イメージフォーラムフェスティバル2015・Vプロ:ヨースト・レクフェルト2

ヨースト・レクフェルトの近年の作品によって構成されたプログラム。これらの作品は、過去のテクノロジーを文化的なものとして参照する、ある種のメディア考古学的な観点に基づいており、過去のテクノロジーを引用して、装置やプロセスを組み立てるところから制作が開始されている。このようなレクフェルトのアプローチは、言葉通りの意味でメディアアーティスト的なものであり、そこから得られたイメージは、思いがけない異質なものを彼の映画にもたらしている。単純に抽象映画として括ることのできない作品ばかりであった。


・ヨースト・レクフェルト『#11 マレー モワレ』(35mm, 21min, 1999)
Joost Rekveld – #11, Marey Moiré
回転するラインを撮影することで得られた放射状のパターンをモチーフとして、幾つかの一次素材を撮影し、各素材ごとに異なる色相のカラー加工を施して、最終的にそれらを重ね合わせることによって構築されたと思われる作品。作家のサイトにある解説によると、この放射状のパターンは以下の三つの運動の干渉の帰結だという。
– the movement of the film in the camera
– the rotation of a shutter in front of the lightsource
– the movement of a line in front of the camera

このパターンの中心軸は複数存在し、カメラの周回的な運動によって、スクリーン内を縦横無尽に動き回る。また、これらは細かい集中線を生み出しながら交差し合って、複雑なモワレを生じさせる。回転スピードのピークは中盤であり、特に三つの中心軸が重なる箇所では、極めて複雑な現象が引き起こされる。そして、中盤以降は徐々に回転スピードは落ちてゆき、回転する被写体の姿がある程度判別できるようになる。被写体の姿が判別できるため、純然たる抽象というよりも、映画前史の連続写真や1920年代の純粋映画を連想させる。アイデアの参照元となったのは、タイトルの通りエティエンヌ=ジュール・マレーの連続写真だという。35mmシネスコープ。サウンドはプロペラの回転音であり、中心軸の運動に対応している。

・ヨースト・レクフェルト『#23.2 鏡の本』(35mm, 12min, 2002)
Joost Rekveld – #23.2, Book of Mirrors
作家の解説によると、鏡を組み合わせた自作の装置を用いて、ピンホールやスリットを通過した外光を直接フィルムに焼き付けることで制作された作品。レンズを装着しないカメラを使用したらしい。この装置を通過することで、フィルム上には水面に映りこんだ波紋のような同心円状のパターンが写り込む(光もまた波紋であるということが、視覚的に理解できる)。イメージは不明瞭だが、装置を通過する前の現実の光景(太陽と空)が、かすかな痕跡をエマルジョンに残している。このようにして撮影された素材が重ねられることによって、光の乗算が行われ、複雑なモワレが作中で展開される。素材の色合いの違いは、モワレとともに微妙な混色を引き起こす。アイデアの参照元となったのは、映画以前の光学装置の歴史であろう。サウンドはRozalie Hirsによる、点描的な室内楽。

・ヨースト・レクフェルト『#37』(35mm, 31min, 2009)
Joost Rekveld – #37
パーティクルのシミュレーションを行ったコンピュータグラフィックス作品であり、結晶と類似した抽象的なパターンが展開される。アイデアの参照元となったのは、マックス・フォン・ラウエが1912年に発見したX線回折で、結晶内部の構造回析の手法として使われるものらしい。自らプログラムを書いたというソフトウェアによって制作された。有機的な結晶状のパターンが、モワレや色の変移を引き起こしながら、ゆっくりと進行してゆく(細かいプロセスが分からないので一般的な3DCGアプリに例えるならば、モールガラスのような曲面と屈折率を持ったオブジェクトを空間に複数作成し、それらを複数重ねてアニメートしたようなグラフィックとなっていた)。
編集も大変興味深いものであり、短いショットは本当に数秒程度だが、長いショットは数分にも及ぶ。この長時間におよぶ微細な変化の提示は、レクフェルトがプログラムに選んだバート・フェヒターの『時間』の表現を思わせるものである。ここには、漫然とスクリーンを眺めていれば観客の眼球をトリップさせてくれるような、抽象映画にありがちな親切さや怠惰さはない。スクリーン上に潜在している膨大な変移は、観客の能動的な凝視によってはじめて見出され、観測され得るのである(ただし、画面の全面において変移は生じているので、映画の全てを認識することは不可能である)。デジタル環境での制作だが、最終的にフィルムにキネレコされた。35mmシネスコープ。
サウンドはYannis Kyriakidesによる、自然の環境音を思わせる電子音楽。パターンの変化に応じて無音状態を上手く使用しており、作品に緊張感を与えていた。

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