発掘された映画たち2014@国立近代美術館フィルムセンター

「発掘された映画たち2014」
会期:2014年9月27日(土)~10月12日(日)
会場:国立近代美術館フィルムセンター
http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2014-9/kaisetsu.html

今回の「発掘された映画たち」のなかで、自分の関心の対象となるものは、やはり個人映画・実験映画に関わる特集である。今回は、森紅と荻野茂二という、戦前小型映画史のなかでも知られた作家が取り上げられている。荻野は戦前から続く小型映画における中心的作家であり、森は関西の小型映画を牽引した作家である。自分が抱く戦前への関心の根拠とは、映画史の空白を埋めるためのものというより、歴史的な連続性はなくとも、そこに実験映画に通底する兆候を発見したいという願望に他ならない。そんなことを考えながら9.5mmから35mmにブローアップされた森・荻野の作品集を観た(以下の表記は、今回の35mmブローアップ版ではなく、オリジナルフォーマットに基づく)。ところで、上映に合わせて講演をおこなう予定の松谷容作氏は、森紅が述べるところのアマチュア映画の理念を、検閲や商業主義の抑圧を逃れるための戦略性として読む視点を、以前行われたシンポジウムのなかで示していたらしい(このレポートを参照した)。これと同様の考察は、荻野作品の上映後に行われたフィルムセンター研究員 浅利浩之氏による解説のなかにも存在していた。それは、アマチュア映画の制作者が日常にとけ込んでいるからこそ可能となる、その時代についての無検閲な記録性についての考察である。いずれも小型映画の意義を再評価するものとして重要な意見だと言える。映画そのものについては、やはり荻野作品が高い技術に裏打ちされた抜群の完成度を見せており、解説のなかで参考上映された『An Expression』と『水郷めぐり』も含め、実験性と記録性がせめぎあう多彩な作品群が実に興味深かった。まだ荻野の作品で公開されたものは、400本を越える寄贈フィルムの一部に留まる(「荻野茂二寄贈フィルム目録」)。そろそろ収蔵されて20年も経つのだから、早く全て公開してほしいものだと思う。


個人映画特集1:森紅作品集
・ヴォルガの船唄 扇光楽(森紅, 5min, 9.5mm, Silent, B/W, 1932)
画面中央に位置する、メーターのような円形のグラフィック(切り紙による)が、コマ撮りにてアニメーション化される。

・タバコの煙(森紅, 6min, 9.5mm, Silent, B/W, 1933)
キューピー人形がおもちゃの兵隊を指揮するコマ撮りアニメーション。おもちゃの列車がトンネルに入る箇所だけ手描きアニメーションとなる。字幕。

・旋律(森紅, 4min, 9.5mm, Silent, B/W, 1933)
格子状のラインの上に配置された、さまざまな切り紙による図形。それが規則的に回転しつつ、拡大縮小するコマ撮りアニメーション。

・千鳥の曲(森紅, 3min, 9.5mm, Silent, B/W, 19??)
『旋律』と同じく、切り紙による図形が規則的に回転しつつ、拡大縮小するコマ撮りアニメーション。

・奔流(森紅, 3min, 9.5mm, Silent, 染色, 19??)
渓流の様子を撮影・編集したフィルムに青一色の染色を施した作品。

・臺所の戯曲(森紅, 6min, 9.5mm, Silent, B/W, 1935)
台所用品や、台所での炊事の様子を手元のクローズアップ中心に撮影・編集した詩的な作品。

・遺訓によりて(森尾貫=森紅, 11min, 9.5mm, Silent, B/W, 1937)
小型映画サークルの会員らしき中年男(森紅?)と若い女性が、道ですれ違い雑談する。そして場面は劇中劇という形で、「先日撮影した小型映画」の作品内にメタ的に転換する。劇中劇そのものは時代劇であり、旅の途中の侍たちが一悶着あった末、小包を盗人に盗まれるという筋書き。劇中劇の終盤で侍が持っていた包みが盗まれたところで、ストーリーは突然中年男と女性の会話に戻る。そして中年男は思い出したように懐から小道具として使った小包を取り出し、それを開く。すると中身は「立て国民!」という戦意高揚の宣伝文。そして、勇ましい訓示の字幕や、戦場の記録映像が引用される。そのなかでストーリーは一瞬だけ劇中劇に移り、侍も記録映像のなかの戦いに対して万歳しながら歓喜の声を上げる。そして中年男は先祖の遺訓に従って愛国者らしく戦争を思い、ストーリーは閉じられる。入り組んだ構造の中に時代の空気を取り込んだ短編劇作品。字幕。

・童話劇 伯母さまの冗談(森紅, 9min, 9.5mm, Silent, B/W, 1955)
伯母さんと姪の、お土産をめぐる短編劇作品。字幕。

・人騒がせ(森紅夢=森紅, 6min, 9.5mm, Silent, B/W, 19??)
林を行楽中の一行が、バックをなくした婦人と遭遇し、遠くを走る男を盗人と間違えて追いかけるコメディ的な短編劇作品。字幕。

・花にうかれて(ヱイ子=森紅, 6min, 9.5mm, Silent, 染色, 19??)
渓流下りの行楽地にて撮影したフィルムを素材として、各ショットごとに様々な色で均一に着色したカラフルな作品。

・競馬放送(森紅, 9min, 9.5mm, Silent, B/W, 19??)
競馬場の模様を撮影した映像と、実況アナウンサーの芝居を組み合わせて構成した作品。字幕。

・晩秋の古都(森紅, 8min, 9.5mm, Silent, B/W, 19??)
観光客が訪れる寺の境内の様子を撮影し、それを字幕無しでストレートに編集したシンプルな作品。


個人映画特集2:荻野茂二作品集
・智慧の登山(荻野茂二, 16min, 9.5mm, Silent, B/W, 1931)
父と息子らが登山に行く。そのなかで、科学映画的な図解を交えながら、様々な知識を登山に応用してみせるというストーリーの、コミカルな演出の短編劇作品(もしかしたら、兄と弟だったかもしれない)。字幕。

・Screen Graph オール・ニッポン(荻野茂二, 10min, 9.5mm, Silent, B/W, 1937)
全日本パテーシネ協会撮影会で撮影された、記念撮影的なフィルム(ただし、何気ないショットでも非常に瑞々しい映像である)。会員の家族を含め皆で舟を借りて川を下り、海に行って潮干狩りを楽しむ。集合の際には協会の旗が何本も掲げられており、小型映画の愛好家層が、比較的裕福な人々であったことを伺わせる。

・時計(荻野茂二, 7min, 8mm, Silent, B/W, 1963)
マクロレンズによって時計の機構(歯車やオルゴール部のローラーなど)を接写撮影し、構成主義的な演出によって編集した静謐な作品。今回の上映プリントには、トーキー版ということでサウンドトラック(針音およびオルゴールの奏でるメロディ)も付け加えられている。ラストで時計が止まると同時にオルゴールのメロディも止まる。

・日本橋(荻野茂二, 15min, 8mm, Silent, B/W, 1964)
1962年から1964年にかけての首都高速工事が進む日本橋の変化を、年度ごとに区切って撮影した都市風景の変容の記録。字幕による説明を加えず、丁寧に風景描写を積み重ねてゆく。ラスト付近の、高架の底部に映り込む水面の反射を捉えたショットが印象的。

・都電60年の生涯(荻野茂二, 30min, 8mm, Silent, B/W+Color, 1967)
地下鉄が開通し路面電車が廃止されるのに際して、都電60年の歴史を語る。当時の写真や、1929年の自作品『電車が軌道を走る迄』からの引用映像、そして最終運行の模様の記録映像によって構成される。字幕。

・スト決行中(荻野茂二, 9min, 8mm, Silent, Color, 1970)
1975年末の一週間にわたる国鉄ストライキ(スト権スト)の模様を記録した作品。池袋駅周辺の通勤客の混雑と、交通整理を行う警官達。字幕はないが、新聞記事などを映すことでスト前日からの経過を示してゆく。線路を実験的なアングルから捉えたショットなどもある。最後に、ストに対して批判的な大衆紙の記事見出しを映して終わる。


戦後の個人映画については、今回は鈴木志郎康の作品が35mmブローアップによる保存対象となったようだ。フィルムセンターが戦前の小型映画の延長線上に戦後の個人映画・実験映画を置いて、今後の収集・保存を進めてゆく方針なのがよく分かるラインナップである。その文脈設定自体は納得できるのだが、その一方で美術の文脈を含んでいるエクスパンデッド・シネマやビデオアートのような映像作品は、フィルムセンターの収集・保存の対象から外れてしまう訳で、その点については懸念が残る。何故なら美術の文脈をフォローすべきは、やはり美術館としての、竹橋にある東近美なのだが、現在に至るまで東近美の関心の対象はあくまで造形作家の映像作品に限定されており、現状では東近美の守備範囲からも、フィルムセンターの守備範囲からも漏れる作品が存在してしまっている(例えば飯村隆彦のビデオ作品)。このような、こぼれ落ちてしまった作家・作品については、各地の公立の美術館が細々とフォローしているのが現状である。


個人映画特集3:鈴木志郎康作品
・草の影を刈る(鈴木志郎康, 200min, 16mm, B/W, 1977)
本作の内容を簡単に述べるならば、それはNHKにカメラマンとして勤めていた40歳頃の鈴木が、何の変哲もない自分の生活を16mmで撮影しながら言葉を紡ぎ、その生活の連続に自分自身が絡め取られてしまっていることを発見し、職を辞して新しい生活に踏み出すことを決意するまでのプロセスそれ自体であるといえる。鈴木自身の解説文によると、撮影期間は以下の通りである。

・第一部は、1976年11月28日より12月31日まで
・第二部は、1974年12月31日より1976年10月20日まで
・第三部は、1977年1月1日より2月25日まで。
・第四部は、1977年3月20日より10月16日まで。

このように、映画は1976年11月から、1977年10月までの期間において断続的に撮り続けられたのだが、各部ごとに印象は異なる。第一部はまだ模索の中に新鮮さを見出すことも出来るのだが、第三部から第四部にかけては作る側も大変だが見る側も大変な、膠着した生活の連続である。それらに対して、制作時点から見て過去にあたる1974年12月から1976年10月までのフッテージを編集した第二部の方が、本作の中で生き生きとした印象を残すものだった。それは恐らく「1974年末から1976年10月」という過去に対する客観的視点が明確に存在しているためである。これは逆説的なかたちで、映画と生活が一体化することで発揮される日記映画の特性をよく表している。それは制作者の主体が生成される過程、それ自体の提示である。日記映画の定義は人それぞれだろうが、本作第二部のように自身の過去を回想するスタンスの作品は、本質的には映画と生活が分離しているのだと思う。本作は、そのようなことを考える切っ掛けを私に与えてくれた。音楽は遠藤賢司によるアコースティックなインスト。


今回の「発掘された映画たち」のなかでは、個人映画・実験映画に関わる特集以外にも興味深い作品があったので、それにも触れておきたい。

・ヒロシマ1966(白井更生, 78min, 35mm, B/W, 1966)
パンフレット解説にあった「リアリズムとアンチロマンの交錯」が何を指すのか気になっていたが、それは、分かりやすい形でスクリーン上に提示される。リアリズムとは、父親を原爆後遺症で亡くして母子家庭で育った娘が、片親であるという理不尽な理由によって企業の採用試験に落とされてから、強く生きる決意を固めるまでの物語。アンチロマンとは、60年安保の「挫折」から、佐世保と広島に離れて暮らす男女(二人とも医師)が、数日間の逢瀬の後、再び別れるまでの物語である。制作が「広島県原爆被爆者映画製作の会」ということもあってか、主軸となるのは前者であり、シーン数も前者の方が圧倒的に多かった。監督・脚本は大映を出た白井更生、撮影は同じく大映出身の金井勝。白井更生は『二十四時間の情事』の助監督でもあったが、「広島において心を通じ合わせることが出来なかった男女」というモチーフは、後者のパートにて反復されている。詳しい制作経緯を知る訳ではないので勝手な想像になるが、この二つの物語は、元々は別個に考えられたプランに基づくのではないかと思う。広島を舞台とした映画でありながら、この映画内の二つの物語の語法は、まさにリアリズムとアンチロマンというかたちで、まるで異なる映画のように進行してゆく。そして、二つの物語は終盤において母親が急病で倒れ、広島に残った女医の診察を受けるという形で、否応無しに重なり合う。この語法の齟齬は、結果的に広島における歴史の表れ方が実に多様であり、一つの描写に回収出来ないということを示すものだったとも言える。また、ラストシーンでは背景にベトナム戦争についての電光ニュースが、やや唐突に多重露光されるのだが、これは当時リアルタイムに進行していた、広島以外の場所(ベトナム)における現実を映画に取り込みたいという意思の反映だったのかもしれない。後に個人映画・実験映画の方向へと進むことになる金井勝のフィルモグラフィーを埋めるつもりで観に行ったのだが、興味深い作品だった。

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