「小杉武久 音楽のピクニック」@芦屋市立美術博物館

「小杉武久 音楽のピクニック」
会場:芦屋市立美術博物館
会期:2017年12月9日 ~2018年2月12日
http://ashiya-museum.jp/exhibition/exhibition_new/11161.html

芦屋市立美術博物館にて、音楽家・小杉武久の展覧会「小杉武久 音楽のピクニック」が開催されている。芦屋市立美術博物館は「小杉武久 音の世界『新しい夏』」を1996年に開催した、小杉とは所縁のある美術博物館であり、他にも「刀根康尚 パフォーマンス&トーク」(2001年)や「美術と音楽の一日『rooms』」(2016年)など、稀にではあるが実験的な音楽に関わるイベントを開催していることでも知られる。

さて、小杉は作曲家であると同時に、即興演奏やサウンドアートに取り組み、音楽の概念(あるいは音を聴くことの枠組み)を拡張してきた、戦後日本音楽における重要人物である。しかしながら、小杉は、その音楽に対する独特な態度によって、これまで現代音楽や即興音楽、そして現代美術のシーンからも微妙に距離を取って批評されてきたと思う。よって、長年の創作活動が全体的に提示されるのは、今回が初であると言い切ってしまっていいだろう。本展覧会は、会場を5つの章によって区切ることで構成されている。各章の年代とタイトルは以下の通り。

第1章 グループ・音楽から反音楽へ(1957~1965年)
第2章 フルクサスからインターメディアへ(1965年~1969年)
第3章 タージ・マハル旅行団(1969~1977年)
第4章 マース・カニングハム舞踊団(1977年~)
第5章 サウンド・インスタレーション

これらの展示は小杉の活動歴を、アーカイブ資料を中心として極めてクリアに浮かび上がらせる。ここで興味深いのは、本展の展示方法のなかに(この手の展覧会にありがちな)音楽をヘッドホンで聴かせるような仕掛けが一切なく、これまで出版されてきた小杉のレコード・カセット・CDの紹介すらも極一部にとどめられていたことであろう。小杉は作曲の名において音を固定し、資産化することに反対してきたが、そのような厳しい態度はここでも一貫している。

ともあれ、私は第1章から第4章までのアーカイブ資料の展示を通して見ることで、小杉の活動の全体像を、初めて包括的に考えることができた。第1章では、東京藝術大学在学中にジャズではなく現代音楽の文脈上で、それを乗り越えるべく結成された即興演奏グループである「グループ・音楽」の活動に始まり、ネオダダやハイレッド・センター、VAN映画科学研究所などに集った、反芸術を標榜する作家たちとの活動の数々が紹介される。第2章では、1965年にフルクサスのジョージ・マチューナスの招聘を受けて渡米し、1967年に帰国するまでの期間に展開された、ナムジュン・パイクを初めとするニューヨークの前衛たちとの活動が紹介される。実験映画の文脈から見れば、エクスパンデッド・シネマの重要な催しであった「New Cinema Festival」において、小杉が『Film & Film #4』を上演していたことは見落とすべきではないだろう。第3章では、1969年から1977年にかけて活動した、様々な場所で長時間の即興演奏を行なうグループである「タージ・マハル旅行団」が紹介される。第4章では、1977年より始まるマース・カニングハム舞踊団の専属音楽家としての仕事を軸に、サウンド・インスタレーション(オーディオ・ヴィジュアル作品)を含む、今日に至るまでの活動が紹介される。そして第5章では、小杉のオーディオ・ヴィジュアル作品の実物が、館内のホールや通路階段に、計10点展示される。これらの作品は、光や風などの周辺環境の変化を音に変換して可聴化する作品であり、小杉の即興演奏に通底するコンセプトを備えている。

次に感想として、二つのことを述べたい。

1:まず、こうして小杉の活動歴を振り返ったとき、私はこれまで気にならなかった「タージ・マハル旅行団」の活動に、若干の違和感を覚えた。これは、1960年代の反芸術・反音楽の渦中にいた時期の小杉の仕事と、渡米後のフルクサス周辺での仕事と、再渡米後のカニングハム舞踊団での仕事には、一貫したコンセプトあるように思えるが、「タージ・マハル旅行団」だけが、小杉の活動歴のなかで異質なものに見えたということである。ただし、この言い方ではまだ正確さを欠く。川崎弘二氏との個人的な雑談の中で指摘されたことをヒントとして、より正確に言うならばこうだ。「タージ・マハル旅行団」は時期によって演奏が変化するので、「タージ・マハル旅行団」が世界各国での旅を終えて帰国してから、解散に至るまでの後期が異質なものに見えた、ということである。初期の「タージ・マハル旅行団」の演奏からは、偶然生まれた微細な音が寄り集まり、長い時間をかけて変化していくような印象を受ける(『Live In Stockholm 1971』)。それに対して後期の「タージ・マハル旅行団」の演奏からは、ジャーマンロック的というか、民族音楽的なサイケデリック音楽の方向に自らを縛っているような印象を受ける(『July 15, 1972』『August 1974』)。このような「タージ・マハル旅行団」の変化は、時代精神の反映だったのかもしれないが、音の自発性を追求する小杉本来の思想とは、乖離していったのではないかと思う。そこで小杉は、この状況を打破すべく、カニングハム舞踊団の専属音楽家に就任することを選択したのだろう。カニングハム舞踊団での小杉の演奏は、それ以前よりも、より厳格に音の自発性を追求する方向に進んだように思える。私が小杉の仕事に触れたのは1990年代中頃だったが、その時点の私にとって小杉は、極めて厳格な音への態度によって、ポピュラー音楽からも主流の現代音楽からも隔絶した孤高の存在として映った。

2:唐突だが、私は昔から、即興演奏よりもテープ音楽に強く惹かれてしまう。これは要するに、編集によって作られたものに強い関心を示しているということである。自分が映画・映像を専門としていることも関係しているのだろう。私は、編集とは時間と空間を再編成することによって、聴取者の知覚に作用し、意識における単線的な時間のあり方や認識を、不確定な方向へ向かわせるものだと考える。そして、またしても川崎氏との個人的な雑談の中で指摘されたことをヒントとして、話を小杉に結びつけるならこうだ。小杉にとっての即興演奏とは、著書『音楽のピクニック』に所収の、ジョン・ハダックや高橋悠治との対談などで語られているように、単線的な時間の流れを無効化して、不定形な空間のなかで音の自発性を生起させるものであったが、単線的な時間や空間のあり方に対立するという意味において、即興も編集も最終的には一致するのかもしれない。取り留めのない感想だが、そのようなことをふと思った。そうであれば、私が小杉の仕事に惹かれ続けてきたことも説明が付くだろう。(そのような編集による音楽に取り組んでいる音楽家として、かつて小杉ともカニングハム舞踊団で協働したジム・オルークの名前を挙げておきたい。)

このように、「小杉武久 音楽のピクニック」は小杉の活動を全体的に回顧し、新たな思考を準備する、素晴らしい展覧会だった。なお展覧会に合わせて、川崎氏のengine booksからは、『音楽のピクニック新装版』『Instruction Works』『小杉武久の映像と音楽』という三冊の本が出版されているので、資料価値の高い展覧会カタログと共に、可能であれば全部入手していただきたいと思う。詳細は下記を参照のこと。
http://kojiks.sakura.ne.jp/kosugi.html

最後になるが、今回の展覧会では小杉作品のコンサートなどは開催されない。さすがにご高齢ということもあるのだろう、2016年のあいちトリエンナーレで催されたコンサート「MUSIC EXPANDED #1」「MUSIC EXPANDED #2」が現在のところ最後の機会となっている(こちらのレヴューを参照のこと)。ファンの個人的な意見としては、小杉の作品は本人の身体性と結びついたものであると思うので、他の演奏家によるリアライズは不本意なのかもしれないが、それでもなお、小杉の作品を未来の聴衆に届ける方法を考えていただければと思う。


付記:今回の展覧会では、小杉作品のコンサートが開催されない代わりに、「小杉武久演奏記録」とカニングハム舞踊団の映像が上映される。さらに、小杉が音楽を担当した映画・映像作品も「現代美術とのかかわり」「PR映画・記録映画・科学映画」として上映される。私も先述の『小杉武久の映像と音楽』に解説を寄稿したが、松川八洲雄・北村皆雄・康浩郎の作品などは、これまで見落とされてきた作品なので、この機会に是非観ていただきたいと思う。いずれも作家性が強く、演出もアヴァンギャルドで、松本俊夫が言うところの前衛記録映画と形容するほかない作品です。詳細は下記を参照のこと。
芦屋市立美術博物館 特別展「小杉武久 音楽のピクニック」 上映会(PDF)

2018年1月27日(土)
プログラム1「小杉武久演奏記録」
「朝日ニュース これが音楽だ!」(1961)
「Spectra(video version)」(1992)
「音の世界 新しい夏 芦屋市立美術博物館」(1996)
「二つのコンサート 国立国際美術館」(2009)

2018年1月28日(日)
プログラム2「現代美術とのかかわり」
城之内元晴「ハイレッド・センター シェルター・プラン」(1964)
城之内元晴「Wols」(1964/70s)
中谷芙二子「卵を立てる」(1974)※抜粋
池田龍雄「梵天」(1974)
島袋道浩「小杉武久さんと能登の桶滝に行く」(2013)
島袋道浩「小杉武久さんと能登の見附島に行く」(2013)

2018年2月10日(土)
プログラム3「PR映画・記録映画・科学映画」
松川八洲雄「ある建築空間」(1964)
北村皆雄「神屋原の馬」(1969)
康浩郎「オープン・スペースを求めて」(1970)
杉山正美「脳と潰瘍」(1971)
杉山正美「スキンカラー」(1974)

2018年2月11日(日)
プログラム4「マース・カニングハム舞踊団」
「スクエアゲーム・ビデオ」(1976)
「ローカル」(1980)
「チェンジング・ステップス」(1989)
「パーク・アベニュー・アーモリー・イベント」(2011)

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