イメージフォーラム・フェスティバル2015・横浜特別講座(ナビゲーター:石田尚志)

横浜美術館にて開催された、イメージフォーラム・フェスティバル2015を観に行った。今年イメフォについては、観たいプログラムは既に新宿で観ていたのだが、改めて横浜まで足を運んだのは、石田尚志による横浜特別講座(2015年5月30日)を観るためである。この翌日は、横浜美術館で開催されていた石田尚志展の最終日だったので、ちょっとしたお祭り気分も漂っていて楽しかった。今回、石田が解説を務めるのは「光によって延長してしまった遠近法」と「光の光、闇の闇」と題された二つのプログラムである。いずれも横浜美術館の所蔵プリントをベースに、イメフォや作家から提供されたプリントで構成されていた。

「光によって延長してしまった遠近法」は、石田に大きな影響を与えた日本実験映画の代表的作品をセレクトしたプログラムである(狭義のアニメーション作品を一本も含んでいないところに、石田の本質がよく表れている)。「光の光、闇の闇」は、石田と牧野貴によってセレクトされた抽象映画の歴史的作品からなるプログラムであり、全体の締めとして石田+牧野の共作『光の絵巻』が上映される。ちなみに前者は石田単独で、後者は石田と牧野の対談という形で進められた。


横浜特別講座1「光によって延長してしまった遠近法」
http://imageforumfestival.com/2015/program_k
石田は透徹な視点を持った作家であるが、それはあくまで自らの制作活動と地続きの、作家としての問題意識を探求する中で培われた視点である。よって、その言葉は歴史研究やテーマ批評のような味気ない言葉の羅列ではなく、自らの作品を逆に照らし出すものとなっていて、極めて興味深かった。以下、上映された作品と、石田のコメントを織り交ぜながらレヴューしたい(石田のコメントと私の感想が混ざってしまっている部分もあるが、そこを了解のうえで読んで頂きたい)。

・中島崇『サンセット』(8mm, 9min, 1972)
イメージフォーラムの立ち上げにも関わった映像作家である中島崇の作品。根室の旅の途上にて撮影された、旅行記的なプライベートフィルムである。海岸、雪が降り積もる町、列車から見た風景などのフッテージが、断片的につなげられてゆく。ただし、その表現の中には典型化された個人映画には回収できない部分——車窓から撮られた地平線が、ゆっくり傾いてゆくショットなど——が、随所に存在している。それはまるで、生まれて初めて瞼を開き、世界を目にしたばかりの赤子の眼のようであり、視線の動きは収束することなく、あらゆる予期を覆しながら空間を漂う。そこには心象的に綴られるような個人の物語が皆無なのである。カラー/サイレント。
石田が本作の中に見出したものとは何か。彼自身の言葉を借りるならば、それは「距離」に他ならない。フレーム内のあちら側とこちら側、すなわち開かれた眼と世界のあいだの距離、その接点としての映画だといえよう。

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・伊藤高志『DRILL』(16mm, 5min, 1983)
1981年に『SPACY』で衝撃的な登場を果たした映像作家、伊藤高志の初期作品。世間一般に伊藤の代表作ということであれば、勿論『SPACY』なのだろうが、彼のフィルモグラフィーの中で根底から視覚的制度を穿った作品とは、間違いなく本作だろう。この作品は、開いたノート状の撮影装置を自作して、そこに中心を折り曲げた連続写真(ある社員寮の玄関で撮影された、単純な往復運動)を貼り付け、一コマずつ写真を取り替えながら、コマ撮りによって再撮影した作品である。再撮影の際に、このノート状の撮影装置の開角度は徐々に変化してゆき、写真内の安定した遠近法はその開角度に合わせて崩壊してゆく(一枚の写真を谷折りにして、正面から凝視してもらえば分かりやすいと思う)。それはまるでドリルのように、世界を安定させている遠近法を穿つ。モノクロ/サイレント。
石田は本作について、「カメラオブスクラのピンホールによって生じる遠近感のおかしさ」を強調する。そして、そのような秩序によって外界を認識することはできず、むしろ現実には無数のズレによって外界は認識されているのではないかと述べる。これは何も視覚の問題に限った話ではないだろう。また伊藤の作品における見ることへの恐怖というコメントも的を射たものだった。

・末岡一郎『不和の虹』(8mm, 8min, 1998)
ファウンドフッテージの手法によって映画を制作することで知られる映像作家、末岡一郎の作品。本作では『オズの魔法使い』(1939)の劇中で歌われる「虹の彼方に」のフッテージが引用される。フッテージは歌声とともに、反復を繰り返しながら解体的に進行してゆく。モノクロ(赤茶色に退色)/サウンド(元々のフッテージのサウンド)。
石田は本作を含め、1990年代にファウンドフッテージ作品が増加した要因として、映像作家の歴史感覚の変化があったのではないかと述べる。石田の言葉を借りるならば、これは一種の「メランコリー」であり、世界の構造が大きく変化し、未来が見通せなくなるなかで「どうやって世界を引き受けるのか」という問いにもつながってくる。そこで、ファウンドフッテージを使用することによって、末岡をはじめとする作家たちは、映画史との「距離」を測ろうとしたのだろう。この「距離」とは記憶に関わる、歴史的な遠近法の問い直しそのものである。

・相原信洋『映像<かげ>』(16mm, 6min, 1987)
狭義の枠組みにとどまらないアニメーション作家、相原信洋の作品。相原は多くの作品でドローイングと実写を複合させた実験的な試みを行っているが、本作もまたその系譜にある。まず、冒頭において、地面に落ちる手の影の実写ショットが積み重ねられる。その実体のない影は、やがて紙上のドローイングに隠喩的に置き換えられる(石田曰く、「描かれた線もまた、手の影である」)。そして、しばらくは相原らしい緻密なアニメーションが続くが、時間の経過とともにその運動は抽象性を増してゆく。やがて、フリッカーとともに手の影がアニメーション外部から介入を開始する。さらにカメラはズームアウトし、作画用紙のふちを飛び越えて、最終的に制作中の机全体をフレームに映し出す。モノクロ/サウンド(ニューウェーブ風のインスト)。
石田は本作について、「紙の中と、外の世界」との距離の問題が存在することを指摘する。確かに本作は、絵の内部と外部が越境したアニメーションであり、同じく相原の『Stone』と共に、石田に大きな影響を与えた作品であることが伺える。

・山崎博『ヘリオグラフィー』(16mm, 5min, 1979)
山崎博は、一般的には写真家として知られるが、幾つかの秀逸な実験映画も手がけている。本作は、太陽の運行に合わせて雲台を調整して、常に太陽をフレームの中心に置きながら、インターバル撮影によって夕暮れと日の出を撮った作品である。特に後半の日の出のパートは、カメラの天地が逆転しており、世界の姿はあくまでも太陽を中心とした関係性において捉えられる。カラー/サウンド(シンセによるドローン)。
石田は本作について、写真としての『ヘリオグラフィー』と映画としての『ヘリオグラフィー』に、対照的な違いが存在することを指摘する。それは、簡単にまとめるならば、写真において太陽の動きを追えば、太陽は線として写真上に焼き付けられる。映画においては太陽が中心となるため、世界の運動が地動説的に反転するということである。そこから石田はジョナサン・クレーリーの言説を参照して、捉えなおされた光としての映画についての考察を述べる。

・黒坂圭太『変形作品第5番<レンブラントの主題による変形解体と再構成>』(8mm, 29min, 1986)
近年では『緑子』で知られるアニメーション作家、黒坂圭太の作品。だが、本作を含めて初期の変形作品シリーズについては、アニメーションというよりも実験映画と形容した方が、より相応しい。レンブラントが描いた光と暗闇の平面空間を変形・解体し、引用元とは全く異なるイメージとして再構成した作品である。その変形は徹底的なものであり、こま切れの破片になったイメージが多重露光によってスクリーン内を漂っているかと思えば、いきなり本来の姿に戻り、過剰なズームイン・ズームアウトを繰り返し、暴発するかのようにして再び拡散する。作中の30分にわたって繰り広げられる解体と再構成とは、絵画的空間に対立し、これを乗り越えようともがく映画の挑戦そのものである。今回はビデオ版にて上映。カラー/サウンド(シンセによるドローン、ノイズ)。
石田は本作について、「ズームイン・ズームアウトによる前後の運動がもたらす奥行き」と、「レンブラントの暗闇における奥行き」を結びつけて、黒坂の試みの所在を指摘してみせた。

ここで石田によって選択された映画たちには、ひとつの共通項が見出せる。「空間的な距離」、「歴史的な距離」、「遠近感」、「内と外」、「奥行き」など、その表出の形態は様々だが、これらの作品は全て、映画(光)によって安定的な遠近法を変形するための試みだったといえる。もちろんここで言う「遠近法」とは、絵画的・視覚的な意味での遠近法にとどまらず、私たちの意識が世界を認識するにあたっての、文化的な制度までも含めた「遠近法」である。このような、自分たちが慣れ親しんだものとは異質の「遠近法」にどっぷり浸った後で、日常空間に放り出された時に感じる微かな違和——そのズレこそが、石田の考える映画の本質なのかもしれない。


横浜特別講座2「光の光、闇の闇」
http://imageforumfestival.com/2015/program_l
こちらのプログラムは、先述のプログラムとは打って変わって、抽象映画の歴史的作品によって構成されたプログラムとなっている。これは、観客に自分たちの映画の文脈を理解してもらうための、ある種の自作解説でもあったといえる。石田と牧野の作品以外は、よく知られた作品が多いので、まとめて述べる(検索すれば、容易にプレヴューを見つけることができるだろう)。

・ヴィキング・エッゲリング『対角線交響楽』Viking Eggeling – Diagonal Symphony(16mm, 6min, 1923~25)
・オスカー・フィッシンガー『習作7番(ハンガリアン・ダンス5番)』Oskar Fischinger – Study No.7(16mm, 3min, 1931)
・ノーマン・マクラレン『線と色の即興詩』Normand McLaren – Blinkity Blank(16mm, 6min, 1955)
・レン・ライ『フリー・ラディカルス』Len Lye – Free Radicals(16mm, 5min, 1958)
・ジェイムズ・ホイットニー『ラピス』James Whitney – Lapis(16mm, 10min, 1966)
・バート・フェヒター『スペース・モデュレーション』Bart Vegter – Space-Modulation.(16mm, 1min, 1994)

上記6作品のうち、石田が選んだのはエッゲリング、フィッシンガー、マクラレン、ホイットニーであり、牧野が選んだのはライ、フェヒターである。フェヒターを除き、いずれも抽象的な形象と音楽の関係において論じられることが多い作品群であるが、特に音楽と映画を結びつけた作品として分かりやすいのは、フィッシンガー『習作7番(ハンガリアン・ダンス5番)』であろう。そこには、高い音は小さな図形、低い音は大きな図形といったような同期性がある。それは確かに音楽と映画の関係性の一側面を表したものだといえる。

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(レン・ライ『フリー・ラディカルス』Len Lye – Free Radicals)
一方で、そのような音楽の置き換えではない方法によって音楽と映画の関係性を探るならば、『フリー・ラディカルス』に代表されるような、非同期的な音楽と形象による総体的なイメージの対比に向かうという方向もあるだろう。この非同期性とは、石田や牧野の映画を貫く一つの方法である。特に『フリー・ラディカルス』は、そのことを理解する鍵となる。『フリー・ラディカルス』における、ゲシュタルト崩壊寸前の抽象形象の運動は、音楽との非同期性との相乗効果で、観客に対して積極的に観ること/聴くことを促す。それは映画としては統一的秩序を欠き、あまりに分散的なのである。しかし、そのような映画は分散的であるがゆえに、観客に予期せぬ経験や偶発的な発見をもたらすものとなり得る。そのことを実証するのが、本プログラムの最後に上映される石田+牧野『光の絵巻』であった。

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・石田尚志+牧野貴『光の絵巻』(35mm/16mm to HD, 17min, 2011)
『光の絵巻』は、この二人の作家による初のコラボレーションである。作品が制作されるにあたって直接の契機となったのは、ガレリアフィナルテ(名古屋)における企画展示であった。多くの作品で「ドローイング・アニメーション」の手法を使用する石田であるが、本作においては、従来のアプローチとは一線を画した手法によって制作に取り組んでいる。それはフィルムロールを描画の支持体と見なして、そこに一つの絵画を描くというアプローチである。具体的な制作分担は次の通りである。まず石田が35mm/16mmフィルム(未撮影の黒フィルム、もしくは透明フィルム)に、半田ごてやグラインダーによってキネカリグラフを施したり、スポイトで着色するなどして精密な描画を行う。その際、各フレームの区切りは無視され、細長い平面作品としてのフィルムロールが完成される(石田によると、これは独立したプライベートな造形作品として『光の絵巻のために』と名付けられた)。ここで注意すべきなのは、通常であればアニメーションの効果を生み出すために演出される連続的な形態の変化が、今回は全く意図されていないということだろう。そうして完成されたフィルムロールは牧野に託される。牧野はこのフィルムロールを、従来の基本的な制作プロセスのなかで、自身が撮影した他のフィルム(今回の撮影対象は水面など)と同じように取り扱う。すなわち、テレシネ作業によってHDデジタル化とカラー・コレクションを施し、最終的にレイヤーとして重ね合わせる。それによって、石田の描画プロセスの痕跡と、牧野が撮影した輪郭なき対象像の痕跡が混淆する。このように、『光の絵巻』では一つのフレーム内部に、諸々のプロセスと痕跡が、レイヤーとして幾重にも織り込まれている。もしも、ここにアニメーションのように見える箇所があったとしても、それは石田の描く線が、ある種の共通性(すなわち無意識下の慣習)を備えているためであり、偶然によるものである。ギャラリーでの展示が終了した後、石田と牧野の即興演奏によるサウンドトラックが付けられることで、映画として完成された。本作は、2011年のクロアチア25FPSフェスティバルにて大賞を獲得した。(以上、[Plus Documents 2009-2013]所収のテクストより引用)

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