「われわれは〈リアル〉である 1920s -1950s プロレタリア美術運動からルポルタージュ絵画運動まで」パネルトーク

ikeda
(池田龍雄 – 炭焼き窟 1953)


どうしても地味に見えるかもしれないが、武蔵野市立吉祥寺美術館では六月末まで大変興味深い展覧会が開かれている。それが「われわれは〈リアル〉である 1920s -1950s プロレタリア美術運動からルポルタージュ絵画運動まで:記録された民衆と労働」と題された企画展である。

プロレタリア美術、そしてルポルタージュ絵画(それは戦後アヴァンギャルド芸術の一部である)、さらにはその中間に位置する翼賛的な戦争美術も、すべて社会との深い対立関係・共犯関係のなかで制作されてきたものである。この展覧会は貴重な資料をふんだんに使用しながら、その歴史的な連続性と変化を、民衆と労働の側から捉えようとした大変意欲的な展覧会である。もし今日において本展が地味に見えるとすれば、それは芸術や文化が持っていた社会批評的な力が、現在のフラットな情報環境のなかで失効したということだろう。「いや、違う。それは違うかたちで継続している」と思われる方や、東近美の「実験場 1950s」に衝撃を受けた方は是非観に行って下さい。

ところで、何故、実験的な映像を研究している(らしい)私がこのような展覧会に並々ならぬ関心を持つのかと言えば、それはやっぱり松本俊夫を経由してである。松本も、学生時代には妙義山の山村工作隊に参加している。また1950年代から1960年代初頭にかけては、記録映画の領域において、まさにルポルタージュ絵画の映画的展開といえる運動—前衛記録映画の運動—を展開していた。その実践は『安保条約』や『西陣』といった映画のなかに結実している。断言してしまうが、後年の松本による実験映画やビデオアートは、1950年代の問題の延長線上においてしか存在し得ないのだ(この辺りの詳しいことは久万美術館のカタログの文章を参照のこと)。


さて、5月24日には、この展覧会の関連イベントとして「パネルトーク:民衆的〈リアル〉美術×漫画×文学×思想」が開催された。パネリストは大変豪華であり、その内容も大変興味深いものだったので、簡単にそれぞれのパネルの内容を書き留めておく。例によって、間違いや聞き漏らしを多く含む適当なメモなので、参考程度に流しておいて下さい。

パネリスト:
足立  元(美術史家)
片倉 義夫(漫画資料室MORI)
鳥羽 耕史(早稲田大学文学学術院教授)
池上 善彦(元『現代思想』編集長)

足立元:
最初のパネリストである足立は、はじめに「美術家とは労働者ではないのか?」という導入を置いて、日本美術史を明治期より再布置してゆく。そこでは、高橋由一のモチーフから読解される左官=画家のメタファーおよび国家へと奉仕する姿勢、浅井忠の風景画にみる日本的イメージの再編、文展初期の労働者像などが例として挙げられる。そして、この諸例から「画家の労働」と「国家のための美術」という文脈が導きだされる(「画家の労働」とは、言い換えるならば労働者としての画家だろう)。次に、高村光太郎の「緑色の太陽」を手がかりとして例示し、明治末期において芸術が個人的で自由なものへと変化したことに触れる。それを経て労働運動のなかで美術が再び捉え直され、1920年代にプロレタリア美術が展開したことを説明付ける。

そして、「芸術における意味や目的」という観点から、この展覧会における三つの時代区分に応じて補助線を引く。それは、簡単にまとめると以下のようになる。
・プロレタリア美術運動:芸術が意味や目的を取り戻す
・戦争美術:芸術が再び国家に奉仕する
・ルポルタージュ絵画運動:意味や目的のあるものでありつつ、新しい表現を目指す

これによって日本美術史における、社会的に意味の「ある」ものと「ない」ものが、大まかに腑分けされることになる。すなわち「意味のあるもの:プロレタリア美術、戦争美術、ルポルタージュ絵画」と「意味のないもの:大正期の芸術至上主義、戦後アヴァンギャルド芸術」である。ただし、この両極の対応関係は決して単純なものではなく、表現と評価の次元において、多くの矛盾を孕むものであったことも指摘される(ひとつの表現=作品のなかにも、意味のあるものとないものが混在しているということだ)。そして、それぞれの時代のリアリズムが求めてきた「リアル」それ自体が、ひとつの幻想であったことを指摘する。

また、最後にはタイムリーな問題となっていた「美味しんぼ」の描写にも触れて、これを現代におけるルポルタージュ作品として位置付ける。このように足立のパネルでは、政治的立場に関係なく「イメージと現実に関わろうとする美術家」の諸相が取り上げられていたといえる。その根底にある「美術と社会は同一の地平にある」という思考的基盤はとてもクリアなものであり、本展の意義を説明するうえでも、最適なものであったと思う。

片倉義夫:
続いてのパネリストである片倉は、漫画資料室MORIを主催されている方らしく、出品目録を見ると今回の展覧会資料の多くが同資料室から提供されたものであることが分かる。はっきりいって、見たこともないような貴重資料のオンパレードである。片倉は資料を手にしながら、ひとつひとつ丁寧な語り口で解説を進めてゆく。

その大まかな流れは次の通り。まず「日本プロレタリア美術集」などが、当時の弾圧のなかで発禁となり、美術家達が生活のために「東京パック」などで漫画を描いた。そして、戦争に向かう情勢のなかで、戦争協力の漫画が描かれていった。やがて、戦後になって職場サークルのなかで労働者の漫画が描かれて行くようになる。このような流れのなかで、漫画が常に大衆と深く結びついていたことが浮かび上がってくる。そして、最後に「いちえふ」が、そのような漫画の現代的な例として挙げられる。

「美味しんぼ」といい「いちえふ」といい、漫画と社会の結びつきの深さを痛感させられるが、ならば現代の美術家がどのように東日本大震災と原発事故に対応したのかが、個人的には少し気になった。もちろん例外的な美術家も存在するが、漫画に比べて、現代美術の反射神経や批評性は若干鈍いように思えてならない。

鳥羽耕史:
続いての鳥羽のパネルは、本展にも出品されていた岩波映画の『佐久間ダム』(1958)のような、ダム建設にかかる記録映画を主題としながら、このようなPR映画が逆方向から(国策や産業との共犯関係のなかで)現実を作り上げて行ったことを明らかにするものだった。その上で、ダムに対するリアクションとして、小河内村の山村工作隊*1によるアジビラや、サークル詩など、様々な諸例が取り上げられてゆく。(*1:共産党の五全協方針に沿って各地の村に派遣された大学生などからなる青年組織。特に小河内村には、島田澄也、山下菊二、尾藤豊、勅使河原宏、桂川寛などの美術家が派遣されたことで知られる。)

そして鳥羽は、数々のダム建設の記録が「次のダムを建設してゆく未来(言うまでもなく、この延長線上に原発がある)」や「牧歌的(エコロジー的?)な未来」など、それぞれの未来を準備したことを指摘する。このようなPR映画が、逆方向から現実を作り上げる役割を果たしたことは確かに指摘の通りであると言えるし、その影響範囲は小さくないだろう。

池上善彦:
「現代思想」の編集長でもあった池上のパネルは、戦後のサークル版画を主題に、1950年代の記録の問題を、労働者層の思想的な問題としてに明らかにするものだった。池上によると、このような木版画からは、サークルの労働者が「自分がどのように描かれたいと思っているか」、あるいは「自分や仲間をどのように把握しているか」という問題が浮かび上がってくるという。そのような運動としての版画は、1950年代には「版画運動協会」によって展開されるが、その遠い影響は、いまも学校の美術教育のなかに残っているそうだ(確かに自分も、授業では働く人をモチーフとするように指導された気がする)。さらに、私は不勉強でよく知らなかったのだが、ここには中国の版画運動の多大な影響もあるという。

このような木版画は労働者の即席記録メディアでもあると同時に、自分たちの階層のイメージを客観的に形成する役割を果たしていたといえるだろう。職場サークルの文化運動を理解するうえで、大変勉強になった。また、あの中西夏之が、当時サークル版画を制作していたことも初めて知って驚いた。

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