牧野貴 作品集 Vol.2『Cerulean Spectacles』

牧野貴 作品集 Vol.2『Cerulean Spectacles』が12月にリリースされる。ちなみに、ジム・オルークとの共同制作による作品を集めたVol.1は、2010年末に紀伊國屋書店からリリースされている。今回のVol.2は、様々な音楽家とのコラボレーション作品が集められており、作家本人が主宰する上映組織+(プラス)の出版部門であるPlus Publishingからのリリースとなる。


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牧野貴 作品集 Vol.2『Cerulean Spectacles』
2015年12月中旬リリース 4,200円(税込み)
http://makinotakashi.net/ceruleanspectacles/

本作品集に収録されている作品は次の通り。様々な時期の、様々な音楽家との作品が並んでいる。
・Tranquil 音楽:牧野貴 & 平野敏久(2007年 カラー 19分 4:3 8mm film → Video)
・The Low Storm 音楽:ローレンス・イングリッシュ(2009年 カラー 16分 4:3 35mm & 8mm film → Video)
・Inter View 音楽:タラ・ジェイン・オニール & ブライアン・マムフォード(2010年 カラー 23分 16:9 35mm & 8mm film → HD)
・Ghost of OT301 音楽:Inconsolable Ghost(2014年 カラー 9分 16:9 16mm & 8mm film → HD)

さらに、Extra Discには次の作品のMOVファイルが収録されており、PCで高精細なHDムービーを観ることができる。勿論、この作品を見るための減光遅延方式3D眼鏡も付属。
・2012 映像 & 音楽:牧野貴(2013年 カラー 30分 16:9 35,16,8mm film → HD)(プルフリッヒ/マキノ3D©)

以下、このブログの過去のレヴューを転載しながら、各作品について簡単に説明する。


『Tranquil』は比較的初期の作品であり、揺らめくような自然の接写をつなぎ合わせた静謐な作品。本作の音楽は、牧野貴と、牧野の音楽的アドバイザーである平野敏久によるもので、アコースティックなドローンが画面を満たす。

『The Low Storm』は、まずアンダーな暗い画面のなかで、無数の粒子が運動し続ける序盤から始まる。やがて、雷の閃光のような画面の明滅によって、海原を航行する船舶や、凪の海面のイメージが姿を現わす。そして終盤に向けて、画面の明暗レベルはアンダーからオーバーへと急速に逆転してゆき、最後に全てが白い光に還元される。牧野のカラリストとしての職務経験が注ぎ込まれたコンセプチュアルな作品である。本作の音楽はローレンス・イングリッシュが担当しており、破砕音のコラージュと細い電子音のドローンによって構成されている。

『Inter View』は、過去にレヴューを書いているので、転載しておく。
「今回牧野が取った方法は、実験映画史的にいうならば、空をフレーム一面に撮影して、空のイメージを異化するという点において、Peter Gidalの「Clouds」との近似を指摘できる。牧野は本作で青空をフレーム一面に撮影し、そのイメージをさらに抽象化している。参照すべきものが何もない平坦な視界のなか、やがて青空を見ていたはずの観客は、スクリーン上の粒子の運動のなかでイメージの混沌に遭遇する。ライトグリーンをベースとしながら、その上で微細な運動を続けるブルーの粒子。(しかし、ごく稀にフレームを横切った海鳥の姿によって、意識は青空へと引き戻されたりもする。)そのような意識の振れを引き起こしながら、映画は混沌の度合いをミクロなレベルで高めてゆく。やがて草花、海鳥の群などのイメージが混ぜ合わされ、終盤においてイメージは沸点に達する。まさに観る人の数だけイメージが立ち表れる、そのような映画だった。牧野が次のフェイズに進んだことを知らしめる重要作品。ちなみに本作の音楽は Tara Jane O’Neil と Brian Mumford による、溶岩のようなドローン・ノイズであり、イメージの混沌としての映像と相互的な関係を結んでいた」


『Ghost of OT301』も、過去にレヴューを書いているので、転載しておく。
「牧野が所属する即興演奏ユニット、Inconsolable Ghostのアムステルダムでのライブ音源を使用した作品であり、珍しく音楽が先行する作品である。フィルムのスクラッチノイズやドリッピングのような微細な粒子が画面を埋め尽くす。その粒子の奥に、判別が難しい半抽象化した状態で、複数の人影が垣間見える。これは作家の解説によると、ある劇映画から取られたファウンドフッテージらしい」


『2012』は、本作品集のメインコンテンツというべき作品である。作品が持つ情報量の多さゆえに、DVDオーサリングにどうしても不具合が生じるため、データファイルとして今回パッケージ化されたらしい。これもまた過去にレヴューを書いているので、転載しておく。
「一年を掛けて一本の映画を制作し、その生成プロセスを定期的に上映により公開するというコンセプトによって、2012年を通して作家が取り組んだ作品。この作家はじめての立体映画であり、片目のグラスを掛けてスクリーンを観ることによって、プルフリッヒ効果を応用した立体感を得ることができる(ただし、グラスの使用は観客の自由である)。グラスを掛けて鑑賞した場合、この作家が得意とする画面を埋めつくす微細な光の運動が、立体的な奥行きを持った複数のレイヤーのなかで立ち上がってくる経験を得られる。それは、現行の商業映画における3D技術とは、可能性のひとつに過ぎないということを突きつけてくる。ケン・ジェイコブスのパラシネマのアイデアに繋がる、技術的集合としての[映画]を内部的欠如から問い直す試みといえるだろう。また、映像メディアの移行期に制作されたこともあり、前半はフィルムによって、後半はビデオによって制作されている。前半における横方向に走る鋭利なエマルジョン面への傷、そして、後半における沸き立つようなピクセルの運動と、この使用されるメディウムの違いによる生成結果の異同も興味深い」


今回改めて上記の作品を見直してみて思ったのだが、プルフリッヒ効果を導入して以降の牧野の作品(『Ghost of OT301』『2012』)は、2010年頃までの作品と比較して、レイヤー構造が明らかに複雑化している。速度の早いレイヤーと遅いレイヤー、その差は各レイヤーの立体的な奥行き感の強調に結びついている。そしてユニークなのが、このようなレイヤー構造の緻密化とプルフリッヒ効果の導入の一方で、作家が減光遅延方式グラスの使用を観客の自由に委ねていることだろう(作家は上映の際に、グラスを好きなように使用することを観客に勧める)。本作品集のライナーノーツにおいて映画研究者のジュリアン・ロスは、「カレンダーから滑り落ちる年:牧野貴の2012」と題された文章を寄せているのだが、そこで彼はプルフリッヒ効果の映画を観た経験を次のように述べている。

「我々は我々個人の見方を実感し、感覚と共に「見る」ことを演じるように導かれることとなる」
「光が明滅する中で、牧野貴は「見る」という行為の本質的な要素を観客に考え直すことを託す。はたして、どこまでがコントロールできるものなのだろうか」

観客が牧野の映画において直面する、「見る」という行為に付きまとう不安定性。我々が日常的に依拠している視覚とは、本来極めて脆いものである。観客は牧野の映画における視覚的な不安定性のなかで、「見る」ことを演じながら、視覚を変容させてゆく。牧野の映画とは、ゴダールの3D映画や、ポール・シャリッツのカラーフリッカーや、ケン・ジェイコブスのパラシネマと同様に、映画と人間の知覚の関係を再設定する映画なのだといえるだろう。ゴダールの3D映画について論じているアカデミックな映画研究者の方々や、一般のシネフィルの方々にこそ、機会があれば是非観て頂きたい作品集である。

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