイユに着いたときに一緒に車で移動したギリシャのStamatis Schizakisと、興味深い作品を観せてくれた作家であるMarianne Strapatsakisとも偶然会ったので、いろいろと聞きたかったことを質問する。その後は、土産物のマルセイユ石鹸を品定めしたりして時間を潰す。マルセイユは実に良いところだった。再訪できればいいなと思いつつ、シャルル・ド・ゴール空港へ移動。パリはあいにくの曇り空で小雨がぱらつく天気。地下鉄で北駅まで移動し、駅近くに取っておいたホテルに荷物を置きに行く。もちろんパリは初めてだったのだけど、とにかく建物の低さと古さが印象的だった。マルセイユのような異国情緒が全くないところも地域差を感じる。以下、ホテルから北駅方面を眺めた写真。
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ホテルで一息つくと、もう時間は午後4:00くらいになっていたので、知人宛にマルセイユで買った絵はがきを書いて、グーグルマップを頼りに郵便局に投函しに行く。ついでに、近所にあった安い店でケバブとコーヒーを頼んで夕食。その後、ノートルダム大聖堂まで歩いて行って、内部をしばらく観光する。
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そして、観光を終えてホテルに戻る。いつも旅先で雨に打たれて風邪をひくので、今回はそうならないように暖かくして早めに就寝。

11/11– 2

この日は午後2:00から「Terr(h)istories of video arts : Iceland」と題された、アイスランドのビデオアート特集上映からはじまる。このプログラムに含まれる作品の多くはインスタレーション向きの短い映像であったようだ。ストーリ的要素もなく、複雑なコンセプトもない、シンプルな作品ばかりだった。ちょっとシンプルすぎて物足りない気もするが。次のサイト(http://madatac.es)で大半の作品のスチルを見ることができます。印象に残ったのは以下の通り。

・Dodda Maggy – Minerva (2013, 2’)
暗闇を飛ぶフクロウ。カラー/サイレント。

・Sigrún Harðardóttir – Gaia Breathing (2011, 2’20)
水面が収縮する映像。カラー/サウンド。Vimeoにて観られます(http://vimeo.com/55512066)。

・Sigrún Harðardóttir – Glasshouse (2010, 4’47)
荒廃した飼育舎にて野鳥が飛び交う。カラー/サウンド(フィールド音+アンビエントなドローン)。Vimeoにて観られます(http://vimeo.com/63853006)。

・Sigrún Harðardóttir – Gaia in Action (2011, 2’20)
スローモーションで撮影された火山の火口の映像。カラー/サウンド。

・Steina Vasulka (with Woody Vasulka) – In the Land of the Elevator Girls (1989, 4’)
日本で撮影されたヴァスルカ夫妻の作品。エレベーターガールの乗ったエレベータのドアが開閉し、その度に異なった(典型的な日本文化の表象としての)外の風景がビデオ合成される。カラー/サウンド。

・Elísabet Brynhildardóttir – Prevaling Rhythm (2012, 2’)
吹雪の中を進む除雪車の様子。カラー/サウンド。

・Sally & Mo – Wuthering Heights (2010, 6’37)
カッパを来た裸の女性二人が、川の中に歩みを進める。そして、草原に置かれた、回転する扇風機のショットに繋げられる。カラー/サウンド(ヴァイオリンによる演奏)。

・Sigrún Harðardóttir – Gaia in Streaming (2013, 2’20)
暗闇の中で流れ落ちる瀧。カラー/サウンド。

午後3:30からは「Terr(h)istories of video arts : Cuba」と題されたキューバのビデオアート特集上映があったが、あまりしっかり観られなかったので割愛する。ただ、思ったほどの政治性は感じなかった。それに続いて午後4:30からは「Terr(h)istories of video arts : South America」と題された南米のビデオアート特集上映となる。社会的・文化的背景のなかにある残酷さを捉えたような作品が多かったのが興味を惹いた。

・Clemencia Echeverri – Juegos de Herencia (Colombia 2011, 6’ )
村落で行われる祭儀を撮影した作品。地中に頭だけ出して埋められた鶏。タオルで目隠しをした村民は、祭りの高揚のなかで鶏を殺す。その暴力は、単なる享楽として消費されるようなものではなく、より歴史的なものと関連付けられている。カラー/サウンド。

・Tomas Ochoa – Indios medievales (Equator 2010, 6’)
背広姿の男性が、古来からある柄杓による水責めの拷問を受けるという作品。植民地にまつわる歴史的背景の隠喩が織り込まれていると思われる。モノクロ/サウンド(聖歌)。

Ivan Marino - A woman on the trapeze
・Ivan Marino – A woman on the trapeze (Argentina 2012, 7’)
本来は3チャンネルのビデオアートとして制作された作品。荒廃した屋内における三つのポイントで、パフォーマーの女性が壁に吊るされる。そして、吊るす部位や方法を変えることによって、奇妙な空中ブランコを思わせるバリエーションが、機械的に展開されてゆく。不穏な、まるで絞首刑のような状況下において、機能を奪われて重力に従う身体の奇妙さ。回しっぱなしのパフォーマンス映像としてではなく、映画的な細かいフィックスショットの積み重ねによって作品を構成しており、ひとつのスクリーンで映画的に観ても引き込まれる。非常に印象深い。カラー/サウンド(機械的なノイズ音)。

・Charly Nijensohn – Dead Forest Storm (Argentina 2009, 5’)
ダム建設によって、祖先からの土地を追われた人々の存在を隠喩する作品。豪雨のなか、湖面に浮かぶ板の上に立つ人物。その光景を遠方より撮影する。カラー/サウンド(雨音)。

Oscar Farfan - Tierra Arrasada
・Oscar Farfan – Tierra Arrasada (Guatemala 2009-10, 8’)
何の変哲もない山中を撮影したショットが次々と映し出され、そこに80年代のグアテマラで起こった武力紛争と虐殺にまつわるエピソードが折り重ねられる(Wiki グアテマラ内戦)。同じコンセプトの写真作品も制作しているらしい。カラー/サウンド。

・Maya Watanabe – A-Phan-Ousia (Peru 2008, 5’)
様々な映画からサンプリングされた音声(台詞)が、一人の女性の口の動きに合わせて当てられる。カラー/サウンド。

・Roberto Bellini – Notas de uma Encenação (Brazil 2008, 15’)
テキサスのゴリアド郡で開催されている、1936年のテキサス革命のなかで起こったゴリアドの虐殺にまつわる地元行事のドキュメント(Wiki ゴリアドの虐殺)。カラー/サウンド。

午後5:30からは「Terr(h)istories of video arts : Quebec」と題されたケベックのビデオアート特集上映となる。興味深かった作品は以下の通り。

・Frank Vitale – Hitch-Hiking (1972, 15’) (extract)
駅に停車している貨物列車に忍び込み、無賃乗車(トレインホッピング)を行う少年。作家はポーターパックを手にして、この少年のヒッチハイク旅行に同行する。行き先の分からないまま、走る列車に揺られながらのんびりと吹き鳴らされるハーモニカ。観ていて気持ちのよい作品。初期のビデオアートが、ヒッピー的な文化圏のなかで広まっていたことがよく理解できる。この日の上映は抜粋だったが、作品にはこれとは別のパートもあるようだ。モノクロ/サウンド。

・Donigan Cumming – Culture (2002, 17’)
病床にある、入院中の老人のアパートを訪ねて、その所持品を探索する過程を撮影したドキュメント。老人の自室はひどく荒廃しており、彼の過去を示す品々や写真は、ゴミや腐敗物のなかに埋もれている。そのような、埋もれつつある個人史的なものとしての「文化」を作家は掘り起こしてゆく。カラー/サウンド。次のサイト(http://www.vdb.org/titles/culture)で一部を観ることができます。

その後、閉会の挨拶とライブ演奏込みのパーティーが催された。ここのフェスティバルは、毎晩大変旨い料理が観客に振る舞われる。高級料理ではないが本当に旨い港町の料理であり、満たされた気分になる。酒に弱いのでワイン一杯で酔っぱらいながら、ケイトさん、マイケルさん達と談笑。同じテーブルには何人かの作家や研究者が座っていたのが、そのうち一人がフランスのビデオ作家であるジャン=フランソワ・ギトンだったので驚いた。彼は2002年に来日して京都で上映会をやったことがあり、上映会後に一緒に飲んだ覚えがある(すっかり顔を忘れていた)。そのまま京都の思い出話を聞く。さらに話題は、クロアチアにおける実験映画とビデオアートの差異、ケイトさんが昔取り組んでおられた日本の同性愛文化についての研究、海外の人たちから見て日本の原発事故がどのように映っているのか等々、とめどなく広がってゆく。当時はオリンピック開催地の決定前で、東京招致委員会の「福島は東京から250キロ離れており、皆さんが想像する危険性は東京にない」という馬鹿馬鹿しい発言があった時期だったので、それをネタにしたら海外の人たちには馬鹿受けだった。

しばらくすると、クロージングイベントとして、瀧氏の“テレビの呼吸を聞く”というパフォーマンスが行われた。これはブラウン管に亀裂を入れて、気圧差から発する空気音を聞き取るというもの。以下、パフォーマンスの様子とその残骸。
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また、会場にはビデオアートの原点としてのポーターパックも展示されていた。改めて象徴的な機材だと思った。(その一方で、この文脈だけでは実験映画を掬い上げることができないことも再確認した。)
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零時を回った頃に、スタッフの皆さんと記念写真を撮って、会場を後にする。今回はザンスタン・ビデオの皆さんには本当にお世話になった。また、ケイトさん、ヤンさん、マイケルさんにも感謝。

11/11– 1

マルセイユ五日目の朝。シレイラ氏も外泊から帰宅しており、皆揃っての朝食。スケジュールを変更したので、マルセイユを観光できるのはこの日の午前中が最後となる。そこで、旧港周辺の美術館は昨日までにひと通り観て回ったので、この日はスタンダードにコルビュジエが設計したユニテ・ダビタシオンを観に行くことにする(もう一つの候補、ラ・シオタ駅は思ったより遠かったので却下)。マルセイユ郊外にある高層公営住宅ユニテ・ダビタシオンは、その最初の建築物となるもので、建築については門外漢の私ですら知っているような、マルセイユの観光名所である。

郊外にあるため、サン・シャルル駅まで徒歩で移動し、そこから地下鉄に乗って移動。数分で目的の駅に到着し地上に出る。マルセイユは中心部は古い石造りの建物が多いが、郊外に出るほど比較的新しい高層建築が目立ようになる。呆れるほどに空が青い。しばらく歩いてユニテを探すが、実に爽快だった。10分ほど歩いて、それらしい建築が見えてくる。以下、ひたすらユニテの外観・内部・屋上の写真。

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帰り道、地下鉄の切符を買う小銭を作るために街頭のカフェで一服。
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11/10 – 2

さて、午後5時からの日本のビデオアート特集「Terr(h)istories of video arts : Japan」であるが、これは2013年3月に東京のアンスティチュ・フランセで上映したプログラムを元に組み直したものである。一つでも多くの作品を上映したいと思って、上映時間が長い作品については作家の許可を得て、抜粋上映とさせてもらった。また、マイケルさんのトーク時間をなるべく長く取るようにした。マイケルさん曰く「自分のような海外から移住した作家は、どちらの国の歴史にも含まれなかった」というのが実情らしいので、マイケルさんの来日前の活動と、その後の日本のビデオアートの展開を繋げるような形で、こういう機会を持つことができたことは、本当に良かったと思う。

まず、マイケルさんが参加していたカナダのビデオアートブループ〈インターメディア〉の活動を紹介して頂いてから、簡単な解説の後、日本のビデオアートプログラムを上映した。パンフレットにある上映プログラムは初期案のもので、最終的な上映プログラムは以下の通り。初期案は出光さんの作品と河合氏の作品のあいだに、80年代~90年代の作品を組み込んだものだったが、直前になって少し考えが変わって、震災・原発事故以降の状況におけるビデオアートの社会的意義を提起してみたくなり、80年代の作品をカットして、前田真二郎氏企画の『BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW』から、震災以降に制作された2作品を加えてみた。河合氏の質疑も盛り上がり、プログラム終了後に観客から『BY&T』について話しかけられたりと、レスポンスは良かったので、うまく日本のビデオアートの全体像をコンパクトにプレゼンテーションすることが出来たのではないかと思う。英仏の翻訳を行ってくれたケイトさんとヤンさんに感謝。

・Michael Goldberg – Intermedia sampler 1972 (2 minute)
・Katsuhiro Yamaguchi – Image Modulator  1968 (1 minute)
・Kohei Ando – Oh My Mother  1969  (extrait de 4 minutes)
・Katsuhiro Yamaguchi – Eat  1972  (1.5 minutes)
・Nobuhiro Kawanaka – Play Back  1972  (1 minutes)
・Fujiko Nakaya – Friends of Minamata Victims (extrait de 5 minutes)
・Toshio Matsumoto – Mona Lisa  1973  (3 minutes)
・Tatsuo Kawaguchi; Saburo Muraoka; Keiji Uematsu – Image of Image-Seeing  1973  (extrait de 4 minutes)
・Ko Nakajima – My Life  1976  (extrait de 3 minutes)
・Takahiko Iimura – Camera, Monitor, Frame  1976  (extrait de 4 minutes)
・Mako Idemitsu – Another Day of a Housewife  1977  (extrait de 3 minutes)
・Masayuki Kawai – About a Theological Situation in the Society of Spectacle  2001  (6.5 minutes)
・Shinjiro Maeda – BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW #09 ONAGAWA  2011  (5 minutes)
・Ikeda Yasunori – BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW A Quiet Day  2011  (5 minutes)

そして、一仕事終えた脱力感のなか、午後8:45からのクロアチアのビデオアート特集「Terr(h)istories of video arts : Croatia」を観る。近年の作品がかなり多い。興味深かった作品は以下のとおり。

Goran Trbuljak - Untitled (Cut)
・Goran Trbuljak – Untitled (Cut) (1976, 0’30)
ポーターパックの、回転するオープンリールを鋏で切る。サイレント/モノクロ。

・Sanja Iveković – Personal cuts (1982, 3’44)
ストッキングを頭にかぶった女性が、鋏でその一部を切るパフォーマンスを行う。切断の度に、ヨシップ・ブロズ・チトーについてのTV番組から取られたファウンドフッテージが挿入されるという政治的な作品。カラー/サウンド(一部でフッテージ元のサウンド)。MoMAのサイト(http://www.moma.org/explore/inside_out)にて全編を観られます。

・Zlatko Kopljar – Love Shot (1996, 3’24)
暗闇で撮影されたノイズ混じりの映像。男が弾丸をポケットに入れて、夜道をドライブする。そして銃に弾をつめて、野外の暗闇に向かって撃つ不穏な作品。この弾丸には多国籍の言葉で「Love」と彫られており、作家のコンセプトによると、「Love」と刻まれた弾丸が、大地に落ちて新たな芽を出すとされるが…それにしては不穏すぎる。モノクロ/サウンド。作家のサイト(http://kopljar.net/projects/love-shot)にて、スチルを観る事ができます。

・Ivo Dekovic – Ivan has no need of TV (1997, 9’52)
71歳になる盲目の老人が、月夜にオリーブを獲りに行く。それに同行したドキュメント。映像は殆どが暗闇によって占められる。カラー/サウンド。

・Slaven Tolj – Nature & Society (2002, 4’)
トナカイの角を持った作家が、それを頭に当てて両手に持ち、壁に向かって打ち付けるというパフォーマンスの映像。カラー/サウンド。

・Nadija Mustapić – An Afternoon Without Gravity (2011, 15’35)
2面のスクリーンにて、廃墟のなかを歩く女性の様子が映し出される。左右のスクリーンは別アングルからのショットとなっており、被写体の運動は重層化されることになる。本来はインスタレーションとして上映される作品のようなので、この日観たスクリーン上映版ではなく、インスタレーション版の記録を貼っておく。カラー/サウンド。詳細は作家のサイト(http://www.nadijamustapic.com)を参照のこと。

・Tanja Deman – Abode of Vacancy (2011, 6’55)
モダニズム建築が生み出す空間性に着目し、フィックスショットで撮影した作品。本来はインスタレーションとして、ループでの上映が想定されている。モノクロ/サイレント。インスタレーション版は作家のサイト(http://www.tanja-deman.com)を参照のこと。

Video Feedback
この日最後のプログラムとして、午後10:30からは「Video Feedback (Live Performance)」と題された河合政之氏のビデオ・パフォーマンスが、巨大な三面スクリーンが設置されたホールにて行われた。アナログのモニターとビデオカメラのフィードバックを基本マテリアルとして、PCを一切使用せずに、ビデオエフェクターやビデオミキサーを駆使しながらノイズ的な電子的映像を生成するというパフォーマンスである。ビデオフィードバックの再帰的な特性のなかで、ランダムなエラーが際限なく増大し、グラフィカルな視覚性と構成を持って立ち現れる。このような説明からは所謂VJパフォーマンスに似たものを想像するかもしれないが、コンセプトとしてはそれと真逆であり、テクノロジーの制御からはみ出したエラーそのものと戯れる、批評性を持ったビデオ・パフォーマンスだったといえる。

11/10 – 1

マルセイユ4日目の朝。シレイラ氏は昨晩より外泊中なのだが、朝起き出してみると、既に瀧氏がこのレジデンスでは定番の近所のパン屋特製のクロワッサンを買ってきてくれていた。心底感謝する。

皆で朝食をとったあと、この日の午前中もやっぱりマルセイユを歩き回ることにして、早々に一人で出発する。この日は旧港の左側を歩いてみようと思って、サン・ニコラ要塞を目指す。(旧港の入り口の両端には二つの要塞があって、海に向かって右がサン・ジャン要塞、左がサン・ニコラ要塞となっている。)サン・ニコラ要塞の中には入れなかったが、高台から旧港全体を見下ろすことができる。
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次に、要塞の側にあるサン・ヴィクトール修道院に向かう。ここは5世紀に遡るらしい古い様式の修道院で、3ユーロを払えば地下礼拝堂を見学することができる。地下礼拝堂には石棺や黒いマリア像などが安置されており、薄暗く不思議な空間だった。
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次に土産物のマルセイユ石鹸などを吟味しながら、旧港をぐるっと回って、「マルセイユ=プロヴァンス2013」のメイン会場である、巨大倉庫を改装したJ1に向かう。
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ここでは12月22日まで、ル・コルビュジェ展「LC au J1. Le Corbusier et la question du brutalisme」が開催されている。雨が降り出しそうだったので、駆け足で移動して、何とか降られないで済んだ。展覧会の内容は、森美術館でやっていたような建築に焦点を当てたコルビジェ展と比較して、絵画や彫刻が多数展示されているのが興味深い。マルセイユの人たちにとってのコルビジェとは、地元の誇りに結びついてくるような人物なのだろう。多くの人で賑わっていた。(公式サイトは次の通り http://www.mp2013.fr/le-corbusier/)。

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展覧会を観終わった辺りで雨も止んで、ちょうどいい時間になったので、フリッシュ・ラ・ベルドメに引き返す。

ところで、私は13日までマルセイユに滞在して、オランダ経由で帰国する予定だったのだが、よくよく考えるとザンスタンビデオの会期自体は11日までである。なぜ13日まで滞在する事にしたのか、旅程を決めた時期が忙しかったこともあって、正直よく憶えていない。多分、深く考えないで思いつきで決めたのだろう…。なので、この日になって「そうだ、パリにも寄ろう」と決めた。今回の旅費は補助金から出ており、滞在費も先方が持ってくれている。ちょっと恵まれ過ぎなので、パリに寄る分くらいの旅費は自腹で負担してもいいや、と考えてのことである。

という訳で、フリッシュ・ラ・ベルドメに戻って、流暢なフランス語を操るマイケルさんに助けてもらいながら、エールフランスと直接交渉して、航空機のチケットを変更するなど諸々の手続きを済ませる。そのため、午後2:00からのアルゼンチンのビデオアート特集「Terr(h)istories of video arts : Argentina」と、午後3:00からのイランのビデオアート特集「Terr(h)istories of video arts : Iran」は一部しか見られなかった。しかし、観る事ができたアルゼンチン特集のなかで興味深い作品が一本あったので、それについてはレビューしておく。

Sebastián Díaz Morales - Insight
・Sebastián Díaz Morales – Insight (2012, 10’)
本作もまた昨日のスイス特集で観た作品と同じく、歴史的な意味でのビデオアートらしさ(メディアへの批評性や、ポストモダン的な混交性)よりも、別の文脈——本作の場合はショートムービーではなく、実験映画的な文脈だが——の影響を感じさせる作品だった。まず、ビデオカメラレンズ部のクローズアップから作品はスタートする。それが徐々にズームアウトしてゆき、この場の状況が、映画撮影クルーの様子を撮影しているという状況であることを観客は理解する(ほとんど静止したかのような超高速撮影で捉えられている)。次に、突然画面に亀裂が入り、この映像そのものが鏡に反射した像だったことが明らかになる。鏡の砕け散る様子が、超高速撮影で緻密に捉えられる。次に鏡に反射していた実体としての映画撮影クルーの様子が画面に映し出される(ちなみに、実体なので左右が反転している)。そのフレームは徐々にズームインしてゆき、スタートと同じくビデオカメラレンズ部のクローズアップに到達する。そして作品は終了する。虚像と実像の関係、視覚的制度の脆さをコンセプトとした点で興味深い作品。ハイビジョンで撮影されているので、超高速撮影によるスローモーションが莫大な情報量をもって視覚を圧倒してくる。カラー/サウンド(ドローン)。本来はインスタレーションとして提示されることを想定した作品であるようだ(公式サイトは次の通り http://www.sebastiandiazmorales.com/sebastiandiazmorales/Insight.html)。

午後4:00過ぎからはモロッコのビデオアート特集「Terr(h)istories of video arts : Morocco」があったのだが、通訳の方々との打ち合わせのため、これも観る事が出来なかった。この日、通訳してくださるのは先日紹介されたケイトさんと、この日初めて紹介されたヤンさんという方。ヤンさんの自己紹介は、いきなり「はじめまして、元ヤンのヤンです」というもので、そのスラング混じりの駄洒落センスに大変親しみを覚えた。という訳で、午後5:00からの「Terr(h)istories of video arts : Japan」が始まった。

つづく。