11/7

11月7日は快晴。あたりが明るくなってからレジデンスを見渡すと、昨日はよく分からなかったが、レジデンスオーナーのシレイラ氏の生活環境の良さに驚く(経済的な意味での豊かさとはちょっと違う)。このヴィラ47は工場跡地にオープンしたギャラリー+アーティスト向けレジデンス+オーナー住居であり、すべて彼の手作り建築。彼は、もともとインテリアデザイナーだったらしく、細かいところまでセンスがいい。ひろびろとしたギャラリー空間の壁には現在展示中の作品が掛けられていて、ここがキッチンやリビングも兼ねている。離れの三部屋が我々日本勢の宿となる。ひと言でいうと、作家のアトリエに泊めてもらっている感じだ。毎朝8時にはシレイラ氏がコーヒーとクロワッサンを準備してくれる。食卓には手作りのジャムなどが並んでおり、これをスキンヘッドで厳つい風貌の彼が作っているのかと思うと、少し面白かった。
IMG_1918

そして、午前中からフェスティバル会場であるフリッシュ・ラ・ベルドメに徒歩で向かう。徒歩で15分くらい。マルセイユは治安が良くないとい脅かされていたので若干ビビっていたが、それ程でもないかもしれないと思いながらタギングだらけの駅沿いの路地を歩いて行くと、車上荒らしに遭った車の残骸なんかがあったりする。…まあ、大丈夫だろう。ほどなくして目的地に到着。
IMG_1923

フリッシュ・ラ・ベルドメは元々はタバコ工場で、それが今では文化施設として活用されているらしい。〈ザンスタン・ビデオ〉の事務所を訪れてから、上映プログラムやパフォーマンスが行われるメインホールを下見。そしてパフォーマンスの準備に取りかかる河合氏と別れて、敷地内をうろうろと見て回る。巨大な敷地内には〈ザンスタン・ビデオ〉のような非営利組織の事務所、立派な展覧会場、ホール、レストラン等があり、グラフティだらけの敷地内は一種の文化的コミューンのような雰囲気。何故かボウルまで設置された本格的なスケーターエリアまであったりする。マルセイユ市は今年、「マルセイユ・プロヴァンス2013」という芸術・文化プログラムを実施する国際的イベントを開催している。そのために市内では、近年多くの文化施設がオープンしているそうだ(次のサイトを参照のこと:http://jp.rendezvousenfrance.com/ja/discover/50942)。
IMG_1934
IMG_1955

そして、2フロアを使用したビデオインスタレーションの展覧会場にも行く。ここに瀧氏のインスタレーション『Bild : Muell series』と『Living in a box』が展示されている。特に『Bild : Muell series』は、PCケースや電子機器の筐体で構成されたオブジェに、マスクをかけた映像をプロジェクションする、大掛かりで力の入った作品だった。PCケースや筐体をオブジェとして見なす手法は、シュヴィッタースのメルツを参照するものであると同時に、パイクら第一世代の作家によるビデオ彫刻を参照するものであるといえる。この点において瀧氏のこのインスタレーションは(または河合氏のアナログビデオフィードバックの試みも)、それ自体がメディアアートに統合されるデジタルメディアの高度化・均質化に反抗する、アナログ・ビデオアート的なメディア批判としての性質を持っている。また、瀧氏と同じフロアには、Taysir Batniji (Palestine)、Nisrine Boukhari (Syria)、Robert Cahen (France)、Samar El Barawy (Egypt)、Mounir Fatmi (Morocco/France)、Fred Forest (France)、Catherine Ikam and Louis Fleri (France)、Haleh Jamali (Iran)、Fernando Lancellotti (Argentina)、Kacha Legrand (France)、Pierre Lobstein (France)、Raeda Sa’adeh (Palestine)、Bill Viola (US)といった作家の作品が展示されており、エントランスにはJean-François Guiton (France)の作品も展示されている。作家の出身国を見れば明らかだが、ここには欧米圏以外、特に中近東の文脈を積極的に取り込もうとする意図が読み取れる。これは地中海に面した港町である、マルセイユという街の立地も関係しているのだろう。よって、幾つかの作品はイスラム的なモチーフを使用していて、とても新鮮であった。もう一つのフロアには、Dominik Barbier (France)による『Sun is the next tv (the apocalypse of video art)』の全室を使用した作品が展示されていた。こちらは過去の映像作品の引用と宇宙っぽい映像によって構成された、とにかく大掛かりなインスタレーションだった。
IMG_2027

その後、展示会場の屋上に上がって、マルセイユの街の景色を眺める。街の規模はフランス第二の都市という割には大きくないように思った。屋上には錆び付いたコンテナを利用したインスタ作品が設置されており、控えめな音量で環境音が流されていたので居心地が良くて、しばらくここで時間を潰した。
IMG_2035

午後7:00からオープニングがあるというので、メインホールに移動。そのまま午後7:20からの上映プログラム「Intergener’actional tributes」を観る。このプログラムはビデオアートの50周年ということを強く意識した内容で、そのビデオアート史の端緒となる作品として、ヴォルフ・フォステルの「Sun in your head」(1963)と、ナムジュン・パイクの「ローマ法王パウロ六世のニューヨーク訪問」(1965)が参照されていた。いずれも引用ありきの作品であり、この連鎖性がまたビデオアートらしいといえる。それぞれ独立した作品として捉えるには、やや引用の側面が強すぎた気もするが、今回のフェスティバルの幕開けとしては意味のあるセレクトだったといえる。

・Gustavo Kortsarz – El sol en tu cabeza (Argentina 2008, 4’)
フォステルの「Sun in your head」を引用した作品であり、テレビモニターを16mmで撮影したフォステルのオリジナルを、再びビデオに取り込んで加工(ディゾルブによるスローモーション化)・編集している。また、サウンドトラックも付け加えられていた。モノクロ/サウンド。

・Roland Baladi – Nam June’s First Tape (France 1989, 20’)
パイクの、最初のシングルチャンネルビデオ作品である「ローマ法王パウロ六世のニューヨーク訪問」へのオマージュ的作品。パイクがビデオで撮影したであろうソーホー地区を乗用車でなぞって撮影しながら、パイクおよび関係者に電話をかけて、当時の話を詳しく聞こうとするのだが、なかなかパイクに電話が繋がらなくて、最後にようやく繋がるという内容。カラー/サウンド。次のサイトで観る事ができます。http://grandcanal.free.fr/video_89_01.html

午後8:30からはホールのフロアで、イタリアのビデオアートの先駆者、ミカエル・サンバンのビデオパフォーマンスの作品を上演するプログラム「Play it again, Michele」が行われた。

・Michele Sambin – Looking for listening (Italy 1977/2013)
本作は1977年のヴェネチア・ビエンナーレで上演されたパフォーマンスの再演である。三台のモニターのうち、あらかじめ撮影された映像を再生する二台は、プレーヤー(作家本人)の演奏行為を分節化して、その部分のみを拡大して映し出している(ちなみに、モニター内で再生されるのは、1977年のヴェネチア・ビエンナーレでパフォーマンスした際に使用された映像である)。三台目のモニターはリアルタイムで、観客の眼前で実際に行われる演奏行為を映し出す。この環境のなかで、プレーヤーはモニター内で再生される自分自身の演奏を参照しながら、演奏を行う。飯村隆彦的なビデオによる身体行為の文節化および再構造化を、楽曲演奏において展開させた興味深いパフォーマンスだといえる。また、基本的にパフォーマーはチェロやサックス、声によって即興演奏を行うのだが、ユニークなことに、彼は何度も演奏を中断させてビデオカメラの側に歩み寄り、カメラを揺すったり、ズームを操作したりして、カメラを「演奏」する(この時、三台目のモニターには無人の椅子のみが映される)。これによって、メタ的構造を持っているビデオパフォーマンス全体が、その瞬間、さらにもう一段メタ的にフレーム化される。本作は、実に複雑な構造によって形成されたビデオパフォーマンスであったといえる。それでも目を瞑って耳を澄ませるならば、ここで聞かれるビデオによって分節化された行為に伴うサウンドの断片、その重なりが、一つの全体性をもって「音楽」として知覚されてしまうことに気がつく。見ることと聞くことの差異のなかで、人間の知覚が対象=作品をどのようにして認知しているのかという問題に切り込む作品であったと言えるだろう。大変興味深かった。埋め込みができないのですが、次のリンクから3チャンネル・インスタレーション版を観る事ができます。http://vimeo.com/31977893
IMG_2051
IMG_2058

その後、作家・スタッフ・観客が入り交じってバイキング形式で立食パーティー。こういうのを日本でやると、どうしてもバブル臭くなって嫌なのだが、この立食パーティーは余裕があっていい感じだった。ここで、通訳を担当してくださるケイトさんを紹介される。イギリス出身で、東京での生活を経て、現在はマルセイユに居を構えておられるという方。彼女の考え方に興味を持ったので、どうして生活の場所としてマルセイユを選んだのか聞いてみる。文化的な多様性、気候の良さ、のんびりとした街の空気など、彼女が挙げる例のひとつひとつに納得する。そうして、しばらくすると、Rochus Aust によるプログラム「Vide(ô muse)icale Performance」が始まった。

・Rochus Aust – Export cars to Mars. A world vision contest (Simutaneous visions) (Germany 2013)
Rochus Austは、彼のバンドと共に世界各地の路上や展覧会にて演奏を行っているのだが、そのライブパフォーマンスを撮影した記録映像が、今回のフェスティバルではビデオインスタレーションとして展示されている(黒いボックスに組み込まれたモニターが、会場内に10個ほど並べられている)。このインスタレーションのなかを移動しながら、Rochus Aust(トランペット)とバスクラ奏者、そしてアナログシンセ奏者が即興演奏を行う。しばらく前方に座って演奏を聴いていると、手招きされ、困った事にパフォーマンスに参加させられた。以下、ボックスの上に立って、自分の足元にある記録映像のサウンドを聞くよう指示される観客たちの図(右端が私)。
IMG_2066
1073946_644201475630687_798698103_o

その後、パイクから贈られたという韓国の民族衣装を着たジャン=ポール・ファルジェが登場し、スピーチを始める。そしてビデオアートの誕生50年を祝うケーキが会場内に配られて、皆でそれを食べる。何というか、経済的な豊かさとは違った意味での、文化的な豊かさというか、そんなものを痛感した。
IMG_2078

その後も上映などが行われていたが、時差ぼけで眠かったので零時前に一人で引き上げる。戻ってみるとレジデンスは明かりが消えて真っ暗。シレイラ氏は健康的な生活パターンを持っているようだ。そっと自室に戻って、早々に休んだ。

Advertisements