この一年の牧野貴の活動について

本日より、関西での上映ツアーが始まるとのことで、この一年の牧野貴の主な活動について私の知る限りで記しておきたい。

3月10日〜11日には、東京都庭園美術館にて「IGNITTION BOX 2016/2017」として『ENDLESS CINEMA』のパフォーマンス上映が行われた。これは私も両日観に行った。両日ともに、インスタレーション版の『ENDLESS CINEMA』(2017)を半日にわたってループ上映し、次に近作である『On Generation and Corruption』(2016)と『Picture From Darkness』(2017)の上映を挟んで、パフォーマンス版の『ENDLESS CINEMA』を牧野貴本人(10日)とジム・オルーク(11日)のライブ演奏によって上演するというものだった。

・『On Generation and Corruption』(Digital, 26min, 2016|音楽:ジム・オルーク)
液体の中を流動する塵を主なモチーフとした作品。牧野作品らしい、イメージを生成する抽象性を備えながらも、部分的に物質性がそのまま残されている(原形となる物質の形象が保たれている)ところが面白い。ジム・オルークによる電子音の点描によるサウンドトラックも、これまでの彼の音楽にはあまりなかったアプローチである。



・『Picture From Darkness』(Digital, 37min, 2017|音楽:サイモン・フィッシャー・ターナー)
サイモン・フィッシャー・ターナーがサウンドトラックを担当した、デレク・ジャーマンの『BLUE』(1993)の後に上映することを前提とした作品らしい。『BLUE』は青一色のフレームによるフィルム作品であるが、ターナーのサウンドトラックに触発されて、観客は意識のなかで青一色のフレームを映画として形成する。そして本作もまた、その意識の運動を引き継ぐことになる。



・『ENDLESS CINEMA』(2017|音楽:ジム・オルーク)
本作は、3台のプロジェクターを使用した映像インスタレーションであり、各プロジェクションの持続時間が異なることにより、ランダムなイメージの重なり合いが常態的に生み出される映画である。左・中央・右スクリーンのイメージは、牧野の過去作品である『World』『No is E』『Still in Cosmos』に、それぞれが類似している。パフォーマンス版の上映では、牧野あるいはジムによるライブ演奏に合わせて3つのプロジェクションが合体し、3つのレイヤーを内包した単一のスクリーンとなる。私はこのパフォーマンス版を観て、マイケル・スノウの『←→』(1969)のエピローグパートを連想した。観客は各レイヤーの重なり合いにおいて、頭の中にある単体のプロジェクションの記憶を呼び起こしながら、眼前の重層化したレイヤーに向き合うことになるのだ。この分裂性は極めてスリリングなものだった。

ちなみに、これら3作品は全てサウンドトラックが単独リリースされており、『Picture From Darkness』についてはLP版もリリースされている。





続いて、サンフランシスコにて10月11日〜15日の期間で開催された「RECOMBINANT festival 2017」では、会場の壁全面に、映像を360度で投影する『Memento Stella Cinechmber』(2017)が上映された。この試みは、一見すると、これまでの映画史のなかで試みられてきたエクスパンデッドシネマの範疇に収まるものにみえなくもないが、実際に観たうえで『ENDLESS CINEMA』からの展開において検討する必要があるだろう。これまでの牧野作品におけるスクリーンの単一性と、その内部でレイヤーとして折り重ねられた複数性が、マルチプロジェクションによる複数性と同一視できるものなのか。それとも異なるものなのかという点において。

そして、これらの活動が、大阪シネ・ヌーヴォ(11月5日〜10日)とクローバーホール(11月7日)での「EXP」と、原美術館での「+ Peter Burr」(11月11日)につながる訳です。お時間のある方は是非。

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