Zeitkratzer × James Tenney @サウンド・ライブ・トーキョー2016 Super Deluxe

今年のサウンド・ライブ・トーキョーは、マイケル・スノウ、ケン・ジェイコブスと続いた実験映画をテーマとしたプログラムから離れ、多彩な音楽プログラムを組んでいた。そのなかでも現代音楽と実験的ポピュラー音楽を行き来する活動で知られるドイツの演奏家集団ツァイトクラッツァー(Zeitkratzer)の三夜に渡る公演は、目玉プログラムの一つであったといえるだろう。ツァイトクラッツァーは、今回の公演でカールハインツ・シュトックハウゼン(9月27日、灰野敬二との共演)、ジェームズ・テニー(9月29日)、テーリ・テムリッツ(9月30日)の作品を演奏したが、そのなかでも私が気になって足を運んだのが、ジェームズ・テニー作品の公演であった。ここでは、その様子をレヴューしておきたい(ただし基本的な楽理を学んでいない自分では、このような作品を前にした場合、感想文レベルの文章しか書けないが)。

また、テニーに関する公演としては、4チャンネルの電子音楽とパーカッションのための作品である『ピカ=ドン』(1991)などの公演(9月11日)もあったのだが、そちらは都合がつかず見送った。その他にも、今年のサウンド・ライブ・トーキョーではアイシャ・オラズバエヴァによるフィリップ・テレマン作品と、ルイジ・ノーノの『夢みながら歩かなければならない』(1989)、『未来のノスタルジー的ユートピア的遠方』(1988)の公演(10月1日)にも行ったが、これも大変興味深いものだった。

ツァイトクラッツァーは昔から越境的に活動しているが、最近では、ルー・リードの長大なノイズ作品『Metal Machine Music』を譜面に起こして管弦楽器で演奏した『Lou Reed: Metal Machine Music』(2014)、ノイズ・インダストリアルの代表的なユニットであるWhitehouseの作品を管弦楽器で演奏し直し、さらにウィリアム・ベネット本人を招いてボイスパフォーマンスで参加させた『Whitehouse』(2014)、灰野との共演でシュトックハウゼンの「Aus Den Sieben Tagen」を演奏した『Stockhausen: Aus Den Sieben Tagen』(2016)などで知られている。テニーの作品に関しては、『Old School: James Tenney』(2010)を、過去にリリースしている。今回のツァイトクラッツァーの楽器編成は、ピアノ、クラリネット、ホルン、トロンボーン、パーカッション、ヴァイオリン、第一チェロ、第二チェロ、コントラバスの総勢9名であり、ここに音響担当と照明担当が加わる。ちなみに、ピアノ奏者のラインホルト・フリードルが創設者でありグループの芸術監督を務めている。


Zeitkratzer × James Tenney(9月29日)
1:James Tenney – Having Never Written a Note for Percussion(1971)
ジェームズ・テニー『パーカッションのために一音も書いたことがなく』
パーカッションのための作品であり、パンフレットの解説によるとクレッシェンド(次第に強く)とデクレッシェンド(次第に弱く)を長く行うことが指示されている。今回は巨大な銅鑼を用いて演奏された。銅鑼の前に座ったパーカッション奏者は、スティックを細かく連打しながら力加減をコントロールすることで、静寂から轟音、そして再び静寂に至るまでを表現した。特に音量がピークに達するあたりでは、楽器の音とは思えないような銅鑼の混濁した音響が会場内を満たしていた。最前列で聴いていたこともあって、非日常的な聴覚体験を得た。この楽器選択は正解だったと思う。

2:James Tenney – Swell Piece No.3(1971)
ジェームズ・テニー『スウェル・ピース第3番』
サックス、ホルン、トロンボーン、パーカッション(打楽器の弓引き?)、ヴァイオリン、第一チェロ、第二チェロ、コントラバスによる演奏。パンフレットの解説によると、各楽器によって鳴らされる五度離れた音が、それぞれのタイミングで現れては消えてゆくという作品である。一聴すると束状のドローンに聴こえるが、微細な音響の変化が、音の内部で次々と発生している。今回演奏されたテニーの器楽曲は、引き伸ばされた音のなかに微細な変化を聴き取る作品が多く、実際に演奏を聴いてみることによって、私のなかでの作曲家の印象が大きく変わった。

3:James Tenney – Critical Band(1988/2000)
ジェームズ・テニー『臨界帯域』
サックス、ホルン、トロンボーン、ヴァイオリン、第一チェロ、第二チェロ、コントラバスによる演奏。こちらも『スウェル・ピース第3番』に似ているのだが、周波数の取り扱いは、さらに精緻なものとなっている。あまり楽理には詳しくないのだが、パンフレットの解説を要約しておこう。それによると、基準音Aに重ねて、非常に近い高さの音を、高音・低音の両方で鳴らしてゆく。最初の段階では周波数の帯域が近すぎるために、それは唸りにしか聞こえないが、徐々に音程を展開してゆくことで、アンサンブルが、唸りのない純正な和音に到達するというコンセプトらしい。演奏者は、デジタルカウンターで周波数を見ながら厳密に演奏していたようであり、確かに、引き伸ばされた音の重なりの中で、唸りが徐々に消失してゆく過程が明確に表現されていた。

4:James Tenney – Harmonium No.1(1976)
ジェームズ・テニー『ハルモニウム第1番』
ピアノ、サックス、ホルン、トロンボーン、パーカッション(シロフォン)、ヴァイオリン、第一チェロ、第二チェロ、コントラバスによる演奏。パンフレットの解説によると、純粋なハーモニーを別の周波数で不純化するサイクルを5回繰り返すものらしい。この夜演奏された『スウェル・ピース第3番』『臨界帯域』、そして本作は、いずれも全体の印象としては引き伸ばされた持続音ばかりだが、楽曲の目的は各々異なり、観客にそれぞれ違う経験を与えてくれた。周波数の変化をコンセプトにするようになると、器楽曲も電子音楽も、ほとんど違いがないのだなと実感した。

5:James Tenney – For Percussion Perhaps, Or… (night)(1971)
ジェームズ・テニー『たぶんパーカッションのための、あるいは…(夜)』
45分間にも及ぶ、演奏者の解釈に任された即興演奏で、メンバー全員が参加。パンフレットの解説によると演奏者への指示は「非常に静かに、非常に長く、ほとんど白く」というものらしい。その指示の通り、微細なブレスや楽器の摩擦音などが、静寂の中で蠢くという展開になった。先ほどまでの精緻なコンセプトに基づく楽曲に対して、このような解釈の余地の大きい楽曲を対置するのは面白い。テニーの作風の広さを感じさせるセレクトだったといえるだろう。

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