告知「相原信洋七回忌追悼映像展」

京都のLumen Galleryにて、4月28日(金)〜30日(日)の期間で、相原信洋氏の七回忌追悼映像展が開催されます。私も少しお話しさせていただきます。よろしくお願いします。これに併せて、追悼映像展プレイベントとして、相原氏の授業で学生とともに制作された16mmのシネカリアニメーションを上映する、『いい仮現な時間』が4月19日(水)〜23日(日)の期間で開催されるそうです。

「相原信洋七回忌追悼映像展」
元祖サイケデリックアニメーションのデジタルリマスター上映
http://www.lumen-gallery.com/

会期:2017年4月28日(金)〜30日(日)

上映スケジュール:
28日(金) ・19:00
29日(土) ・17:00  ・18:30(ゲストトーク) ・19:00
30日(日) ・16:00  ・18:00
※各回同プログラム
ゲストトーク:阪本裕文(映像研究者)×大西宏志(京都造形芸術大学教授)

入場料:1,000円
※ゲストトークは無料

感謝:
大島治
阪本裕文
相内啓司
※今回上映される作品はJSPS科研費15K02184の助成を受けデジタルリマスターしたものです。

上映プログラム:
やまかがし(1971)
妄動(1974)
STONE No.1(1975)
STONE(1975)
STONE アウトテイク(1975)
カルマ(1977)
アンダー・ザ・サン(1979)
MY SHELTER(1981)
映像(かげ)(1987)
GAVORA(1989)
MASK(1991)
SPIN(1993)
気動(1994)
耳鳴り(1995)
RAIN(1995)
YELLOW FISH(1998)
MEMORY OF CLOUD(1997)
The Third Eye(1999)
WIND(2001)
LOTUS(2007)
ZAP CAT(2008)
※上映作品は変更される場合があります。

以下に、フライヤーに寄せた文章も転載しておきます。


相原信洋七回忌追悼映像展に寄せて
阪本裕文

この「相原信洋七回忌追悼映像展」では、相原氏のご親族と、京都造形芸術大学およびルーメンギャラリーの協力を得ることで進められている、相原作品デジタル化作業の現時点での成果が上映される。この作業は、2016年の春に京都造形芸術大学におしかけて、現存する相原氏のフィルムを全て調査するところから始まった。その結果『映像(かげ)』(1987)以降の作品については、ほとんどの作品が画ネガ・音ネガが揃った、完全なかたちで残っていることが分かった。しかし、それ以前の作品に関しては、ほとんどの作品が画ネガもしくは上映用プリントしか残っていない状態であることも分かった。おそらく相原氏は画ネガの編集を終えた後でポジフィルムを起こし、その磁気サウンドトラックに、別途準備した音源を直接録音することで上映用プリントを完成させていたのだろう。そのため、私たちは画ネガの映像データに、現存する上映プリントから抽出した音声データを組み合わせることで、完全なデジタルデータを作る必要があると考えている。さらに、いくつかの画ネガについては、未編集の状態であることも分かった。おそらく相原氏は、作品によっては未編集の画ネガをポジフィルムに起こして、その後に最終的な編集を行う場合があったのだろう。これについては、上映用プリントの内容を参照しながら、デジタルデータ上で慎重に合致させ再編集をする必要があると考えている。このように、相原氏の仕事を整理し直して、デジタルデータとして残してゆく作業は予想以上の難作業になりつつあるが、このような作業に取り組むなかで、私は一つの印象を受けた。それは、この雑然としたフィルム缶の山が、まるで相原氏のアニメーションのように、混沌とした一つの有機体のように思えたということである。相原氏のアニメーションにおいては、常に複数の異質なイメージが生成と衝突を繰り返すが、時としてそれは描画的なアニメーションの枠組を軽々と飛び越え、周囲の空間すら巻き込んで拡張してゆく。そのような貪欲な運動性が、目の前の有機体のようなフィルム缶の山に閉じ込められている。私は、この有機体に取り憑かれるようにして、現在進行形で作業を進めている。今回の上映は、あくまで現時点での成果であり、フィルモグラフィーを網羅するプログラムは後日組まれることになると思うが、ひとまず七回忌に間に合った作品だけでもご覧いただき、稀有な個人アニメーション作家の追悼に代えたいと思う。

相原信洋は、1944年に神奈川県に生まれ、デザイン学校で学んだのち、スタジオゼロやオープロダクションでTVアニメのアニメーターとしての仕事に取り組んでゆく。その一方で、1965年より個人としてのアニメーション制作も開始する。『あめ』(1965)を実質的な第一作として、数々のアニメーションを制作してゆく。この『あめ』から『STOP』(1970)や『サクラ』(1970)、『風景の死滅』(1971|未発見)、『相模原補給廠』(1972|未発見)に至るまでの作品には、何らかの形で1960年代末の政治状況が反映されており、それらの作品は、ある種の社会的なドキュメンタリー性をも備えていたといえる。そして、『やまかがし』(1972)の頃からは、自身の原体験を遡及するような、内省的なアニメーションに向かってゆき『みつばちの季節は去って』(1972)、『うるし』(1973)、『逢仙花』(1973)、『初春狐色』(1973)などの傑作が生み出される。そして相原は、転換作といえる抽象的なアニメーション作品『妄動』(1974)に至る。そこでは、作家の意識下を反映したような抽象的なドローイングが、まるで有機体のようにひたすら蠢いてゆく。同作以降、この抽象的なアニメーションの方向は、相原にとって主題の一つとなってゆく。この方向は『雲の糸』(1976)、『カルマ』(1977)、『水輪 カルマ2』(1980)を経て、晩年の『ZAP CAT』(2008)に至るまでの作品に引き継がれてゆく(田名網敬一との共作も、一応はこの系譜に含むことができるだろう)。そしてもう一つ、相原は『Stone No.1』(1975)を経て作られた『Stone』(1975)において、描画的なアニメーションの枠組を超え、フレーム外部の空間を巻き込んだ、広がりのある運動性の表現にも取り組むようになる。こちらの主題に連なる作品としては、『光』(1978)、『アンダー・ザ・サン』(1979)、そして『映像(かげ)』(1987)を挙げることができる。しかし、このような私の安易な分類も、実は大して意味を持たない。相原のフィルモグラフィーには、実験的なドキュメンタリーと呼ぶしかない『シェルター』(1980)および『マイ・シェルター』(1981)や、家屋の壁面や屋根に映写機からの映像を投影する『リンゴと少女』(1982)、女性のヌードと夕暮れの野原が多重露光される『とんぼ』(1988)など、異質性を持った作品が幾つも存在する。安易な分類や解釈を拒否する、狭義のアニメーション作家にとどまらない異質性を持ったアニメーション作家、それが相原信洋なのだと思う。

相原信洋作品のデジタル化作業、その後

科学研究費の助成で進めている、相原信洋作品のデジタル化作業ですが、すでにいくつかの上映会・映画祭で成果を発表しており、今後も同様に発表を続けてゆく予定です。ひとまず、ここにまとめておきます。

・京都のルーメンギャラリーにて開催された「JAPANESE ART ANIMATION COLLECTION VOL.001」にて、『映像(かげ)』が上映されました。(2016年10月28日〜30日)
http://www.lumen-gallery.com/archive.html

・オランダ・アニメーション・フェスティバルにて、『Stone』が上映されます。これは、トーチカのナガタタケシ氏のセレクトによるプログラム「Winner’s choice」の枠内での上映になります。(2017年3月22日〜26日)
https://www.haff.nl/en/festival/films/stone

・京都のルーメンギャラリーにて開催される「相原信洋七回忌追悼映像展」にて、多数の作品を上映する予定です。(2017年4月28日〜30日)
http://www.lumen-gallery.com