イメージフォーラムフェスティバル2015・Uプロ:ヨースト・レクフェルト1

実験映画作家であるヨースト・レクフェルトの初期作品(および短い最新作)と、彼に影響を与えた抽象映画の作品群を並べた、大変興味深いプログラム。レクフェルトの創作の背景にあるものが明確に伝わる内容となっている。また、抽象映画や抽象アニメーションに対する、凝り固まった歴史的先入観を解体する糸口が、随所に潜んでいたことも指摘しておきたい。


・ジョーダン・ベルソン『誘惑』(16mm, 7min, 1961)
Jordan Belson – Allures
抽象アニメーションの代表的作家の一人であるベルソンの作品。回転する円などをモチーフとした抽象アニメーション。カラー。サウンドはクラシック曲。

・ジェイムズ・ホイットニー『ヤントラ』(16mm, 8min, 1950-57)
James Whitney – Yantra
同じく、抽象アニメーションの代表的作家の一人であるジェイムズ・ホイットニーの作品。作家が影響を受けていた仏教思想が、そのまま作品を支えるモチーフとなっている。コンピュータ制御による制作プロセス導入以前の仕事であり、繊細なパーティクルの運動は手作業によるペイントであり、8年という長い制作期間を要した。カラー。サウンドはHenk Badingsによる電子音楽。

・ヨースト・レクフェルト『#2』(16mm, 12min, 1993)
Joost Rekveld – #2
水流のしぶきや、空を飛ぶ鳥の群れなどを、フォーカスを微妙に外して抽象的に撮影しながら、フリッカーを織り交ぜて構成した作品。撮影はスーパー8による。この作家が、いわゆる抽象アニメーションの文脈とは全く異ったところから制作を開始したことを物語る。現実像であろうと、無対象な形態や色彩であろうと、コンピュータグラフィックスであろうと、この作家にとって区別はない。そこでは、視覚を通した経験の組織化こそが中心的問題となっている。カラー。サウンドは本人によるアンビエントな電子音楽。

・ヨースト・レクフェルト『IFS-film』(16mm, 3min, 1991-94)
Joost Rekveld – IFS-film
パーティクルの運動を描いた、シンプルなコンピュータグラフィックス。真っ暗な仮想空間の中で、ドットの群れが分散と集合を繰り返す。当時のコンピュータグラフィックスの水準から見て、おそらく自分で全てのプログラムを書いたであろう、習作的な作品。スーパー8で撮影を行うのと同じ感覚でプログラム言語を自ら書くという、この作家の技術に対する柔軟なアプローチが、明確に現れている。モノクロ。サイレント。

・ヨースト・レクフェルト – VRFLM(16mm, 2min, 1994)
Joost Rekveld – VRFLM
野外で燃える車(?)のファウンドフッテージを流用して、この炎のイメージをオプチカル処理することによって様々に加工した作品。本来の炎の色は、それによって様々な色に変調される。ビデオによるカラー変調ではなく、フィルム制作におけるオプチカル処理にこだわったのは、オプチカルプリンターの技術的特質を引き出すことが目的になっていたためだろう。カラー。サイレント。

・スタン・ブラッケージ – コミングルド・コンテイナーズ(16mm, 5min, 1997)
Stan Brakhage – Commingled Containers
流れる水や水滴にカメラを向け、フォーカスを外してマクロ的に撮影する。それによって、自然の姿は抽象的な光の運動に還元される。ホイットニーやベルソンといった作家と、通常であれば彼らと結びつけられることのないブラッケージを併置するレクフェルトの観点は明快なものである。サイレント。

・ハイ・ハーシュ – Gyromorphosis(16mm, 7min, 1956)
Hy Hirsh – Gyromorphosis
抽象映画の先駆的な作家であるハイ・ハーシュによる作品。針金による彫刻を対象として、これを回転させながら様々なカメラワークによって撮影する。そうして得られたイメージを多重露光によって重ね合わせ、現像時にカラー加工を施し、抽象的に構築する。アプローチとしては、モホリ=ナギ『光の戯れ 黒・白・灰』(1930)を思わせるが、オプチカル処理による構築の複雑さは比較にならない。カラー。サウンドはMJQの『Django』をそのまま使用。

・ヨースト・レクフェルト『#3』(16mm, 4min, 1994)
Joost Rekveld – #3
長時間露光によって、ライトの軌跡を線状の抽象形として描き出した作品。作家の解説によると、ライトを運動させる装置もこのために製造されたという。細かく振動する光源は、物理的な運動を再現するものであるらしく、この作家のテクノロジーへの関心の強さがここにも表れている。映画的な技術としては、フォーカスを変化させることによる抽象化と、オプチカル処理による画面全体のカラー変調、細かいフリッカー的な編集が駆使されている。サイレント。

・ヨースト・レクフェルト『#5』(16mm, 6min, 1994)
Joost Rekveld – #5
ライトの軌跡を線状の抽象形として描き出すという表現手法は『#3』と共通するが、本作ではこれが3台の映写機によるマルチプロジェクションとして展開され、中央のプロジェクションが左右のプロジェクションに覆い重なるという形態をとる。これは、松本俊夫の『つぶれかかった右眼のために』と同じ上映形態である。さらにオプチカル処理による画面全体のカラー加工も、各リールごと別個に行われており、ポール・シャリッツの『Shutter Interface』のように、フレームの重なり合った部分が別の色に乗算される。カラー。サイレント。

・バート・フェヒター『時間』(Video, 9min, 2008)
Bart Vegter – De tijd
http://lightcone.org/en/film-5264-de-tijd
数学的な構成に基づいて、シンプルな斜線がゆっくりと推移してゆくコンピュータグラフィックによる抽象。このゆっくりとした展開のなかで、観客は映像の背後にあるアルゴリズムを観察することになる。この緩慢な変化による表現は、レクフェルトの『#37』に影響を与えているように思う。フェヒター本人によって書かれたプログラムで作成されたとのこと。サイレント。

・ヨースト・レクフェルト『#43.4』(Video, 1min, 2012)
Joost Rekveld – #43.4


本作は、実験映像プログラム「ヴァーティカルシネマ」の一編として制作された作品『#43』が元になっている(「ヴァーティカルシネマ」は、シネスコープサイズのスクリーンを横転させて縦に長い特殊スクリーンとして扱い、そこに35mmフィルムの映像を投影するという、映画上映の制度を読み直すコンセプトの企画であり、レクフェルトを含め多数の作家が委嘱制作を行った)。他にも、『#43.1』から『#43.5』に至るまでのヴァリエーションがある。表現としては、コンピュータグラフィックスによって描かれた、相互作用を引き起こすアルゴリズムによる抽象である。ここではサイバネティックスの相互作用やフィードバックが、アイデアの参照元となっているようだ。サウンドは、ドローンと自然の環境音を織り交ぜたようなアンビエント。

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