第7回恵比寿映像祭「惑星で会いましょう」会場展示

写真美術館改装のため隣のガーデンホールに会場を移して、第7回恵比寿映像祭「惑星で会いましょう」が開催された。本年度の開催はどうなるんだろうと一時は危ぶんでいたので、ひとまずは安心した。各国の実験的な映画・映像の新潮流をリサーチしたプログラムを持つフェスティバルとして、恵比寿映像祭は国内において重要な役割を担っている。その辺りが、国内コンペと評価の定まった有名海外作家の回顧に傾きがちなイメージフォーラムフェスとの違いである(もちろん、それはフェスティバルの性格の違いによるものだが)。さらに恵比寿映像祭は「映像」と謳っているだけあって写真や美術家の映像も対象としており、その射程は幅広い。今回、私は上映プログラムについては、「フィンランド・ヴィデオアートの現在形―AV-arkkiより」、「共鳴する視線―ブラジル実験映画」、「ケン・ジェイコブス―知覚のアドヴェンチャー」、「あたらしい過去―ダンカン・キャンベル」を観に行くことにした。これらについては別エントリーで述べる。展示については、シングルチャンネル・インスタレーション問わず、気になった作品のみ以下でまとめて述べる。


・ホンマタカシ – 最初にカケスがやってくる
HD-Video, Loop, 2015
4面スクリーンで、映像は黒味を挟みながら間欠的に展開してゆく。知床の雪原で鹿が猟師に撃ち殺され、解体された内臓が雪原に残される。それを野鳥が、次々についばみにやって来る。まずカケスが、次にカラスが、最後に鷲がやって来る。鹿を捕食するものとしての野鳥と人間というモチーフは、若干浅い感じもするが悪くない。それよりも気になったのが、写真家が手がける映像作品にありがちな映像編集の安直さであり、3面が同時投影される箇所などは残念だった。カラー。サウンドはフィールドの同時録音。

・佐々木友輔 – 土瀝青
HD-Video, 20min, 2015
同名映画のインスタレーション版。6つのモニターを横に並べ、北関東の郊外の風景を、様々な視点から映し出す。それぞれのモニターの映像は、それぞれ撮影方法が異なる(徒歩・自転車・電車など)。これらの映像に合わせて、100年前の北関東の寒村を舞台とする小説「土」が朗読される。歴史的な深さを持った空間として、均質化された郊外の風景イメージが覆される。映画版は未見だが、風景を重層化するマルチモニターの手法は、作品のコンセプトに良く合っていたと思う。また、かつての映画における風景論が、目的として高度経済成長下での社会の均質化を政治的に突くものであったのに対して、本作の表現的な目的は、風景の多層性を露呈させることに向けられているように思えた。カラー。サウンドは朗読+器楽曲。

・ダンカン・キャンベル – 新しいジョン Duncan Campbell – Make it New John
Video, 50min, 2009
ダンカン・キャンベルについては、上映プログラムでも特集が組まれているが、本作は展示形式がとられていた。デロリアン社の新社長ジョンが公的な補助金を得て、北アイルランドに新工場を開くが、わずか一年で倒産したという問題に取り組んだ作品。一見するとスタンダードなソーシャル・ドキュメンタリーになっているが、本作の制作年は2009年なので、上映プログラムの『バーナデット』と同じく、過去のフッテージの再構成だと思われる。経営者・労働者へのインタビューによって作品は展開してゆく。最後は労働者へのインタビューが突然途切れて終了。カラー。サウンド。

・堀尾寛太 – 電気と光の紐付け
Installation, 2014
ティンゲリーっぽい大掛かりな可動オブジェに小型カメラが据え付けられ、そこからの映像が壁面に映し出される。オブジェの周回的な作動に合わせて、イメージもダイナミックに周回する。新しい意義は見出しにくいが、単純に見ていて楽しい。


ビデオひろば作品集
今回の展覧会は、全体としては「惑星で会いましょう」というテーマに基づいて組まれていたのだが、このテーマに最も良く合致していたのは、間違いなく「ホール・アース・カタログ」の特集と、(ゲリラ・テレビジョンを介して)それと思想的に繋がっている、日本の初期ビデオアートを代表するグループ「ビデオひろば」の特集だったといえる。「ビデオひろば」特集として展示されていた作品は、かわなかのぶひろ『キック・ザ・ワールド』と『プレイバック』、中谷芙二子『卵の静力学』と『老人の知恵』、和田守弘『認知構造・表述』の5作品だった(中谷の『水俣病を告発する会』については、過去に写真美術館で展示されているので今回は外されたのだろう)。このうちビデオを媒介とすることで行為の持続的循環を試みている作品としては、『キック・ザ・ワールド』・『卵の静力学』・『認知構造・表述』が該当する。

・かわなかのぶひろ – キック・ザ・ワールド
Video, 15min, 1974
本作は、遊園地の世界の観光地ミニチュアのなかで、作家が缶蹴り遊びを延々と続け、そのプロセスを作家自身が持つカメラで長回しで撮影した作品。モノクロ。サウンドは同時録音。

・中谷芙二子 – 卵の静力学
Video, 11min, 1973
本作は、フィックスショットによって二つの卵を立てる行為を延々と撮影し続けた作品。モノクロ。サウンドはタージマハル旅行団によるサイケデリック・ドローン。

・和田守弘 – 認知構造・表述
Video, 20min, 1975
本作は、入れ子状のビデオフィードバックのなかで、作家が認知したものを口述してゆくという作品。制作行為をメタ的に問う、70年代当時の美術家の問題意識の圏内にある試みといえる。本作のような美術家によるビデオの使用が、「ビデオひろば」のビデオの方法論と合致していたというのは、やはり面白い。他にも堀浩哉や菅木志雄のビデオの仕事もそうだが、70年代の美術家とビデオアーティストのアプローチが重なるのは、このラインに他ならない。カラー。サウンドは同時録音。

そして、『老人の知恵』は、このようなビデオを媒介とする行為の持続的循環を社会的コミュニケーションのレベルで展開したものだといえる。

・中谷芙二子 – 老人の知恵=文化のDNA
Video, 11min, 1973
E.A.T.東京も関わったビデオプロジェクトのテストケース的作品。老人ホームにて、老人達に「生活の知恵」についてインタビューし、記録映像を蓄積する。そして、この記録映像をデータベース化して運用するというプロジェクトが構想された。モノクロ。サウンドは同時録音。

さらに、「ビデオひろば」の作品として提示するのには若干の抵抗があるが、16mmフィルム作品である、かわなかの『プレイバック』も展示されていた(フィルムの再撮影によるイメージの循環と言えないこともないので、狙いは分からないでもないが)。

・かわなかのぶひろ – プレイバック
16mm, 7min, 1973
リュミエール兄弟の『列車の到着』のフッテージを引用して再構成した作品。乗降客のスチルをディゾルブで見せた後に、フィルムの回転方向や速度を操作し、ある種の運動のコラージュを行う。おそらくリワインダーを手動で操作し、編集機のビューワーを再撮影している。再撮影の際には、プリズムレンズによると思われる物理的なエフェクトも加えている。モノクロ。サウンドは古いレコードの針飛び。ちなみに紛らわしいのだが、かわなかには同名の『プレイバック』と題されたビデオ作品も存在する。

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