第10回恵比寿映像祭「インヴィジブル Mapping the Invisible」@東京写真美術館


第10回恵比寿映像祭「インヴィジブル Mapping the Invisible」
会場:東京都写真美術館、日仏会館、ザ・ガーデンルーム ほか
会期:2018年2月9日〜2月25日
https://www.yebizo.com/jp

本年で10年目となる恵比寿映像祭は「インヴィジブル」というテーマにて開催された。数年前に始まったような感覚にとらわれて、もうそんなになるのかと驚く。第1回の恵比寿映像祭が開始された2000年代後半は、日本国内の実験映画をめぐる状況はとにかく閉塞的で、牧野貴が[+]上映会を開始するなどして、新しい風を吹き込もうと奮闘していた時期にあたる。第1回開催後の打ち上げで、初代ディレクターの岡村恵子、牧野貴、そして何故かそこにいたGURUGURUのマニ・ノイマイヤーなどと恵比寿で飲んだ時は、実験映画専門の映像祭ではないが、これで実験映画をめぐる状況も少しは風通し良くなりそうだという予感をおぼえたものだった。その予感は期待通りに運んだ部分もあるが、なかなか難しい部分も残されたままだ。少なくとも、まだ劇映画と実験映画を区分している障壁は完全には消えていない。

話はそれるが、ここでいう障壁とは「1:上映場所のプログラミングの傾向」「2:評論家・研究者の言説」「3:観客の動員数」に表れる。そのうち、この10年間で変わったものといえば「3:観客の動員数」だろう。この2月は上映イベントが集中していたので、私は、恵比寿映像祭の上映イベントや、自分が関わったアップリンクでの「再:生成 相原信洋」、VACANTでの「聴覚と視覚のはざまで 恩田晃の実験室 恩田晃+牧野貴」、アテネ・フランセ文化センターでの「ストローブ=ユイレの軌跡 1962-2016」の観客数を、なんとなく毎回目算していた(何をやっているんだと思いながら)。すると、確証を得たことがあった。それは、実験映画寄りのイベントが、シネフィル趣味のイベントの動員に迫るサイズ感になっていたという事実である。アップリンクでいえば、私は行けなかったが七里圭が続けている「映画以内、映画以後、映画辺境」のシンポジウムが、アップリンク1階(60席程度)がほぼ埋まるくらいだったらしいし、同じ場所で2016年に開催した松本俊夫のイベントや、今回の相原信洋のイベントも、同一プログラムの複数回の動員数を合わせたらそれと同程度である。VACANTでの恩田晃+牧野貴も60名くらいなら余裕で入っていたし、今回の恵比寿映像祭での「Beyond the Frame」に至っては100名以上入っていたと思う。対して、アテネの「ストローブ=ユイレの軌跡 1962-2016」については、最終日のトーク付きプログラムで100名以上(120名くらい?)は入っていたと思う。実験的な映画も、作家の身内に向けてのものではなく対外的な準備を整えれば、ある程度の動きを作り出せるようになってきている気がするし、単発の大きなイベントなら、観客動員のサイズ感としては、シネフィル趣味のイベントと大差ないといえる。しかし、「1:上映場所のプログラミングの傾向」「2:評論家・研究者の言説」となると10年前と殆ど変化はなく、実験映画をちゃんと観ている評論家・研究者なんて、相変わらず片手で数えられる状態だ。ここから分かることは、観客は変化に柔軟である一方で、プログラマーや評論家・研究者は、長期的に積み上げてきた自分の専門性を簡単に変化させる訳にもいかず、今まで通りのスタイルで続けているということなのだろう。そして若い評論家・研究者は、師匠や先生の教えを守ってシネフィル的教養を育み、実験映画をそもそも観ないという言説的サイクルが循環することになる。(この点は自分の課題でもあるので、今後の仕事として考えたい)。

話を戻すと、そのような国内状況のなかで、二代目ディレクターに田坂博子が就いて恵比寿映像祭は新たな段階に入ったといえる。今回のテーマが、昨年、同館で開催された「エクスパンデッド・シネマ再考」の延長線上にあることは、映画研究者の平沢剛とジュリアン・ロスの協力したプログラムがあることからも自明だろう。私が観たのは、展示の他に関連イベントの「岡部道男特集―アンダーグラウンドとキャンプ」「岡部道男特集―上映+スペシャルトーク」「略称・連続射殺魔 35mmフィルム上映」「不可視であるなら、私が。 出光真子おんなのさくひん」「エクスパンデッド・シネマ・パフォーマンス―Beyond the Frame」「透かしみる1―ピクセルの裏側」「透かしみる2―舞台裏」であった。

続くエントリーにて、これらを個別にレヴューして行きたいと思う。

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