11/8 – 2

一時間ほどでFRACを見物し終わったので、フリッシュ・ラ・ベルドメへと急ぐ。しかし、やっぱり道に迷ってしまう。凱旋門周辺で方向が分からずに、しばらくうろうろする。この辺りはイスラム系の人たちでごった返しており、フランスに居るという気が全くしない。仕方なくタクシーを停めて移動。午後2:00をちょっと回ったあたりでフリッシュ・ラ・ベルドメに戻る。

会場では、「Electronic poets: Nam June Paik and Gianni Toti」と題されたプログラムが既に始まっており、ファルジエがパイクにインタビューした『Nam June’s Ark』、およびGianni Totiの遺作『Trionfo della morte et mort sans triomphe avec danses macabres』が上映されているところだった。

Jean-Paul Fargier - L'arche de Nam June
・Jean-Paul Fargier – L’arche de Nam June (1980, 22’)
パイクに様々なテーマを投げかけて、その思考を聞いてゆく。しかし、ただのインタビューではなくて、映像にはアナログ・ビデオアート的なエフェクトやワイプが過剰にかけられ、留まることなく変化してゆく。カラー/サウンド。

・Gianni Toti – Trionfo della morte et mort sans triomphe avec danses macabres (Italy, 2002, 23’)
不勉強で全く知らなかった、イタリアの政治的な詩人・ジャーナリスト・ビデオアーティストであるGianni Totiの遺作(2007年に逝去したとのこと)。チープなCGとポエトリー・リーディングの組み合わせ。カラー/サウンド。

このあたりで、フランス人の時間感覚がだいたい分かってくるのだが、基本的にプログラムとプログラムの間に休憩はなく、アナウンスも結構アバウトだ。こちらとしても休憩でダラダラしている時間がもったいないので、サクサク上映していくのには大賛成。

続けて午後3:00から、昨日、素晴らしいビデオ・パフォーマンスを見せてくれた、イタリアのミカエル・サンバンのシングルチャンネル・ビデオアート作品のスクリーニング「A pioneer in Italian video art」が始まる。サンバンの作品は、彼のウェブサイト、およびVimeoにて、そのほとんどが視聴できるので、レヴューにリンクを貼付けておく。

Michele Sambin - Spartito per cello
・Michele Sambin – Spartito per cello (1975, 4’33)
ズームやフォーカスの操作によって抽象化された小物(ピンなど)をモニターに映し出し、その映像を図形楽譜と見なして即興的に解釈し、チェロによる演奏を行う。ここでは、視覚と聴覚の関係性が問題とされている。その幾つかのバリエーション。モノクロ/サウンド。
http://vimeo.com/31967953

Michele Sambin - Oihcceps
・Michele Sambin – Oihcceps (1976, 1’18)
作家の顔が映し出されるが、波が立てられることで、それが水面に映し出された虚像であることが分かる。そして波が収まると、水面に映る作家の顔の位置が反転している。シンプルな方法で視覚と聴覚の欺瞞性を明示してみせる作品。モノクロ/サウンド(水の流れる音)。
http://vimeo.com/31367662

Michele Sambin - Un suono a testa
・Michele Sambin – Un suono a testa (1976, 4’12)
カメラは即興的に左右にパンし、七名の男女の顔がフレーム内にとらえる。これに反応するようにして、各人物に対応した楽器が即興的に演奏される。ここでも『Spartito per cello』のコンセプトと同じく、映像を楽譜と見なした即興的解釈が試みられている。ここでも、やはり視覚と聴覚の関係性が問題とされている。モノクロ/サウンド。
http://vimeo.com/31378557

Michele Sambin - 100” Per
・Michele Sambin – 100” Per (1976, 1’48)
同期のズレたモニターに映し出される縞模様のノイズを操作した映像のようにも見えるが、実はこれはオイルヒーターの接写である。サウンドもノイズのように聴こえるが、実は声によるドローンである。『Oihcceps』と同じく視覚と聴覚の欺瞞性を逆手に取った作品だといえる。モノクロ/サウンド。
http://vimeo.com/31384253

Michele Sambin - Ascolto
・Michele Sambin – Ascolto (1977, 4’11)
プリミティヴなアナログシンセサイザーの律動のなかで、カメラはゆっくりとサングラスをかけた男にズームインしてゆく。サングラスの向こうにかすかに見える眼と、サングラスに映り込むビデオカメラの輪郭。やがて、男が涙を流していることに観客は気がつく。パフォーマーの感情の動きを観客は洞察しようとするが、視覚と聴覚の乖離は、その洞察を複雑なものとする。かなり興味深い作品だと思えた。モノクロ/サウンド(電子音)。
http://vimeo.com/31539616

Michele Sambin - Il tempo consuma

・Michele Sambin – Il tempo consuma (1979, 5’13)
上下に積み重ねられたモニターの前にビデオカメラが置かれている。そのカメラから出力された映像は、下部のモニターにディレイ装置をかませる形で入力されている。一方、上部のモニターにはディレイ装置をかませない形で入力されている。このセットの中で、パフォーマー(作者)は、モニターを背にしてカメラに向かって座り、ゆっくりと左右に体を揺らし始める。下部のモニターでディレイがスタートすると、まるで合わせ鏡のようにして、揺れる身体に、それを追いかける虚像が連なってゆく。
このビデオパフォーマンスだけでもなかなか興味深いと言えるのだが、本作は独立したリニアな時間性を持った作品としても、コンセプチュアルに構成されている。ここまでのパフォーマンス全体の俯瞰を第1パートとするならば、次は第2パートである。そこで画面はディゾルブによって、ビデオカメラからの出力映像のみに切り替わる。それによって、揺れる身体を追いかける虚像のエコーという、ある種幻覚的なイメージだけが映し出される。ここでは、モニターのフレームを撮影しない(カメラのフレームの外側におく)ことによって、対象イメージへの没入が発生している。そして第3パートは、再びディゾルブによって、パフォーマンス全体の俯瞰的フィックスショットに戻る。しかし、そこにはもうパフォーマーはいない。無人の空間でモニター内の揺れる虚像だけが反復している。
ビデオアートにはフレームの存在を前景化させることによって、映像のメディア的な構造を批判的に取り扱う作品が数多く存在するが、一つの作品の中で「フレームの存在の前景化」と「イメージへの没入」を効果的に対比させることを試み、それに成功した作品は多くはない。例えば、飯村隆彦『カメラ/モニター/フレーム』や、ジョーン・ジョナス『ヴァーティカル・ロール』もその好例だ。本作も同様の傑作として記憶されてよいだろう。モノクロ/サウンド(テンポをカウントする声にエコーがかかってゆき、最後にはドローン化する)。
http://vimeo.com/31681446

Michele Sambin - Anche le mani invecchiano
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Michele Sambin – Anche le mani invecchiano (1979, 2’07)
実体としての腕と、モニター内部の虚像としての手が、ビデオの遅延とループによって、次々とフレーム内に現れて関係し合う。しかも、『Il tempo consuma』の第2パートと同じく、フレームそのものは映し出されないので、ある種のイメージへの没入が発生する。モノクロ/サイレント。
http://vimeo.com/31685888

Michele Sambin - Autointervista
・Michele Sambin – Autointervista (1980, 1’ 22)
実体としての身体と、モニター内部の虚像としての身体の対話。『Anche le mani invecchiano』のバリエーションといえる。モノクロ/サウンド(対話の音声)。
http://vimeo.com/31687906

Michele Sambin - Sax Soprano

・Michele Sambin – Sax Soprano (1980, 5’) (extract)
本作も『Anche le mani invecchiano』のバリエーション。ビデオの遅延とループによって、実体としてのサックスと、モニター内部の虚像としての無数のサックスが即応的に合奏する(ソプラノサックスの先端部分だけが撮影されており、演奏者の身体は映し出されない)。『Looking for listening』に見られたような、聴くことについて問題への着眼は流石である。モノクロ/サウンド。
http://vimeo.com/31688120

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Michele Sambin – From left to right (1981, 2’17) (of the video installation)
ビデオインスタレーションのドキュメント。カラー/サウンド。
http://vimeo.com/54111265

・Michele Sambin – Meditazioni (1994, 13’) (extract)
六人の男性パフォーマーによる、ユーモラスなビデオ・オペラ。カラー/サウンド。この作品以降は、初期ビデオアート的な批評性に代わって、メルチメディア的な方向でのビデオの使用が試みられるようになってゆく。
http://vimeo.com/37078579

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Michele Sambin – Tre Età (2003, 5’17)
モニターのなかの老人の映像と、その映像の光によって照らされる作家。そこに若者も加わる。世代の交代をテーマにしたと思われる、静謐なビデオ・パフォーマンス。カラー/サウンド。
http://vimeo.com/35623105

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Michele Sambin – Stupor Mundi (2004, 7’49)
マルチメディア的な、バンド演奏込みのパフォーマンスの記録映像。
http://vimeo.com/37467670


・Michele Sambin – Solo (2009, 5’) (of the video installation)
ビデオインスタレーションのドキュメント。暗闇のなかに、作家の身体が映し出され、その輪郭が白いラインによって描かれる。当時、インスタレーションを見た方のレビューによると、実際のインスタレーションでは、明るい部屋のなかでプロジェクションされたようだ。カラー/サウンド。
http://vimeo.com/37273711

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Michele Sambin – Videotello (2005, 5’ 57) (extract)
カメラに向き合った複数の男性の語りによるビデオ・オペラ。カラー/サウンド。
http://vimeo.com/35632668

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Michele Sambin – Deforma (2009, 6’ 07) (of the video performance)
四名の男女が、『Solo』における白い輪郭線のコンセプトを展開させた演出のなかでパフォーマンスを行う。上演のなかでは、『Il tempo consuma』の映像も引用されるなど、集大成的な感じもするビデオパフォーマンスのドキュメント。カラー/サウンド。
http://vimeo.com/35627379

ミカエル・サンバンの膨大な仕事を短時間で集中して観たため、かなり疲れた。日本ではほとんど知られていないが、世界にはまだまだ重要なビデオ・アーティストが存在しているということを再認識。続いて「Terr(h)istories of Belgian video arts : Vidéographies」と題された、ベルギーのビデオアートの上映となる。

つづく。

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