エクスパンデッド・シネマ再考@東京都写真美術館

エクスパンデッド・シネマ再考
会場:東京都写真美術館
会期:2017年8月15日~10月15日
http://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2845.html

東京写真美術館で、1960年代前半から1970年の日本万国博覧会までを射程にとらえた、エクスパンデッド・シネマについての企画展「エクスパンデッド・シネマ再考」が開催された。

エクスパンデッド・シネマ(拡張映画)とは、通常の映画館のような一台の映写機と一つのスクリーンという上映形態をとらず、映写機とスクリーンの関係を拡張して捉えなおした映画を指す。その始まりに位置するのは、1965年11月から12月にかけてニューヨークのフィルムメーカーズ・シネマテークで開催された「New Cinema Festival」であり、複数の表現領域が交差するイベントとして大きな意味を持つ。今日、エクスパンデッド・シネマは実験映画のサブカテゴリーとして認知されるきらいがあるが、カタログにて本展担当学芸員の田坂博子が述べる通り、それはフルクサスやハプニング、インターメディアなどの前衛芸術運動の実験を素地として展開したものだったといえる。そして、今回の展覧会の画期的なところは、映画という概念の境界線上にて試みられてきたエクスパンデッド・シネマの遺産をさらに拡張し、上映空間のみならず、社会的な空間へと押し広げて再考しているところにある(この点は、東京国立近代美術館にて2015年に開催された「Re: play 1972/2015」展が、実験映画との影響関係や同時代の社会的条件を敢えて捨象して、メディウムの問題に専念していた事とは対照的である)。このことは、60年代の建築インテリアとも深く結びついたディスコのデザインや、空気を使用した環境芸術(エアアート)の研究を行なっている映画研究者のジュリアン・ロスと、日大映研~VAN映画科学研究所を中心として60年代の社会運動と映画の交錯点を研究する平沢剛が企画に関わっていることからも明白である。日本のエクスパンデッド・シネマが、どのようにして当時の社会状況に拡張していったのかを、豊富な周辺資料とともに検証すること、それがこの展覧会の画期的な核心であったといえるだろう。

このエントリーでは、まず出品作品ごとにレヴューし、次に関連イベントであるシンポジウムについて概要を述べたい。出品されていた作品は、順番に次の通り。なお、本展の最後のセクションでは、ジャド・ヤルカットによるモントリオール万博の記録映像『EXPO67』(1967)も併映されていた。


・松本俊夫『つぶれかかった右眼のために』(1968、16mm x3、13min)
左右に並べられた二台の映写機から映像を投影し、さらにその上にもう一台の映写機からの映像を重ね合わせた、日本におけるエクスパンデッド・シネマの代表作。金嬉老事件、王子野戦病院に関わる警官とデモ隊の衝突、身支度をするゲイボーイ、ディスコで踊り狂うヒッピーなど、当時の社会的なドキュメントが元々の意味付けを解体され、断片化し、映像のフレームを超えて衝突する。松本のフィルモグラフィーにおいて、前衛記録映画から実験映画への転換点にあたる重要な作品であり、『安保条約』『西陣』『石の詩』のなかで取り組まれてきた、外部世界の対象を手がかりとして意識の内部を探り、それによって意識の惰性的な認識を突き崩そうとする数々の試みの延長線上におかれる。音楽は実験工房の秋山邦晴によるテープコラージュで、映像と同様にさまざまな音楽の断片が入り混じってゆく。草月アートセンターで開催されたシンポジウム「なにかいってくれ、いまさがす」での初演の際には、スクリーン脇に設置されたマグネシウムライトが、上映の終了とともに一斉に閃光を放つというハプニングをともなった。モノクロ/カラー。サウンド。本展ではデジタル版を上映。

・シュウゾウ・アヅチ・ガリバー『ウォッチ』(1966-1967、16mm、20min?)
新宿の有名なフーテンであり、コンセプチュアルな美術家であるガリバーは、60年代後半には積極的に映像に取り組んでいた。その系統はケン・ジェイコブスがパラシネマと呼ぶような、映画の形態をとどめないようなエクスパンデッド・シネマと、フルクサス・フィルムのようなコンセプチュアルな映画に大別することができる。本作は後者の系統にあたり、午後4時7分から約20分間の時計の秒針の動きが、固定ショットで映し出される。そして、この映画は現実の時間と一体化して、午後4時7分から一日に一度だけ上映される。モノクロ。サイレント。本展ではデジタル版を上映。

・飯村隆彦『デッド・ムーヴィー』(1964、16mm、NA)
飯村隆彦はフィルムとビデオの両方を手がける映像作家であり、映像と言語の関係を解体するコンセプチュアルなビデオ作品で知られるが、フィルム・インスタレーションやフィルム・パフォーマンスにも積極的に取り組んできた。飯村の作品には常に硬質なコンセプトが存在しており、それはイメージを破棄することも厭わないが、本作ではその傾向が特に強く表れている。スクリーンを背にして黒味のループフィルムを映写する映写機を設置し、そこに、フィルムを掛けていないもう一台の映写機からのランプ光を照射する。それによって、スクリーンには映写機の影が投影される。この影を単なる影ではなく、スクリーン上のイメージとして両義化することにより、「映画の死」はスクリーン上に象徴として表現される。モノクロ。サイレント。

・飯村隆彦『リリパット王国舞踏会』(1964/1966、16mm x2、12min)
『リリパット王国舞踏会』は、ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズの風倉匠を被写体として、様々なパフォーマンスの断片が展開される作品である。元々は1964年に制作されたシングルのフィルム作品であったが、本展では1966年に制作されたダブル・プロジェクション版が上映された。このダブル・プロジェクション版は1964年の『リリパット王国舞踏会』(No.1)を右に、1966年に作り足した『リリパット王国舞踏会』(No.2)を左に配置する形をとる。No.2は、No.1と同じ撮影素材を使用しているが、全体の構成は全く異なり、フィルムの表面にはナイフによるスクラッチが加えられている。このダブル・プロジェクション版は、飯村が現像所に発注した焼き増しプリントにミスがあったが、これを廃棄するのではなく活用しようという動機によって発案・制作されたらしい。モノクロ。サウンドは部分的にラジオ体操などのコラージュ。
この形態ではなかなか観られないので、以下に各パートの構成表を記しておく。この複雑な対比には、飯村のビデオ作品における、記号的な同一性を分解する試みが先取りされているといえる。No2を左に、No1を右にして表記した。

No2|No1
クレジット(文字を消すようなスクラッチ)|黒画面
A(風倉の三面図)|クレジット
A(風倉の三面図)|A(風倉の三面図)
E(小便する男の足元)|A(風倉の三面図)
C(口を開ける)|A(風倉の三面図)
C(口を開ける)|I(通行人を殴る)
I(通行人を殴る)|I(通行人を殴る)
I(通行人を殴る)|E(小便する男の足元)
K(横たわる女)|E(小便する男の足元)
K(横たわる女)|C(口を開ける) 
K(横たわる女)|H(商店街、駅)
G(新聞に消しゴム)|H(商店街、駅)
G(新聞に消しゴム)|K(横たわる女)
D(口腔)|K(横たわる女)
H(商店街、駅)|G(新聞に消しゴム)
F(男の体と肌のアップ)|G(新聞に消しゴム)
F(男の体と肌のアップ)|D(口腔)
F(男の体と肌のアップ)|J(タバコを踏む)
L(物干しパフォーマンス)|J(タバコを踏む)
L(物干しパフォーマンス)|F(男の体と肌のアップ)
M(団地の階段)|F(男の体と肌のアップ)
M(団地の階段)|L(物干しパフォーマンス)
M(団地の階段)|M(団地の階段)
J(タバコを踏む)|M(団地の階段)
B(口を開ける)|M(団地の階段)
B(口を開ける)|B(口を開ける)
風倉の写真|B(口を開ける)


・シュウゾウ・アヅチ・ガリバー『シネマティック・イリュミネーション』(1968-1969、Slide x18、NA)
本展の目玉といえる大掛かりなエクスパンデッド・シネマであり、円周状に張られた巨大な360度スクリーンに、18台のスライド映写機による静止画像が、緻密に調整されたタイミングで連続投影される(この18台という数は、いうまでもなく映画における18fpsのフレームレートから発案されたと想像できる)。銀座のディスコ「キラージョーズ」で上演されたが、今回の再演にあたっては改めてシーケンスを組みなおしたらしい。投影されるスライドは16mmカメラによって撮影された様々なイメージを素材としており、部分的に動画として展開する。具体的なイメージは、雑誌などからの引用と、ある男性のポートレート、足場を移動する男性のシルエットなど。また、これらのイメージは部分的にカラーフィルターで着色されている。作品としてのサウンドは元々存在していなかったと思われるが、今回の再演にあたっては、60年代のサイケやプログレがBGMとして流されていた。
モダニズム的な理解で考えると、「映画」とはフィルム・映写機などの物質的な支持体と、技法・演出などの技術的な支持体の集合であるといえるが、本作の真価は、このような「映画」を形成する支持体を解体し、再編成・再発明したところにあるといえる。さらに、本作が「キラージョーズ」で上演されたことは、このような映画の再編成・再発明(すなわち映画の革命)への衝動が、作家の中で、当時のサイケデリックカルチャーにおける意識変革と結び付けられていたことを示すものでもあり、そこは見落とすことができない。モノクロ/カラー。サウンド。

・おおえまさのり『ループ式 No.1/No.2/No.3』(1966、16mm、NA)
おおえまさのりは、金坂健二とともにジャパン・フィルムメーカーズ・コーポラティブや、ニューズリール・ジャパンの活動を担い、ベトナム反戦運動に関する記録映画や、サイケデリックカルチャーの思想性を表したフィルムを制作していた映像作家である。おおえの作品の面白いところは、サイケデリックなイメージを図像的に表現するだけではなく、サイケデリックな体験を観客に直接与えるところにある。本作は、黒画面に一本の白いラインが入った16mmフィルムをループ投影する作品であり、ラインが入る間隔の長短によって、3つのバリエーションが上映される。この説明だと何がサイケデリックなのか分からないと思うが、今回の上映空間である独立した暗闇の中で本作を観れば、誰もがその強烈な体験に打ちのめされるだろう。不意を突いて現れる白いラインは観客の網膜を切り裂き、視界に白い残像を残す。このような体験は日常生活においては存在しないものであり、人間の知覚の脆さや限界を正面から観客に突きつけ、これを拡張する作用を引き起こす。ある意味において大変怖い作品である。モノクロ。サウンドはラインの出現と同期した低い電子音。

・真鍋博『マリーン・スノウ』(1960、16mm、22min)
海底に棲む生物たちを主題とした、寓話的な切り絵アニメーション。1960年の草月ホールでの初演の際には、木島始による放送詩の朗読に加えて、観世栄夫のパフォーマンスが行われたとされる。確かに作中の黒画面のパートが長いので、その箇所でパフォーマンスを行ったのだろう。モノクロ。サウンドは詩の朗読とミュージック・コンクレート。
クレジットはメモを取ることが出来た範囲で、以下の通り。
真鍋博作品、作:木島始、音楽:林光、テープ制作:NHK、演出:遠藤利夫、観世栄夫、出演:観世栄夫、岸田今日子、小沢昭一、照明:今井直次、編集:守隨房子、制作:草月アートセンター、アニメーション三人の会

・金坂健二『ホップ・スコッチ』(1966、16mm、10min)
金坂健二は、ジャパン・フィルムメーカーズ・コーポラティブや、ニューズリール・ジャパンの活動の中心人物であり、アメリカのアンダーグラウンド映画が本格的に日本国内で紹介される契機をつくった映像作家・写真家である。その金坂による、ストーリーのある短編映画が本作。本作の音楽は刀根康尚によるものであり、1967年1月に草月ホールにて、音入れハプニングとして即興で録音を行うイベントが開催された。モノクロ。サウンド。
大まかな流れは次の通り。
雑踏で倒れた男が運ばれる。白人警官が廃墟を見て回り、花を踏みつける。中年女が路上にチョークで図形を描く。黒人の男と白人の女が抱擁し、その後階段を昇って消える。白人警官がやってきて、路上に描かれた図形の上でステップを踏む。少女が階段の上から警官を銃撃し、卵を投げる。警官が消え、彼の上着だけが残る。デモと警官の記録映像がコラージュ的に挿入される。

・城之内元晴『ドキュメント6・15』(1961、16mm、18min)
1961年6月15日の樺美智子追悼集会において上映された記録映画であり、1960年の安保闘争を振り返るという政治的プログラムに沿った作品を期待していた学生運動家たちの間に、紛糾を呼び起こした挑発的作品である。VAN映画科学研究所のメンバーたちが参加し、城之内が全体の構成を担当した。上演の際にはフィルム上映だけでなく、このために録音された「悪魔の歌」を流しながら、スライドの投影やハプニングをともなって展開された。このような挑発的表現は、当然ながら新左翼の政治主義への批判を動機とするものであると同時に、映画を現実の空間(追悼集会という政治的空間)に拡張するという点において、エクスパンデッド・シネマの先駆に位置付けることができる。音声とスライドが失われているために再演は不能だが、映像のデジタル版が展示されていた。モノクロ。
その内容は次の通り。恐らく2と3が、城之内らによって撮影されたパートであろう。
1:60年安保におけるデモ隊と警官の衝突を撮影した記録映像と、政治家の閣議などのテレビニュースなどの引用映像
2:警官の暴力行為についての再現ドラマ(警官役と学生役の俳優による演技)
3:雨の中で撮影された国会議事堂の風景

・城之内元晴『新宿ステーション』(1974、16mm、16min)
1968年に起こった新宿駅騒乱を記録したフィルムの上映と、城之内自身による詩の朗読によって展開されていた一連のパフォーマンスを、1974年に一本の映画として再構成した作品。モノクロ。サウンド。
大まかな流れは以下の通り。
1:人もまばらな朝方の新宿駅の風景(字幕「ステーション」「チカニオリル」「シンジュクステーション」)
2:スクリーンの前で詩の朗読をする城之内の映像が少しだけ映る。以後、詩の朗読が続く(「地下へ降りるぜシンジュクステーション、ステーション、ステーション、ステーション…」)
3:荒々しい手持ちカメラによる深夜の新宿駅騒乱の記録映像
4:荒野を走りながら撮影した、手持ちカメラの映像(朗読が終わり、声や楽器演奏を電子変調したドローンが流れる)

・佐々木美智子『何時か死ぬのね』(1974、16mm、30min)
日大全共闘の写真を撮り続けた佐々木による自伝的作品であり、闘争の写真や、仲間たちとの日常を撮影した映像によって構成されている。エクスパンデッド・シネマと呼べる要素はないが、本展においては時代の空気を伝える目的で組み込まれたのだろう。モノクロ。サウンド。
大まかな流れは以下の通り。やや感傷的な傾向はあるが、6における闘争の写真から日常の映像にシフトしてゆく流れは良い。
1:空港での若松孝二・足立正生の見送り。飛び立つ航空機(ナレーション「さよなら」)
2:夢の島のゴミ処理場(ナレーション「夢の島、早く目を覚まして」)
3:新宿御苑、コーヒーを淹れる様子(歌謡曲)
4:妊娠した女性が裸で砂浜を歩く
5:大学構内に貼られたビラ(ベース演奏とサイレン音、銃撃音のコラージュ)
6:日大全共闘の写真、街の風景や仲間との日常、花園神社の蚤の市、海水浴など(ナレーション「喉が渇いた」「眠い」「死なないで」「暖かい肌」「お腹が空いた」「夢が見たい」。その後『黒の舟歌』のカヴァーから、サイレン音・銃撃音によるサウンドコラージュへと移り、最後に至るまでピンク・フロイドの『エコーズ』が流れる)
7:布団から起き上がる裸の女性がカメラを見つめる
8:「さい、なら」の字幕

・松本俊夫『スペース・プロジェクション・アコ(記録版)』(1970、16mm、15min)
本作は、日本万国博覧会(1970年3月14日~9月13日)の企業パヴィリオンのひとつである、日本繊維館協力会せんい館のための作品である。松本はせんい館の総合ディレクターとして、自らが起用した各ディレクターの仕事を統括し、横尾忠則のデザインによる奇抜なパヴィリオンの館内で、大規模なマルチ・プロジェクションとして本作を上演した。作品の構成は、ひとりの若い女性「アコ」の彫像が組み込まれた館内の内壁に対して、ロール式のパンチカードで同期した35mm映写機10台とスライド投影機8台、そして多数の照明によって映像と光をプロジェクションし、混沌とした環境を出現させるというものだった。この上映形態について松本は、「いかにして万博会場のトータルな環境性に異和的な拮抗状態を投入できるか」という言葉で、そのコンセプトを説明している。音楽は、本作のために作曲された、湯浅譲二による電子音楽『スペースプロジェクションのための音楽』(1969)であり、40チャンネルのスピーカーによって立体的な音響空間が形成された。カラー。サウンド。本展ではデジタル版を上映。(以上、過去に発表した文章から手直しして抜粋した。)
ディレクターの分担は次の通り。
製作:協和広告
総合プロデューサー:工藤充、総合ディレクター:松本俊夫、映像ディレクター:鈴木達夫、音響ディレクター:秋山邦晴、作曲:湯浅譲二、音響技術:塩谷宏、スライド:遠藤正、照明ディレクター:今井直之、造形ディレクター:横尾忠則、展示ディレクター:福田繁雄・植松国臣・吉村益信・四谷シモン


さて、10月9日には2018年の恵比寿映像祭のテーマである「インヴィジブル」につなげて、担当学芸員である田坂博子、ブランデン・W・ジョセフ、ジュリアン・ロス、平沢剛によるシンポジウム「第10回恵比寿映像祭プレ・イヴェント 国際シンポジウム インヴィジブル、インターメディア、エクスパンデッド ─ 映像の可能性」が開催された。以下、田坂のテーマ説明と、各人のパネル発表のなかで気になった部分を簡単にメモした。聞き間違いや誤解もあると思うので、参考程度に読んでください。

田坂博子:
・本展では、万博の祝祭の一方で忘れられていた、アンダーグラウンドの領域での不可視のイベントを可視化することが意図されていたとの説明

ブランデン・W・ジョセフ:
・アンディ・ウォーホルの『Index Book』(1967)の分析。周辺人物のポートレートや、Exploding Plastic Inevitableなどの写真によって構成されているが、殆ど顧みられていない。
・これは、ウォーホルの活動が変化してゆく時期の仕事。キャンプ、同性愛、ドラッグなどが取り上げられている
・『ASPEN Fab』(1966)の紹介
・ミシェル・セールのパラサイトの概念を参照しながら、Velvet Undergroundを分析。VUの音楽におけるノイズ、メッセージへの介入・寄生など
・VU『White Light/White Heat』(1968)の紹介。このレコードは『Index Book』と補い合う関係にある
・コミュニケーションのパラダイム変化。ホワイトノイズとしてのウォーホル。その政治性について

ジュリアン・ロス:
・空気を用いた環境芸術といえるエアアートと、日本のエクスパンデッド・シネマについて。エアアートの国内紹介がどのように行われたかについて。具体美術協会の金山明のバルーンや、『美術手帖』におけるウォーホルの『Silver Clouds』(1966)の紹介。当時、エアアートはE.A.Tと同じくアート・アンド・テクノロジーの文脈で捉えられていた
・風倉匠のバルーンについて。ルナミ画廊でのイベントである「インターメディア」(1967)における、上映空間へのバルーンによる介入など
・磯辺行久のバルーンについて。ジャド・ヤルカットとの共作『Dream Reel』(1969)など
・大西清自のバルーンについて。品川スケートリンクでの宮井陸郎との共作、ガリバーの『フライング・フォーカス』(1969)における共作、飯村隆彦との共作など。映画作家の仕事にバルーン製作で関わった
・「クロストーク/インターメディア」での、飯村隆彦や松本俊夫によるバルーンを使用したインターメディア作品から、万博に収束するアート・アンド・テクノロジーの文脈との関わりについて
・東野芳明が指摘するようにペーター・クーベルカの『Arnulf Rainer』(1960)はインターメディア作品である。スクリーンや観客の関係を前景化させる。これはエアアートにつながる(意識されない空気を可視化させる)
・宮井陸郎と田名網敬一による「キラージョーズ」の構成演出(1968)について。ここでガリバーの『シネマティック・イリュミネーション』が上演された

平沢剛:
・映画の拡張から風景へ。日大映研とVAN映画科学研究所が、日本のエクスパンデッド・シネマの前史におかれる
・『ドキュメント6・15』(1961)について。樺美智子追悼集会での『ドキュメント6・15』において、一回性の上映を試みる。エクスパンデッド・シネマの隆盛以前に、日常や政治への拡張が起こっていたことは特筆すべき。既存の映画形式のみならず、映画の前衛主義からの拡張であった
・『鎖陰』(1963)について。京都での「鎖陰の儀」における混乱やハプニングと、犯罪者同盟によるフィルム盗難。映画という枠組みからの解放。作家主体ではコントロールできない状況と一回性の革命の契機。その後、ハプニングなしで上映されるようになる
・『ゲバルトピア予告編』(1969)について。学生運動の断片の積み重ね。1960年代前半にみられた前衛主義的な記録ではない。可視的な闘争ではなく、空間のなかでの不可視の闘争性をフィルムにとらえる
・『略称・連続射殺魔』(1969/1975)について。日常における権力としての風景を可視化する。不可視の存在であった地方労働者の少年としての永山則夫


このように、パネルは各人が取り組んでいる課題を「インヴィジブル」というキーワードに結びつけて論じるものだったといえ、大変興味深いものであった。その後のディスカッションは、パネルの補足的なコメントや、将来的なエクスパンデッド・シネマの再現についての話が主だったと記憶する。

さて、三者のパネルを通して聴いて私が気になったのは、「インヴィジブル」というキーワードによる思考の方向が、芸術の政治的・社会的な空間への拡張や、既にそこにある不可視な存在の可視化に、明白に向けられていることだった。冒頭でも述べた通り、そもそも本展の面白さは、エクスパンデッド・シネマの遺産を、上映空間のみならず社会的な空間へと押し広げて再考することにあったので、それは望ましいことである。しかし、この方向を拡大すると、政治性が顕著な作品や、サイケデリックカルチャーの影響が明白な作品、あるいは現実の生活空間に展開された作品からは豊穣な不可視性を取り出しながら、一見して政治性・社会性を持たない作品を、不可視性に関わらない作品群として見落としてしまうことにもなりかねない。要するに前衛主義、あるいはモダニズムやフォーマリズムという言葉によって、『リリパット王国舞踏会』や『スペース・プロジェクション・アコ』の仕事を把握することにもなりかねないということだ。もっとも、この点は田坂自身も当然気付いているはず(それらを出品作品として選んでいるのだから)。恐らく次の課題として考えられるのは、思考の方向を反転させて、『リリパット王国舞踏会』や『スペース・プロジェクション・アコ』に限らず、それに連なる1970年代以降の実験映画を過剰に政治的・社会的に読み直し、誰も見出し得なかったような不可視性を明らかにすることではないだろうか。結論が飛躍しすぎかもしれないが、例えば構造映画と形容するしかない中島崇の『セスナ』(1974)のような作品を不可視性において読み直すことができれば、それは大いに知的興奮を覚えるような事態になり得ると思う。

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